全く何だってんだ・・・

 初めて悪魔と戦った日から3日経った。

 あの後、涙が止まらない「姫」(名前が無い為、仮としてそう呼んでいる)を何とかなだめ契約し家に戻り自分の畑の手入れをしながら姫から色々教わっていた。



 「浅太様。お茶が入りましたよー」



 畑から戻り姫の淹れてくれた茶(と言っても白湯)を飲みながらまったりと過ごす。

 あれから色々と視える様になって畑に悪さする木っ端共を叩き潰したり追っ払ったりしている内に昨日の朝方から姫の背が5寸(約15cm)から1尺(約30cm)になり、ある程度の事は出来るようになった。

 姫曰く「浅太様の力量か上がりましたので妾にも色々な影響が出ているので御座います!」だそうだ。


 「あ、そうだ姫。」


 「はい。何でしょうか?」


 「今日少し町の方へ行ってくるけど一緒に行く?」


 「よろしいので!是非ともお供させてください!」


 俺は割りと小綺麗な格好に着替え姫を連れて町へ向かう。

 姫は人の居る町へ行くのが余程嬉しいのか俺の周りをくるくると飛び周っている。


 「他の人に見られでもしたら事だから懐にでも入っててくれ。・・・そんなに町へ行くのが嬉しいのかい?」


 姫は俺の言葉を受け慌てて懐に飛び込む。が、それでも楽しいのかひょこっと顔を出して外を眺める。


 「はい!今までずっと独りでしたし人は遠目に見掛けるぐらいだった物で。」


 「そうか・・・」



 本当に孤独だったんだな・・・まぁ喜んで貰えたのなら重畳ちょうじょう(大変喜ばしいの意)だ。

 しかし、姫がきてから3日だが話し相手居ると言うのは良いものだ。



 今の俺には両親は居ない。

 俺が10歳とおの時に2人揃って病でポックリ逝っちまった。

 それ以来ずっと独り身だ。

 あの日の晩に独りで帰っていたら暫く塞ぎ混んでいただろう。


 「姫。有り難う。」


 「ん?なんです?」


 「・・・なんでもねぇよ。」


 他愛もない会話を続けながら目的の場所へと辿り着いた。



「芦沼様の御屋敷・・・」



 緊張が走る。

 幼なじみのお菊を見初めた方。

 好きだった相手を一瞬にしてさらっていった。

 否、攫われた・・・とは言うまい。

 11年もの間逢いにも行かなかった自分にうらみ言を言う資格は無いのだから。


 「浅太様?此処は?」


 姫が訝しげな顔で聞いてくる。

 と言うかもう着いたのか。

 芦沼様の御屋敷はこの時代の所謂いわゆる一般的な武家屋敷で其処らの屋敷に比べれば少し立派なぐらいだ。

 とは言えその門構えは武家屋敷である事をおごそかに主張している。

 姫はこの時代の建築物は遠目にしか観た事が無いのだろうと思い、案内する。


 「あぁ、此処は俺の幼なじみが嫁いだ所で・・・」


 「浅太様!此処はいけません!邪悪な、とても邪悪な気配がします!」


 「え?ど、どうした?」


 姫が見た事も無い(と言っても3日だけだが)程、警戒する。

 その顔には玉の様な汗が浮かび美しい顔が見る見る青褪あおざめていく。

 姫お得意の浮遊も徐々に下がっていき、今にも落ちそうになってきたので両の手で受け止めその背を支える。


 「姫。何を感じた?」


 俺の手の上で肩で息をしながらも屋敷を見やり、



 「とても邪悪で醜悪な妖気を感じます・・・こ、この妖気は・・・死臭・・・腐臭・・・あぅぅ・・・」



 かなりの重圧だったのだろう。手の中で気を失ってしまった。


 「このままでは姫が危ない。一度戻るか・・・」


 そう判断した俺は芦沼様の御屋敷を後にするのだった。









 家に戻り姫を寝かせ止まらない汗を拭いてやる。


 「全く何だってんだ・・・」


 誰に言うでもなく呟く。

 あの芦沼様の御屋敷から姫が感じとった妖気。その妖気がかなり強かったのか姫は未だ復調せず寝込んだまま。

 姫をこのまま寝かしておくのも如何なものかとも思うが、俺では何も出来ない。


 「やはり行くか。」


 日没迄はまだ数刻はある。

 危険かもしれないが少し探りを入れる位なら問題無いだろう。


 「少し行ってくるからな。」


 俺は姫の汗を拭いてやると再び芦沼様の御屋敷へと向かった。




 先程来た時とは違い、裏の勝手口の方へと向かうとまだ昼過ぎにも拘らず薄暗く人の気配が全く感じられない。そして知らず知らずに体が隣家の方へと寄って行く。


 「これは・・・無意識に体が危機を感じているのか?」


 隣家を見やると稚児の遊ぶ声が聞こえ人の息づく生活感を感じ取れる。


 「僅か1かん(約1.8m)程の道幅でこの差とは・・・増々もって怪しい・・・」


 いや、危険か・・・兎も角、中に入って視てみない事にはらちがあかない。



 「おい、そこなわっぱ。」



 屋敷にどうやって入るかと思案していると誰かが声を掛けてきた。

 声の主の方へ向くと其処には一匹の黒猫が此方を視ていた。



 「今のはあんたかい?黒猫さんや。」



 まさかと思いながらも目の前にたたずむ黒猫に声を掛ける。



 「そうじゃ、童。他に誰が居る。」

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