光と闇 3


「えー、泣いてませんよー、そんな人前で泣く訳ないじゃないですかー、ロック君ったらこのこのー★」

 ぺしぺしと腕を叩かれる。

『ちょっとメイク直してきます』、とコンビニのトイレに向かい、戻ってきた時には、普段のナツメさんに戻っていた。

 笑う目尻が若干赤いのだが、それに気付いていないフリをして、コンビニを出る。


 俺から、ナツメさんの手を取った。


「あっ……」

「行きましょうか」

「……うん!」


 嬉しそうに微笑むナツメさんと共に、駅の構内へと入っていく。

 色々と聞きたいことはあるが、本人が『泣いてません』と言った以上は、蒸し返すべきではないだろう。それでも、俺からの好意は明確にしておきたいと思った。


「これからどうしましょうか。もう映画始まっちゃいましたし……次の上映時間まで、駅ナカの店を見てみます?」

「ですねー。……今は、こうして一緒に歩いていたいです」

 目尻を下げて微笑むナツメさんに、「俺もです」と笑い返して、俺達は人通りの多い構内を進んでいく。


 最初こそ会話が少なかったが、銘店街や、輸入食品店を見ている内に会話も弾み出し、途中で立ち寄った書店で漫画談義を始めたら、更に映画の時間を逃してしまった。

 その後、軽く昼食を取り、『映画は次の機会にして、漫画話の続きをしよう』と決めると、俺達は駅の北口を出て、対面のビルに入っているネットカフェに入った。

 ナツメさんが会員証を持っているチェーン店で、そこまではよかったのだが、彼女が店員に「カップルシートで」と告げた瞬間に顔から火が出た。

「カッコ予定、ですけど」

 えへー、と微笑まれては何も言えなくなる。と同時に、視界の端で男性店員が一瞬ウザそうな顔をし、すぐに営業スマイルに戻る瞬間を見てしまって、なんだかとっても申し訳なくなったのだった。


 指定された部屋は完全個室で、入って左側に二人掛けのソファーシート、右側に大きなディスプレイとパソコンの載った机が置かれていた。

 先にナツメさんが部屋に入り、続いてソファーに座ったところで、彼女がすぐ隣に移動してきて、俺の腕を抱いた。鼓動が跳ねる。


 無言で見上げられて、間が持たなくて、俺はワタワタと周囲を見回し、

「な、何か見ますか。動画とか、ドラマとか、アニメとか」

「ロック君見てる」

「ちょ……!」

「だめぇ?」

「そ、その甘え方は理性がヤバいんで……!」


 駅ナカを回っていた時から、昨日より距離が近いな、とは思っていたのだが、この『完全個室に二人きり』という状況で更に甘える方にスイッチが入ったらしい。が、俺には刺激が強過ぎる。それはナツメさんも察しているのか、彼女は頬を染めつつも、悪戯に微笑んだ。


「ロック君の好きにしていいですよ?」

「そ、そういう言い方をしない」

「やだぁ、何を想像したんですー?」 

「酔っ払いみたいな絡み方しないでくださいよ!」

「ロック君に酔ってるのでー」

「この人は……!」


 にゃはは、と嬉しそうに笑うナツメさんに調子を狂わされつつ、俺はマウスへと手を伸ばし――ナツメさんに腕を引っ張られてソファーに戻され、手を伸ばし、戻され、なんだか面白くなってきて更に何回か行ったり来たりした後、専用の動画配信サイトをチェックする。

 すると、お互いに見逃していた映画があって、それを見ることにした。


 現代ファンタジーで、『冴えない主人公には、実は巨悪に対抗出来る特別な力が……』という、よくある導入から始まり、派手なCGとアクションが連続する。だが、すぐ隣のナツメさんが気になって気になって、内容が頭に入ってこなかった。

 暖かいし、柔らかいし、いい匂いがするのはもちろんのこと、キスシーンなどでは画面を見ないで俺を見るのだ。だが、俺は場に流されるような軽い男にはなりたくないから、必死に我慢して、それがナツメさん的には残念そうで、でも、


「――ロック君のそういうところも、いいなぁ」


 小さな独り言が聞こえてしまって、俺は顔を赤くするしかなかったのだった。




 

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