告白 2
指を絡め合わせ、手を繋ぎながら、公園を出る。
お互いに顔が真っ赤で、目すら合わせられないほどなのだが、距離は今まで以上に縮まっている。一歩は、確実に踏み込めた気がした。
ちらりと視線を向けると目が合って、ナツメさんが慌てて視線を逸らした。でも、ぎゅっと手を握り返される。
「ろ、ロック君の女たらし……」
「な、なんでですか。俺がど……未経験なのは知ってるでしょうに」
「じゃ、じゃあ、さっきのはなんですか、さっきのは!」
「さっきのって……抱き寄せたやつですか?」
「そうです、アレです。あんな大胆な……」
「前に、ナツメさんのコスプレ写真で見て」
「えっ、私の? あっ、あー……何回かやった気がする……」
ビシっと決めている時のナツメさん(男装)は、本当に格好いいのだ。男の俺ですらドキドキするほどで、写真を見せてもらう度に心が震えたものである。
「それに、『相手を逃がしたくない時は、あのくらい強引にすべきだぜ』って教えてくれたのは、ナツメさんですよ? 俺の中のイケメン像は、ナツメさんで出来てるんです」
「そ、そういえば、結構そういう話もしてますもんね……。……もしかして私、自分の手で、自分好みの男の子を育てちゃったんじゃ……」
「ほほう」
「い、今のなし! 聞かなかったことにしてください!」
「嫌です。心に刻みました」
「ろ、ロック君のいじわる……」
半目で睨まれるが、真っ赤な顔なので迫力がない。可愛い。「超可愛い」
「ううう……。で、でも、負けませんから! 私だって、ロック君の好みを全部知ってるんですからね! 理想のデートとかも!」
「ッ、そ、そういえばそうだった……!」
ずっと押されっぱなしだった分、ちょっとは均衡出来るかと思いきや、また上回れてしまった。本当にナツメさんには敵わなくて、でも、こうして騒がしくやり取り出来る時間が何よりも楽しいのだ。幸せなのだ。
お互いに真っ赤な顔で言い合いつつ、ぎゅっと手を握り、ゆっくりと住宅地を進んでいく。
すると、前方にコンビニが見えてきて、ナツメさんが俺を見上げた。
「……コンビニ、寄ります?」
「ですね、何か飲み物でも買いましょうか」
興奮が続いているからか、喉が渇いていた。少し肌寒いかな、と思っていた気温も気にならないくらい体も熱いし、冷たいものが飲みたい気分だった。
ナツメさんと手を繋いだまま、店内へ。と思ったところで、先に店から出てくる二人組みがいて、邪魔にならないように道を明け――
「あら、赤城君じゃない」
「やっほー、偶然だね」
自動ドアの向こうから現れたのは、ハコとOJだった。昨日と同じような服装で、黒いコートは着ていない。OJの頭のネコミミもそのままだった。
全く予想していなかった二人の登場に、俺は激しく動揺する。
まだ二人との距離感を掴みかねている、というのもあるが――それ以上に、キスのドキドキが色濃く残っているから、妙な恥ずかしさが先に出てしまって、しどろもどろになってしまった。上手く言葉が出てこず、金魚のように口をパクパクさせてから、どうにか問い掛ける。
「な、なんで二人がこんなところに」
「「デート」」
笑顔と共に二人が手を上げ、繋いだ手を見せてくれた。
絡み合った恋人繋ぎ。そうなんだろうな、とは思っていたが、二人は付き合っているのだ。
「で、赤城君達はどうなの?」
「デート? デート?」
「デ、デートっていうか、まぁ……アレだよ」
「「ふーん?」」
ニヤニヤと二人が笑う。いい性格をしているようだった。
「邪魔したら悪いし、私達はもう行くわ。それじゃあね」
「ばいばーい」
笑顔を残して、ハコとOJが歩いていく。
……箒で空を飛べる魔女が、コンビニを利用している、と考えるとなんだか妙な違和感があるが、当たり前にスマホを扱っているし、現代社会に馴染んでいるのは確かなのだろう。
そういえば、昨日の帰り道に母も言っていた。
魔法は奇跡を起こせるが、しかし不自由も多いと。例えば火の魔法なら、マッチやライターを使った方が遥かに簡単で安上がりらしい。
『十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない』、というヤツである。
ただ、昨日の今日なのに……いや、だからか。俺がナツメさんと一緒にいたから、あえて明るく振舞ってくれたのかもしれない。
と、そこでナツメさんに軽く腕を引かれて、我に返った。
「……ロック君、あのお二人は?」
「えっ、あー……」
