Night Encounter 2


「――ッ!!」

 激突と共に、凄まじい突風が巻き起こり――思わず瞑ってしまった目を開くと、OJが俺を護ってくれていたのが解った。だが、

「――フェイント込みで八秒、だったんだけどね」

 悔しそうにOJが言う先――

 

 アルファの姿が、忽然と消えていた。

 

 OJがぐるりと周囲を見回し、俺も周りを見てみるが、その姿はなかった。

 ハコが降りてくる。上空にいた彼女の目からも逃れたのか、ハコは苦々しい顔をしていた。


「逃げられた……。こんな屈辱、初めてだわ」

「まさかハコの星を回避するとはね……。追えそう?」

「……無理。それより後処理しなきゃ。流石に二十三ヶ所は多過ぎるし、気付けなかった理由を解明しないと不味いから」


 さっきの魔法で処理出来た訳ではないようだ。

 一体何が起きたのか、起きているのか、一気に多くのことが起こり過ぎて混乱する……と、聞きなれた着信音が遠くから響き出した。


「ん? 何の音――って、あそこに落ちてるの、赤城君のスマホじゃない?」

「え、あ……、さっき転んだ時に落としたのかも――、ッ!」

 ポケットを確認しようと手を伸ばした途端、痛みが掌全体に広がった。暗くてよく解らないが、転んで受身を取った時に、擦り傷を作ってしまったようだ。


 スマホを拾ってくれたOJが、俺のところに戻ってくる。

 奇しくも、最初に逢った時と似たような構図で――けれど、今のOJはあの時よりも背が高い、青年姿なのだ。それにも困惑があった。

「ありがとう。……OJ、なんだよな?」

「そういえば、こっちの姿は初めてだっけ。これもボクだよ。感覚的には、こっちもあっちも仮の姿なんだけどね。それより手、大丈夫? 怪我してるなら治療するよ?」

「いや、大丈夫……。電話、誰からか見てもらえるか?」

「ナツメさんって書いてある。昼間の人? 画面割れてないし、着信ボタン押しちゃうね」

「ん――」

 OJがスマホを操作して、俺の耳元に持ってきてくれて――

 耳に届いたのは、大きな涙声だった。


『――だ、大丈夫ですかロック君! まさかとは思いますけど外には出てませんよね?! ロック君! ロック君!!』

「お、落ち着いてください、ナツメさん。俺は大丈夫です。……でも、突然どうしたんですか?」

『どうもこうもないですよ! さっきの光、見えなかったんですか?!』

「光? えっと……ちょっと、トイレ行ってて……」

『そ、そうだったんですか? 廊下で転んだりとかしてません?』

「だ、大丈夫です」

『ならよかった……。実はさっき、凄い光が見えたんです。隕石でも落ちたんじゃないかって思うような。それで心配になって』

「……大丈夫です。あの後、すぐに家に戻りましたから」

 嘘を吐くのは心苦しいが、流石に『化物に追いかけられた』なんて言って信じてもらえるか解らない。ナツメさんも幽霊が見えているとはいえ、あんな……


 電話の向こうで、ナツメさんがホッとした様子で息を吐いた。

『はー、よかった……。突然ごめんなさい、また明日です』

「……はい、また明日」 

 OJに目配せをして、通話を切ってもらう。

 なんともいえない気持ちで息を吐いたところで、ハコが俺を見やり、

「昼間の魔女?」

「――え?」

「え? ――ああああああ! ごめん、今の忘れて!!」

「ハコの馬鹿ああああああ!!」

 ハコが頭を抱え、OJが「もー!」とハコの肩を掴んで揺さぶる。

 だが、突然過ぎて、俺は入ってきた情報がすぐには飲み込めなかった。


「……ま、待て、待ってくれ。ナツメさんも――魔女、なのか」

「……ごめん。……多分、赤城君よりもちゃんとした魔女だと思う」

「俺よりも……。でも、なんで解ったんだ?」

