第282話 飛ばない理由

 天照の心が折れ、鮮度の落ちた魚の様に虚な目をしたのを見て、一人ほくそ笑む男が居る・・・言わずもがな清宏だ。

 朝食を済ませ、天照が目覚めるのを待っていた清宏は、水を得た魚の様に生き生きとし、これでもかと天照を罠に掛ける。

 何度となく湖に叩き落とされた天照は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも今だに謝ろうとせずに足掻いているようだ。


 「まだやってらしたのですか?流石にやり過ぎだと思うのですが・・・」


 天照が通算15回目の着水をした時、清宏の背後から呆れ混じりの声が聞こえてきた。

 清宏が振り返ると、そこには清宏の代わりに皿洗いをしていた天鈿女が困り果てた表情で立っていた。


 「俺だって素直に反省してくれたら許すんですよ?」


 「そうなのですか?天照様は既に反省なさってるように見えるのですが・・・」


 「いやあ、あの調子じゃまだでしょ・・・そこまで言うなら試してみます?」


 清宏はそう言うと、とぼとぼと歩いて来た天照が開けようとした扉を広間に繋げた。

 扉が開き、やつれた表情の天照が現れる。


 「よう、反省したか?」


 「ふぁっ!?」


 清宏が声を掛けると、予想だにしていた声に俯いていた天照が顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった表情が怒りの色に染まっていく。


 「ここで会ったが百年目!よくも妾をコケにしてくれたのぶぁっ!?」


 「まだまだ反省が足りん」


 清宏に掴みかかろうとした天照は見えない壁に阻まれ、またもや落とし穴に落ちて行った。

 背後から深いため息が聞こえ、清宏は振り返る。


 「ね?」


 「はい、貴方の仰る通りのようです・・・」


 「ああ言う奴ってのは見てくれは反省してても内心では自分は悪くないって思ってるんですよ」


 「よくご存知ですね?」


 「かなり分かり易いですからね・・・。

 こっちに来てからの印象から推測するに、あれはやたらプライドが高い上に直情的で物事を深く考えず、更には怒ると冷静な判断が出来ない傾向があります」


 「正しく持って仰る通りです・・・」


 「さっき戻って来たかと思ったんじゃが、まーだ諦めとらんのか彼奴は・・・」


 清宏が天鈿女に説明をしていると、暇を持て余したリリスが様子を見にやって来た。

 リリスは水晶盤に映っている天照を見て呆れると、清宏の隣に座る。


 「なあ清宏よ、一つ気になった事があるんじゃが良いか?」


 「何だよ?」


 「何で彼奴は飛ばんのじゃ?」


 「そう言えば確かにそうでございますね・・・」


 リリスの素朴な疑問に天鈿女も首を傾げた。

 清宏はそれを聞いて鼻で笑うと、水晶盤に映る天照を見て腕を組んだ。


 「奴が飛ばない理由は二つある」


 「ほほう、その理由とは?」


 「まず一つは、奴は怒った時に腹を立てるのではなく頭にくるタイプである事だ」


 「?」


 「頭に血が昇って冷静な判断が出来ないと言う事ですわ」


 リリスが清宏の言葉が理解出来ずに首を捻ると、天鈿女は苦笑しながらフォローする。

 納得したリリスも苦笑して頷いた。

 

 「あー・・・確かにそんな感じじゃな。

 して、二つ目の理由とはなんじゃ?」

 

 「二つ目の理由・・・こっちの方が一番の理由なんだが、それは、奴は自分が飛べるって事を完全に忘れてるって事だ」


 「流石にそれは・・・いえ、十分ありそうですわね・・・ですが、何故でしょうか?」


 天鈿女が不思議そうに首を傾げると、清宏は遠くを見つめ、悲しげな表情を浮かべた。


 「奴はあまりにも長く引きこもってゲーム三昧の生活をしていたせいで、座ってる体勢がデフォになってしまったんです・・・だから、飛ぶという行為が真っ先に思い浮かばないのです!!

