知っているようで何も知らない、お互いのこと 3
遊んで、食べて、首を傾げる出来事がありつつもまた遊んで、午後五時過ぎ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付けば日が暮れ始めていた。
ラグビーボール像前へと戻りながら、俺はナツメさんに聞き忘れていたことを問い掛けた。
「ナツメさん、どこのホテルに泊まってるんです?」
「駅の南側にあるやつです。ちょっと奮発して、いい部屋を選んだんですけど、失敗でしたね」
「どうしてです?」
「まさかロック君の地元とは思わなかったので。これなら部屋のグレードを下げて、もっと衣装を――ゲフンゲフン」
「マジで持ってきてるんスか……」
「有言実行がモットーですから」
ドヤァ、とナツメさんが微笑む。
今日一日で何回も見たドヤ顔だが、その全てが可愛くて参ってしまう。こういう自信たっぷりな表情、大好きなのだ。
顔が熱くなり、恥ずかしさから目を逸らす――と、ナツメさんが俺の顔を覗き込んできた。
「ちょ、」
「んー?」
ニヤニヤ笑うナツメさんの視線から逃れ、
覗かれ、
逃れ、
覗かれ、
くるくると二週半ほど。ちょっと楽しくなってきた。
「俺、バカップルが馬鹿をやる理由が解りました」
「私もです」
流石に周囲からの視線が痛いので、これ以上は止めておく。
ただ、朝からずっと手は繋がったままで、それが離れるのが惜しかった。ナツメさんが一歩距離を取った瞬間、思わず彼女の手を握り締めてしまったほどに。
驚くナツメさんの顔を見て、俺は慌てて手を離そうとして――でも、逆にぎゅっと握り締められた。
「えへへ……。ロック君がロック君でよかったです」
「ど、どういうことです?」
「裏表のない人は素敵だなって。名残惜しいですけど……もう暗くなっちゃいますし、続きはまた明日にしましょう」
「はい。じゃあ、明日は南口で待ち合わせましょうか。コンビニがあったと思うので、その前で」
「解りました。では……」
改めてぎゅっと手を握られて、俺もまた握り返す。それにナツメさんが微笑んで、俺も笑みを返して……
暫くしてから、二人同時に手を離した。
「また明日です。おやすみなさい、ロック君!」
ぱっと華やかに微笑み、ナツメさん軽やかに階段を上っていき――途中で振り返り、手を振る彼女に手を振り返す。
その後ろ姿を見送ってから、俺は空いた手を握り締めた。
「不思議な人だな……」
想像とはまるで違っていたのに、確かに『ナツメさん』なのだ。気のいい兄貴分として慕っていた感情が、そのまま好意に変換された感じだ。
恋はするものではなく、落ちるもの。その意味が、心で理解出来た。
「……やべぇ、ポエミーな思考になってるのがやべぇ」
自分の中にこんな感情が眠っていたのかと思うと、ビックリしてしまう。
何より―― 一人になって、心にぽっかりと穴が開いたみたいに、寂しくなっていた。
二人でいた時と違って、世界から色彩がなくなり、暗くなってしまったかのようだ。
……まぁ、実際に日が暮れているのだが。
「また明日、か」
明日も逢える。それが凄く嬉しい。
ネット上からは見えなかったナツメさんの姿を、もっともっと知りたいと思った。
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