光と闇 4


 改めて漫画談義をしたり、ナツメさんのオススメするアニメを見たりして一日が過ぎ、ネカフェから出た頃には日が沈みつつあった。


「わー、結構暗い! ロック君が狼になる前に帰らなきゃ!」

「なっ、酷い言われ方した気がする……!」

「羊にも準備がありますのでー」

「じゅ、準備? そ、そっスか」

「フフ、ロック君よわい」

「うるせー!」


 いつの間にか、ただ手を繋ぐのではなく、指を絡め合わせながら、俺達は駅前へとゆっくり歩いていく。

 昨日以上に離れ難いのは、ナツメさんも一緒だったようで、北口で立ち止まらず、そのまま駅へ入り、南口へと進んだ。

 そうしてコンビニ前までやってきたところで、ナツメさんがちらりと俺を見て、苦笑気味に微笑んだ。


「……今朝のこと、今は忘れててください。後でちゃんと話しますから」

「無理は、しないでくださいね?」

「大丈夫です。いつかは、ロック君に聞いて欲しいって思ってたことですから。でも、寄りかかってばかりじゃ不公平ですし、ロック君も心の奥にドロドロしたものがあったりしたら、構わず私にぶつけてくださいね」

「そ、そんなことしませんって。……まぁ、ナツメさんに聞いて欲しいことは、あったりなかったりしますけど……でも、秘密を全部明かすことが、『公平』って訳じゃないと思いますよ」

「そう、ですか?」

「そうですよ。人間、誰にだって隠し事はあるものですし」

 不倫や浮気をしている、みたいな、相手を裏切るような秘密なら話は別だが、そういうことではないだろうし、無理に聞き出そうという気持ちはなかった。

「焦ったりせず、話せる時が来たらでいいですよ」

「ロック君……。ありがとう。でも、無理じゃないんです。いっぱい話したいことがあるから、順番を整理する時間が欲しくて。あと、今日はもう暗いですし。だから――」


 嬉しそうに微笑んで、ナツメさんがぎゅっと抱き付いてくる。驚きに頭が固まり、恥ずかしさに手が震えてくるが、俺からも抱き締め返す。

 朝は必死だったから解らなかったが、腕の中にすっぽりと納まってしまうナツメさんの小ささを感じ、胸が熱くなった。

 暫く抱き合ってから、ナツメさんがそっと離れていき、


「……今日は、この辺で。それじゃあ、また明日です!」


 ナツメさんが微笑んで、名残惜しそうにしながらも歩き出す。駅の東側――アパートやマンションが多く建ち並ぶ方へ。

 途中、ナツメさんが何度も降り返り、大きく手を振ってくる。それに手を振り返し、その姿が見えなくなるまで見送り……

 ……空いた手を、握り締める。


「……。……行くか」


 昨日以上の寂しさを胸に抱えながら、俺もまた歩き出す。

 立ち寄り忘れた駐輪場は、駅の西側にあった。

 駅直結の駐輪場で、事情を話して二日分の料金を払い、自転車を手で押しながら外に出る。

 駐輪場の出口は左右にあって、右に行けば北口側に出るのだが……昨日の出来事が脳裏にチラついて、若干遠回りになると解っていても、俺は南口側に出た。


 一つ、息を吐く。


 今日も一日色々あって、すっかり忘れていたが――駐輪場の支払いをした時に、偶然名刺が目に入ってしまって、頭がそれに囚われつつあった。

「…………」

 自転車を押し、ナツメさんと別れたコンビニ前まで戻ってくると、俺は財布から名刺を取り出し、そこに記されている住所をグーグルマップで検索する。


 すると、意外にも自宅から近い場所にあった上に、

「喫茶店?」

『喫茶 アクアリア』という店を、マーカーが指し示している。

 ★4.1。二十一件のクチコミ。

『昔ながらの喫茶店』

『コーヒーも料理も美味しいお店』

『ランチに利用しました☆』

 等々……

「えぇ……?」

 困惑しながら、改めて名刺の住所を確認してみるが、確かにここだ。

 試しにストリートビューを立ち上げてみると、木造二階建ての西洋建築の建物で、この茶色い外観と格子窓には見覚えがあった。立ち寄ったことはないが、何度か脇を通っている場所だ。


「……行ってみるか」


 俺には霊感がある。だが、それだけだ。映画の主人公のように、化物相手に戦える特殊能力は持っていない。ただ見えるだけの一般人だ。だからこそ、転ばぬ先の杖が必要だろう。

 それに――怪しい場所には近付かないよう言われたが、昨日は怪しいとは思わず、むしろ綺麗な光に誘われたのだ。その食い違いも含めて、話を聞いておきたい。

 今日一日を経て、ナツメさんを更に好きになったからこその、心境の変化だった。


 改めて地図を確認してから、俺は自転車を漕ぎ出す。

 日中暖かかった多分、夜風が冷たく感じる。

 

 ビルの合間に浮かぶ月船は、昨日よりも細くなっていた。




 

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