 良いですか?引きこもりのゲーマーって言う生き物は、モニターから離れずに済むように必要な物は全て手の届く範囲に置き、仮に動くとしてもトイレに行くくらいなのです!!まあ、上級者ならペットボトルやオムツって場合もありますが、流石にそれは無いと願いたい・・・」

 

 引きこもりゲーマーについて熱く語った清宏に対し、リリスが冷ややかな視線を向けている・・・何か言いたい事があるようだ。


 「・・・なあ清宏よ、妾の身近にもその様な奴が居る気がするんじゃが?」


 「気のせいだ」


 普段は工房に引きこもって作業をし、必要な物は全て手の届く範囲に置いてある清宏は、悪びれもなく即答した。

 清宏は一応料理などで工房から出て来る事はあるため完全な引きこもりではないのだが、それに近い生活を送っているのは確かだ。


 「まあ良えわい・・・取り敢えず、奴が飛べる事をいつ思い出すか見ものじゃな」


 「思い出すのが先か、反省して素直に謝るのが先かって感じだな」


 リリスはさらりと流されてそれ以上ツッコむのを諦め席を立ち、清宏は再度水晶盤に向きなおる。

 天鈿女もその場を離れようとしたが、ふと立ち止まったリリスに呼び止められた。


 「天鈿女殿、其方達はこれから何か予定はあるのかの?言っては何じゃが、清宏曰くこちらの世界は娯楽が少ないらしくてのう、其方達が楽しめる様な事は無さそうなんじゃよ・・・」


 「お気遣い感謝致します。

 そうですわね、私達はこれと言って予定もありませんしどう致しましょう・・・」


 二人が話し込むと、その会話を耳にした清宏が振り返り、天鈿女に対しジトっとした目を向けた。

 何か言いたげな清宏に、天鈿女は首を傾げる。


 「何でしょうか?」


 「どうせ貴女も暇潰しのために映画とか持って来てるんじゃないですか?」


 「・・・何故そう思うのですか?」


 「ポータブルプレイヤーとDVDやBlu-rayがあれば事足りるでしょ?」


 「仮に持って来ていたとして、私にどうしろと仰るのです?」


 「もしあるなら、リリス達にも観せてやってください」


 「何っ!?良いのか!!?」


 清宏の言葉にリリスが目を輝かせる。

 自分の知らない清宏の住んでいた世界を知る事が出来るのだから、リリスの反応も理解出来る。

 だが、映画にはこちらの世界では再現出来ない技術も多く出てくる・・・そこには、勿論兵器なども含まれるはずだが、清宏は何を考えているのだれうか。


 「既にゲームを見た後なんだし、ある程度なら良いんじゃねーの?まあ、観る作品は俺が決めるけどな」


 「おおおおおっ!?こ、これは楽しみになってきおったぞ!!」


 「あ、あの・・・私が持って来ている前提で話が進んでいませんか!?」


 「あるんでしょ?」


 清宏が見透かしたかの様に見つめると、天鈿女は観念して項垂れた。


 「・・・はい」


 「やっぱりね・・・で、何を持って来てます?」


 「古今東西あらゆるジャンルを持って来ています・・・」


 「うん、観る気満々だよね?

 じゃあ、今からメモする三作品を観せてやってください」


 清宏は素早くメモを書いて天鈿女に渡す。

 天鈿女はそこに書かれたタイトルを読むと、呆れた表情で清宏を見た。


 「何故この様な偏った作品に?正直、悪意しか感じられません・・・」


 「だってこっちは剣と魔法、魔族も居る世界なんですよ?反応が気になるじゃないですか」


 「それは確かに・・・では、準備を致します」


 納得した天鈿女が清宏の元を離れていく。

 チラリと見えたメモ用紙には、『呪怨』、『リング』、『不安の種』とジャパニーズホラーのタイトルが書かれている。

 この悪意あるチョイスが後々自分の首を絞める事になる事を清宏はまだ知らなかった。

 

 

 


 

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