幕間


「サンキュー、オメガ。アカウント作ってもらっちゃって」

 別に、とそっけなく答える。

 すると、アルファが珍しく気恥ずかしそうな様子を見せた。

「実は俺、ネット関係は疎いんだよねぇ。ガラケーの方が手に馴染んでるってのもあるんだけどさ」

 アルファが、手にしている折り畳みタイプのフィーチャーフォンを開いて、閉じる。


 パチン、と硬質な音がした。


 原始人め。

「酷い言い草だなぁ。けど、俺に依頼してくるような人は、不思議と顔を合わせたがるんだよねぇ。信用商売ってやつ?」

 世界で一番『信用』という言葉が似合わない男が、それを語っていた。世の中に広がる闇は深い。

 ……まぁ、人のことは言えないのだが。

「名前と顔が一致するだけで安心するっていうのも、変な話だよねぇ。それでいて、変身願望が強い訳だしさ。朝起きて、鏡の前に立ってるのが他人だったら、俺なら発狂しちゃうけどね」

 鏡の前で、『お前は誰だ』と繰り返すと発狂してしまう――なんて都市伝説があるけれど、それと似たような話だろうか。

「怪我をしたり事故に遭ったりしたなら、『怪我をした、事故に遭った』って意識が働くから、顔が大きく変わっても『これは自分である』って認識出来る。でも、肉体の乗り換えはそうはいかないんだよね。最初は高揚感で誤魔化せてたものが、慣れていくにつれて表面化していって、いずれは耐えられなくなっちゃうんだ。例えるなら、整形中毒と似てるかな」

 理想の自分を求めて整形するのに、いつまでも『理想』に届かないという苦悩――か。

「まぁ、大事なお客様には、そういう話はしないけどねぇ」

 詐欺師め。

「真摯なだけだって。だってさぁ、十代の女の子になりたいオッサンに、お化粧のテクニックや、体型維持の努力、生理の辛さを説くなんて無駄でしょ? 彼らは理想しか見てないんだから。現実が見えてるなら、それこそ魔法の勉強でもして、変身した方がマシなんだよね。それなら生理現象と無縁だし」

 ……、……。

「どうしたの、オメガ。怖い顔して。俺としては、君の考えが一番尊いと思ってるけどね。だから君には、幸せになって欲しいと思ってる。いやいや、本当だってー」

 ケタケタと、人間を商品にする男が笑う。

 アルファの言う『幸せ』と、こちらの『幸せ』は違う。その齟齬が面倒を起こさなければいいと、心から思った。

「それじゃ、今日も定時報告をはじめよっか」




 

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