どう説明したものだろう。俺は暫し逡巡し、
「――そう、母親の知り合いで」
「そうだったんですか。――それより、私はデートのつもりだったんですけど、ロック君は違いました?」
「や、それは、あの、」
「どっちなんですー?」
近い距離から見上げられて、顔に熱が戻ってくるのを感じる。こうなると俺は弱いな、と思いながらも、頷き返した。
「ち、違わないです」
「よかった。それじゃあ、今日は私が借りてる部屋までエスコートしてください。デート、ですからね」
えへへ、と微笑むナツメさんに見蕩れつつ、コンビニの店内へ。
冷蔵ショーケースの方へ向かいながら時計を確認すると、十二時を過ぎている。
散歩とイチャイチャで、思っていた以上に時間が経っていた。
「お昼、どうしましょうか」
「どこか食べに行きましょうか。奢りますよ」
「いや、悪いですよ、そんな」
「学生のロック君に、連日お金を使わせるのは心苦しいですから。これでも稼いでるんですよ、私」
自慢げに、ナツメさんが胸を張った。……制服だから解りにくいが、結構大きい気がする。なんて思いつつ視線を戻したところで、ニヤリと笑われて、全て思惑通りだったと知る。超絶恥ずかしい。今なら顔で目玉焼きが作れそうだった。
「そ、そういえば、結構趣味に注ぎ込んでましたね」
「お、何事もなかったかのように話を続ける作戦ですね! そうはさせないぞお!」
「――あ、林檎カード売ってますよ林檎カード。そろそろ月末の時期ですよね? クレカの限度額まで突っ込んで、コンビニにバリアブルカード買いに行くなんてことはないですよね?」
「~~♪」
ナツメさんが明後日の方を向き、下手くそな口笛で誤魔化し始めた。本当にこの人は……。
「や、違うんです、違うんですよ。あの時はパソコンを新調したりしてたので、クレカを結構使ってて。なのに担当が来ちゃってしかも限定でイラアドも最高でこれはもう回すしかなく」
「へぇ」
「ロック君冷たい! そういうところも好きっ!」
「誤魔化されませんからね」
「は、反省してます……」
「でも、そうやってガチャを回せるくらいには、稼いでる訳ですよね?」
「そ、そうです。そうなのです! 実はですね、私のコス活動は、趣味と実益を兼ねているのです」
「実益も?」
「例えばコス衣装ですね。あれは全部自作なんですけど、依頼を受けて作ったり、オークションに出したりもしてるんです。他にも、小物を作ったり、アクセを作ったりしてて。実は私、レイヤーとしてよりも、職人としての方が有名だったりするんです。その収入があるので、余裕はあるんですよ」
「マジですか。手作りしたものが売れるって、凄いじゃないですか」
「照れるにゃー」
頭に手をやる姿が可愛らしい。何より、心から尊敬する。
「ナツメさんは凄いですね……。俺にはそういう才能がないから、羨ましいです」
「才能だなんて、そんな。――努力の結果です。私の実力です」
「そこで謙遜しないところ、大好きです」
いつだって自信満々で、前向きで、そういうところが本当に羨ましいし、嫉妬するし、だからこそ焦がれるのだ。女性だと解った今でも、ナツメさんは俺の目標だった。
なので、見栄を張りたい気持ちもあるのだが、ない袖は振れないのも確かで、
「じゃあ……今日は甘えさせてもらいます」
「決まりですね! 折角ですし、お高いものでもいっちゃいます?」
「普通でいいですって。この近所なら――ケーキの美味しい洋食屋さんがあります。たまにケーキだけ買いに来るんですが、どれも美味しいですよ」
「ケーキ! いいですね、そこにしましょう。――あ、でも、ランチ時だと混んでますかねぇ」
「なら、もう少し散歩してから行きましょうか。お店までちょっと距離もありますから、何か飲みながら」
ショーケースのドアを開けて、ポカリスエットを手に取る。「じゃあ私は午後茶ー」と、ナツメさんが午後の紅茶のストレートを選んだ。
会計を済ませて外に出ると、少し空が暗くなっていた。雨雲という感じではないが、若干温度が下がっている気がする。だが、
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
改めて指を絡め合わせ、微笑むナツメさんと歩き出すと、寒さも気にならない。
触れ合う、という行為には、凄い力があるのだと感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます