だが、所詮はファーマー。ストリートのファイター達の方がまだマシだな。

 何と表現すれば良いのだろう。

 俺は今、目の前の光景を一言で表す事はできない。




 お菊を確かに見つけた。




 髪は乱れ、衣服は身に付けておらず、虚ろな目で壁にはりつけられていた。

 だが、彼女の腹から下は直径1丈(約3m)程の大きさの水袋の様に膨らみ、中に無数の異形の悪魔達が赤黒い液体に包まれていた。


 「来てしもうたか・・・」





 (何だは。)







 声が出ない。

 言葉が言葉として、音として出てこない。





 「それは母体なのだよ。我が悪魔の王に捧げる贄のな。」


 後ろから声が聞こえ、ゆっくりと振り向く。そこに立っていたのは―――



 「・・・誰・・・だ・・・」



 身なりの良い侍が悠然と佇みながら此方をうかがっている。


 「少し留守にしている間に侵入者を感じた為、急遽きゅうきょ戻ってきてみれば・・・これはおかしな侵入者達だな。」



 「まずい・・・まずいぞ童・・・此奴は・・・」



 黒猫が呟き警戒をあらわにしながら少しずつ俺の側に来る。



 「そこの猫は私の事を知っている様だがお前は・・・百姓か?只の人間では無さそうだが。」



 「・・・芦沼尖衛門・・・か?」



 何とか声を絞り出す。

 芦沼はわざとらしく驚いて見せ、

 「へぇ!良く判ったな!・・・と、言いたい所だが。此処が誰のホームかを考えれば普通に理解できるな。」



 「き、貴様・・・彼女に何をした・・・何を企んでいる!!」


 「さっき言ったじゃないか。我が王に捧げる贄の母体にした「うらぁぁっ!」・・・良いパンチだ。」


 得意げに喋るその鼻っ面目掛けて渾身の拳を振るうも片手で簡単に止められる。


 「だが、所詮はファーマー。ストリートのファイター達の方がまだマシだな。」


 言いながら芦沼は空いている方の手で俺の頬を

 凄まじい轟音と共に俺は壁に叩きつけられ意識が飛びかける。




 「いやぁ、すまんすまん。撫でる程度で吹っ飛ぶとは思わなかった。」


 近付きつつ言いながら芦沼は俺の頭を掴み持ち上げる。


 「まだ生きてるか?思ったより頑丈だな。この体の元の持ち主は小突いただけで死んだからな。」




 何だと?




 「い・・・いつ・・・か・・ら・・・」


 気力を振り絞り疑問を口にする。



 「ん~?・・・あぁ、何時からこの体なのかと言う事かい?そうだね。1年ほど前かな?いや~彼は中々強かったよ?この国ではこの「刀」?を身に付けられるのは最低でも一流でなければならないそうだね?結構楽しめたよ。・・・こっちから小突いたら一瞬だったけどな。」



 当時を懐かしむ様に思い出にふけっている今が好機なのだが、体が全くもって動かない。


 「まぁ、そんな訳で殺した後、顔だけは良かったからだけ使っているんだよ。」




 「き・・・菊、は・・・菊は何故・・・」


 「・・・君しぶといねぇ。えっと、彼女かい?うん。偶然だよ、ぐーぜん。母体候補を探しに町へ出た時にね。誰でも良かったんだが若い方が良いだろう?」



 偶然だと?そんな事で彼女は異形の姿にされたと言うのか?そんな事で・・・




 「く、そ・・・やろ・・・う、が・・・」




 芦沼の皮を被った悪魔は俺を掴んだまま大きな溜息を吐き、


 「・・・そろそろ飽きてきたな。君との会話は終わり。・・・大人しく死んどけや?」



 悪魔は空いた方の手を振りかぶり、俺に止めを刺そうとしたその時、


 「ぐっ!?」


 悪魔が驚嘆きょうたんの声を上げると不意に俺は落下する。

 俺も悪魔も何が起きたのか一瞬理解出来なかったが俺は何者かにかかえられ悪魔から離れる。


 「退くぞ、童。」


 腰まで伸びた黒髪のは俺を抱えたまま悪魔から距離を取りつつ脱出の機会を窺う。



 「ふむ。」



 悪魔は斬り飛ばされた己の腕を見るとボタボタと流れ出る血を無視しニヤリと笑う。



 「やってくれたな。・・・まぁいいか。どうせ明日には儀式も終わる。人間と雑魚一匹ぐらい見逃してやるよ。とっととエスケープしな。」



 興味が失せたかの様に斬られた腕を無視し異形と化したお菊の方のへ振り向く。

 俺を抱えた黒髪の女性は警戒しつつ距離を更に取り追撃が無い事を確認するとその場から走り去る。






 黒髪の女性に担がれた俺は遠ざかっていく芦沼の姿の悪魔の背と異形と化したお菊の姿を、只々、観ている事しか出来なかった。

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