「……見れば一目で解るの。それが、土地の管理者になる為の必須スキルだから」

「あと、ハコの星落としの光、アレも魔法だからね。あの光が見えた人は、魔女か魔法使いだって言えるんだ」

「そう、か……」

 と、そこでハコが帽子を脱ぎ、深く頭を下げた。

「ごめん、本当にごめんなさい……。大見得を切っといて、また赤城君を巻き込んじゃった上に、こんな失言……」

「ボクからも、ごめん。赤城君に明かしてないってことは、そのナツメさんも自分が魔女だって明かすつもりはないんだと思う。だから……」

「……解ってる」


 俺の霊感と一緒だ。

 俺は、この前のキマイラや、ウロボロスの話など、色々あってどうにか魔女の存在を受け入れたが、そうでなければ『魔女です』と言われても信じられなかったはずだ。

 と同時に、さっきの電話で、ナツメさんがやけに心配していた理由が解った。魔女であるなら、魔力の淀みや、魔物について知っているだろうし、俺がそれに襲われたのかも、と不安になったのだろう。……まぁ、実際に襲われたのだが。


「ハコも、気にしなくていい。いずれはどこかで知っただろうからさ」

「……ごめんね。……じゃあ、私は後処理に行ってくるわ。OJ、赤城君とクレアを任せたから」

「了解。気を付けてね、ハコ」

「うん」と一つ頷いて、ハコが帽子を被り直し、夜空へと飛んでいく。

 竹箒は一瞬で加速し、すぐに姿が見えなくなったのだった。


「それじゃあ、ボク達も行こうか」

 OJに支えられて立ち上がり、手渡されたスマホを指先で掴んでポケットへ。それだけでも手が痛んだ。

 と、OJが何かに気付いた様子で、俺の顔を覗き込み、

「赤城君、やっぱり怪我してるよね? ちょっと見せて。……あー、これはこれは……」

 OJが顔をしかめる。夜目が利くのか、彼には傷の様子が見えているようだった。


「そ、そんなに酷いのか?」

「傷そのものは酷くないけど、掌全体に擦り傷が出来ちゃってる感じ。ちょっと治療するから、そのまま手を上げてて」

 OJが俺の両手に手をかざす。すると、手と手の隙間に、幾何学模様を持つ魔法陣が生まれ、白銀色に淡く光り輝き始めた。と同時に、光の粒子が溢れ出し、ジンジンとしていた傷口から、少しずつ熱が取れていく。


 光が静かに収まったところで、OJが微笑んだ。

「これでよし、と。自然治癒力を高めて、一気に一週間分くらい回復させたから、痛みは抜けたはずだよ。ただ、完治した訳じゃないから気を付けて。あと、凄くお腹空いてくると思うから、店に戻ったら何か食べた方がいいかも」

 確かに、物凄い空腹感に襲われ始めた。と同時に、軽い立ちくらみがして、ふらつきそうになった体をOJが支えてくれた。

「ど、どういうことなんだ、これ」

「赤城君自身の回復力を高めたから、その分のカロリーが消費されちゃったんだ。ある程度はボクの魔力で補ったけど、それにも限界がある。ゲームみたいに、チチンプイプイで全回復って訳にはいかないんだ。ごめんね」

 擦り傷一つでこれだ。魔法というのは、俺が想像する以上の力があり、同時にデメリットも大きいのだろう。

「いや、ありがとうOJ。キマイラの時もそうだったけど、ちゃんと感謝を伝えてなかった」

「気にしないで。これがボク達の仕事だから」

 OJに支えられて歩き出す。少年姿の時は可愛い印象だったが、今は中性的なイケメンで、耳元で響く声も低めだ。それに若干のムズ痒さを感じた。


「……俺が襲われてるって、どうして解ったんだ?」

「街を巡回中に、魔力の変動を感じたんだ。幽霊が電池代わりになるっていっても、ああして魔物化させる為の魔法は、また別に発動させなきゃいけないからね。そしてアルファは、その魔物化魔法を二十三ヶ所、同時に発動させたんだ」

「それで、星落とし……」

「魔物が人を襲う前に、上空から叩いた方が早いからね。……まさか逃げられるとは思わなかったけど……。詳しい説明は、ウチに戻りながらにしようか」

 苦く笑いつつ、OJがスマホを取り出し、軽く操作してから耳に当てた。


「ちょっと待っててね、タクシー呼ぶから」

「た、タクシー?」

「急いで戻りたい理由もあるんだ。――あ、もしもし、いつもお世話になってます、土地の管理者です。――ええ、急ぎでして。場所は春咲市――」

 告げられた住所は街の外れ。思った以上に逃げ回っていたようだ。

「――では、お願いします。……っと」

「魔女もタクシー使うんだな……。そういうのって、魔法でワープとか……ああ、だったらハコは箒で飛んだりしないか」

「一応、ワープみたいな魔法もあるんだけど、距離が遠くなればなるほど準備に時間が掛かっちゃうんだ。だったらタクシーを使った方が早いし、飛んだ方が巡回にもなるからね。あと、ハコの場合は、『魔女らしさ』のアピールもあるんだ。ステレオタイプの魔女のイメージ。土地の管理者としては、通りがよくないといけないからね」


 大きなつばのあるトンガリ帽子、黒いローブ、箒。

 確かにそれは、普遍的な魔女のモチーフだった。


「逆に言うと、現代の魔女・魔法使いは、一般人に紛れてる訳でさ。さっきの男、アルファみたいにね」

「……」

 仮面の男・アルファを思い出す――が、妙だった。長身痩躯だったのは覚えているが、他の印象がぼんやりしていて思い出せない。

「……OJ、さっきの男、どんなヤツだった?」

「暗い色の金髪で、のっぺらぼうみたいな仮面、背が高くて痩せ型。思い出せないとしたら、印象操作の魔法だろうね。ボク達には通じないけど、普通の人には効果的だから」

「印象操作?」

「顔付きとか、髪の色とか、いわゆる『第一印象』をぼやけさせる魔法があるんだ。ほら、ウォーリーを探せって絵本があるじゃない? ウォーリーはあんなに目立つ服装なのに、雑踏の中だと紛れちゃう。ああいう感じ。危ないし、対抗魔法をかけとくね」


 一度足を止めたOJが、ぽんぽん、と俺の腕を軽く叩いた。すると、そこから光の粒子が生まれて、体に吸い込まれていく。恐怖も飛ばしてくれたのか、キマイラの時と同じように、すっと恐怖が和らぐのを感じた。


「これでよし。でも……もしかしたら、赤城君は前にもアルファを見かけてるのかもしれない」

「お、俺が?」

「思い出せないだろうけどね。でも、そう考えれば辻褄が合うんだ。例えば、一昨日のキマイラ。淀みがああいう魔物に変化しないように、ハコとボクは常に結界を張ってから浄化を行うんだ。でも、いつの間にか結界が綻んで、そこに赤城君が誘い込まれた。その綻び……というか、綻びやすい切っ掛けを作ったのが、アルファかもしれない」

「で、でも、なんで……」

「目的がハッキリしてるのに、全くの部外者である赤城君を狙ってる時点で、明確な理由なんてないと思う。殺すつもりなら、もっと直接的な手段は沢山あるからね……。ボク達に対する嫌がらせか……或いは、偶然目に止まったから、とかそんなところじゃないかな」

「そんな……」

 思わず足が止まる。

 真っ当な理由があっても嫌だが、適当に選ばれたというのも、堪ったものじゃない。

「オメガっていう協力者がいるかもしれない以上、油断は出来ない。日中は未だしも、夜は本当に危ないんだ。でも安心して。ハコとボクが、必ず赤城君を護るから」




 

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