全く何れだけ歩かせるつもりなんじゃ!!

 「そうじゃ、童。他に誰が居る。」



 黒猫が喋る。


 「ば、化け猫!」


 思わず後退る。

 そりゃそうだ。色々「視れる」様になったとは言え、化け猫の類いはまだ視た事も遇った事も無い。


 「化け猫とは失礼な。わしがその気になれば童如き声を掛ける前にの世へ逝っておるのじゃぞ?」


 と、俺を睨む。

 発せられる殺気は途轍とてつも無い強さで俺如きでは到底敵うべくも無い。



 「まぁ良いわい。其よりも、じゃ。童。お前さん、の屋敷へと入る腹づもりか?」




 「・・・そ、そうです・・・」




 腹の底から沸き上がってくる恐怖に耐えながらも答える。


 「はっ。止めとけ止めとけ。お主如きでは無駄死にぞ?」



 「・・・それは理解できます。しかし、この中にお菊が・・・幼なじみが居るのです・・・」


 「ふむ。それは以前嫁いだと言う娘子の事かの?」


 黒猫の問いに無言でうなずく。



 「・・・あの娘子ならば確かに未だ生きてはおる。儂が彼奴の会話を偶々たまたま聞いた時ににえとする事を言っておった。」



 「贄・・・ですか?」



 贄か・・・だが贄にするって何の為の贄なのか。

 確かに遥か昔から神への供物として幼子が捧げられたと言うのは知ってはいる(姫が教えてくれた)のだが、何に対してだ?芦沼様は何か得体の知れない神を崇拝しているのか?


 「うむ。彼奴はこうも言っておったな。我等が主をこの地に御呼びする、と。」



 「我等が主か・・・碌な者では無さそうだ・・・」



 「そうじゃの。これ程の邪気、妖気じゃ。碌な者では・・・お、おい!童!!何処へ行こうとしとるんじゃ!!」


 俺はおもむろに屋敷の勝手口へと向かい、僅かな隙間や出っ張りを確認すると草鞋わらじを脱ぎ捨てる。


 「御忠告痛み入ります。が、事は急を要しますので此れにて御免。」

 「馬鹿者!行ってどうなる物では無かろう!おい!こりゃ!待たんか!!」


 俺は黒猫の忠告を無視し、隙間や出っ張りを頼りに壁を飛び越え中へと侵入し、直ぐに逃げられる様に勝手口のかんぬきを外した。

 幸いな事に見張り等は居らず直ぐに物陰へと身を隠した。



 (まぁ普通、武家屋敷に見張りは居ないよな。大名屋敷じゃあるまいし。)



 さて、と辺りを窺う。

 屋敷から発せられる妖気は更に濃く、気を抜くと魂ごと持っていかれそうになる。


 「これ程とは・・・」


 警戒しながらゆっくりと妖気が一番濃い場所を目指す。


 (間取り的に視て・・・居間か?)


 そう考えながら再び辺りを窺う。


 (おかしい・・・使用人や家人の気配を感じない・・・)


 首を捻りながら更に奥へ向かおうとすると足元から声が聞こえた。


 「だから待てと言うとろうに。」

 「うわぁぁっ!!」

 「騒ぐな!馬鹿者!!」



 言われても。



 「全く、これだから最近の若者は・・・」


 ひとしきり小言を言うと黒猫は俺を見上げると、


 「まぁ、良い。此処からは儂も同行しよう。」


 「よろしいので?」


 願ってもない事だが、さて。黒猫殿が同行しても得る物は無さそうだが。



 「うむ。実はな、儂もあの娘子・・・お菊とか言ったか?少しばかり世話になっとったでの。気に掛けておったのじゃ。」


 「お菊が・・・分かりました。御助力、感謝致します。」


 「うむ。」


 成る程。お菊との「えにし」による物だったか。これは心強い。

 こうして黒猫と1人の奇妙な組み合わせは居間に向けて歩を進めた。






 どれ程たったか不意に黒猫が呟いた。


 「童、気付いたか?」


 「はい。間取りからしてこの場所はおかしい。幾ら何でも広すぎる。」


 体感でしかないがこの広さは既に大名屋敷の広さを超えている。

 うむ、と黒猫殿は答えると辺りを警戒しつつ俺に忠告をする。



 「じゃが、着実に近付いておるのも確か。諦めずに進むぞ。」


 「了解!・・・しかし、何も出てこないですね。てっきり魑魅魍魎の類いが大量に湧いているかと思ったのですが。」




 ふとした疑問だったが此処までの間、猫の子一匹・・・いや、黒猫は居たが妖怪や悪魔には出会っていない。

 これだけの妖気にも拘らず、1体も居ないのはおかしい。

 黒猫も同じく思っていた為、不思議がっていた。



 更に進んでいくとようやく妖気の中心と思われる場所に辿り着いた。



 「・・・全く何れだけ歩かせるつもりなんじゃ!!」


 「はは、無駄に長い廊下事態が罠の様な物なのでしょうね・・・侵入者のやる気を削ぐ為の・・・」


 屋敷に入ってから警戒しながら一刻(約2時間)近く歩くのはかなり辛い。

 黒猫殿の怒りも最もである。


 「まぁまぁ、とにもかくにも着いたみたいですし入りましょう。」



 目の前にある障子に手を掛ける。



 「待て、童。少しだけ開けてくれ。儂が先に入り様子見をしよう。」


 「よろしいので?」


 「はっ。お主では入った途端に殺されかねんからな。」



 素直では無い物の黒猫の心遣いを感じ感謝した。



 「黒猫殿。此度の件が終わったら家に来ては下さいませんか?私はまだまだ未熟者ですので貴方様に教えを乞いたい。」



 「ふん。童如きが意気がるな。・・・まぁ、考えといてやる。」



 満更でも無かったらしい。

 俺は先の案通りに少しだけ障子を開く。



 「安全を確認したら呼ぶでな。良い子で待っとれ。」


 その小柄な体躯を生かし、するりと入り込む。その刹那「なっ!」と驚愕の声が上がるり、俺は直ぐ様障子を力任せに開き中へと飛び込んだ。


 「!お主は来るな!!」


 飛び込んだ先に俺が観たものは








 「そ・・・んな・・・」








 変わり果てた姿のお菊だった。

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