第281話 何かが折れる音

 「ヴぉえっ!!オロロロロエエエッ・・・!?うぐぅっ・・・おえっ・・・」


 静かな湖畔に汚い声が響き渡る。

 気絶していた天照の腹部に、清宏が殴り飛ばした大国主が落下して来たのだ。

 天照は噴水の様に胃の内容物を吐き出し、衝撃で目覚めてえづきながら薄っすらと目を開けた。


 「ギャーッ!バッチい!この人ゲロったんですけどーっ!?」


 「酸っぱ臭い・・・」


 近くで天照の様子を見ていた乙ちゃんはゲロの噴水を浴びてしまい叫びながら湖に飛び込み、姫ちゃんは鼻をつく臭いに顔をしかめている。

 天照はゆっくりと身体を起こすと、覆い被さっている大国主を片手で払い除けて立ち上がった。


 「なんぞ他人に知られたら自殺ものの恥ずかしい夢を見ておったような・・・てかくっさ!ゲロまみれではないか!!何故妾はこんな事になっとるんじゃ!?」


 天照は自分の状態を見て目を見開くと、慌てて湖に飛び込む。

 水で顔と服に付着したゲロを落とした天照は、同じく隣で顔を洗っていた乙ちゃんと目が合い、首を傾げた。


 「はて・・・お主達が居ると言う事は、ここはさっきの湖か?確か、妾はあのちんちくりんを抱えて戻って風呂に入っておったはずじゃが・・・」


 清宏の強烈な一撃で記憶が曖昧になっているのか、天照は乙姫コンビを見て返答を待つ。

 だが、2人は翻訳こんにゃくゼリーを食べていないため、天照が何を言っているかが理解出来ず首を傾げた。

 それに気付いた天照はゼリーを取り出して2人に放り投げ、食べるようジェスチャーで指示を出す。


 「あ、美味しい・・・」


 「そうか、それは良かったのう」


 「えっ・・・話せる!何で!?」


 「そのためのゼリーじゃからな。

 して、何故妾はまたここに居るんじゃ?先程戻ったはずなんじゃが、其方達は知らぬか?」


 尋ねられた2人は顔を見合わせると、天照の後方の空・・・リリス城を指差した。

 天照はそちらを振り返ると、城から伸びた排水管の様な物を見つけて全てを悟ったのか、わなわなと震えだす。


 「そうか・・・一度ならず二度までも妾を愚弄するか・・・!」


 「あっつい!?何なのもう!!」


 湖の水が激怒した天照のオーラで一瞬にして熱湯になり、まだ湖に浸かっていた乙ちゃんは慌てて飛び出し、火傷した下半身にポーションをかける。

 乙姫コンビ達の居る反対側の岸では、同じく熱湯で火傷した魚人の浦島太郎達とシーサーペントのコーラルがポーションを使って身体を癒しているのが見える。

 それに気付いた天照は申し訳なく思ったのか、怒りを鎮めて頭を下げた。


 「すまんかったのう、其方達に二度も助けて貰いながら傷付けてしまったな・・・この詫びは必ずする故、しばらく事が済むまで待っていて欲しい。

 さて、其方達の受けた痛みは万倍にしてあの男に返してやるとしよう・・・もはや塵も残さぬぞ」


 穏やかな声の裏に尋常ならざる殺気を感じた乙姫コンビは抱き合いながら何度も頷き、城に向かって歩いて行く天照の背中を見送る・・・だが、それから5分後。


 「んぎゃあああああああああっ!!」


 耳をつん裂く叫び声と共に、またしても天照が湖に落ちて来た。

 城の扉を開け中へと足を踏み入れた瞬間、床が抜けて強制排除されたのだ。

 天照は自力で岸までたどり着くと、乙姫コンビの生暖かい視線に気付かないフリをしてもう一度城に向かって歩き出した。


 「クソっ・・・普通入り口付近は安地なはずじゃろ、こんなんクソゲーではないか!クレーム案件じゃぞこんなん・・・」


 天照は城の扉を開け、落ちていた棒を使って床を叩いて確認する。

 先程の二の舞にはならないと言う意気込みが伝わってくるが、腰が引けている。


 「大丈夫か?大丈夫じゃな?・・・よし!では上を目指すのじゃ!待っておれよ!!」


 意気込み新たに上階へと続く階段を駆け上がり始めた天照だったが、最後の1段と言うところで足を踏み外した・・・いや、正確には段が瞬時に消えてしまい、坂に変化したのだ。

 ツルンと滑った天照は顔面を強打してそのまま滑り落ちて行き、入り口から外に放り出された。

 だが、それだけでは済まなかった・・・放り出された先は湖だった。


 「あ、また落ちて来た・・・」


 「あの人も懲りないよね・・・」


 「懲りてたまるものか!其方達には解るまい!?神である妾が人間に手玉に取られるなどあってはならんのじゃ!!」


 2人の呟きを聞いた天照が涙目になりながら怒鳴ると、2人は目をパチパチと瞬かせ、納得したように頷いた。


 「ああ、お姉さんてそっち系のお客様だったの?言葉が通じなくて何か変な感じしたしもしかしたらって思ってたんだよねー」


 「どうよ、この素晴らしい察知能力」


 「いや知らんし・・・てか何じゃ、其方達慣れとるのう?」


 「ここに住んでると、珍しいお客様には事欠かないしねー」


 「3食昼寝付きで雇われてる」


 「意外とホワイトじゃな・・・ってそうではない!妾はあの男を消炭にせねばならんのじゃ!!」


 天照が拳を握りしめて掲げると、乙姫コンビは笑い出した。


 「あっははは!無理無理!多分、落とされたのは清宏様を怒らせたからでしょ?なら、謝るなりしないと絶対に上には戻れないって!!」


 「そう、清宏様が居る限り絶対に無理、無謀、無駄な努力・・・ご愁傷様」


 「・・・其方達、妾を馬鹿にしとるのか?神ぞ?我、神ぞ?人間ごときに負けるはずが無いのじゃが?だって神じゃからな!」


 「ならなんで何回も落とされてるの?」


 「んなもん練習に決まっておるじゃろ!あの男が妾が本気を出すに値するかはかっとるんじゃ!」


 「さっき本気で怒ってた・・・乙ちゃんが火傷した」


 「ぐぬっ!?それに関しては正直すまんと思っとるんじゃからあまり言わんでくれ・・・。

 むうっ・・・正直気は進まんが、其方達が抜け道なんかを知っておれば教えて貰えんじゃろうか?」


 乙姫コンビは相変わらずのコンビネーションで言い負かすと、天照は観念して2人に頭を下げた。

 二度も助けられた上に火傷をさせてしまった手前、2人には強く出れないようだ。

 神である天照に頭を下げられた乙姫コンビは困った表情を浮かべて首を振った・・・天照の希望は即座に打ち砕かれた。


 「仮に私達が抜け道を教えたとしても、清宏様の監視からは絶対に逃げられないし、絶対に上へは行けないわよ・・・」


 「な、何故じゃ!?」


 「清宏様はあの城の全権限を持ってるし、何より清宏様の好きなように罠を設置して構造を変えられる・・・あの城に至っては、清宏様こそが神」


 「あ、無理じゃこれ・・・」


 2人の言葉を聞いた天照の中で何かが折れる音がした・・・。

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