第280話 やっばーい遅刻遅刻ーっ!!

 「んごーっ・・・んごーっ・・・」


 カーテンの隙間から差し込む優しい陽の光と小鳥の囀りが聞こえる室内に、それをかき消すような豪快なイビキが響き渡る。

 その部屋はお世辞にも綺麗とは言い難く、脱ぎ捨てられた衣服やゲームソフトが散乱しており足の踏み場も無い状態だ。

 その部屋の主はまだ夢の中にいるのか、ベッドの上で布団に包まる様に寝ている。


    ジリリリリリリリリリリリリ!!


 「んがっ!?」


 部屋の主は突如として鳴り響いたけたたましい目覚まし時計のベルの音に驚き、布団から飛び起きた。

 カーテンの隙間から差し込む光に照らし出された部屋の主の顔が薄暗い部屋に浮かび上がる。

 それは、清宏によって湖に叩き落とされ、気絶しているはずの天照大神その人だった。


 「もう、今何時ー・・・?」


 天照は寝ぼけ眼で目覚まし時計を探して時間を確認すると、見るみる表情が青ざめていく。


 「えっ!もうこんな時間!?やっばーい遅刻遅刻ーっ!!」


 素早くベッドから立ち上がった天照は、着ていた水玉模様のパジャマを豪快に脱ぎ捨て、床に放置していた服を着込んでいく。

 その服の上着には独特な形状の大きな襟が付いており、現在では珍しいワンピース型のセーラー服だ。

 見た目が天照本人なため、正直外見年齢的には相当浮いている・・・ここにもしも清宏が居たならば『うわキッツ・・・』や『あ痛たた・・・風俗嬢かよ』などと容赦なく心を抉っていたに違いない。

 

 「やっば!シワくちゃじゃん!?やっぱ脱ぎ捨ててたのが失敗だったなぁ・・・」


 天照は服に付いたシワを手早く直し、腕時計を着けてもう一度時間を確認する。


 「あと五分で出ないと間に合わないじゃん!」


 自室のドアを蹴破り、階段を飛び降りて見事な前回り受け身をした天照は、裾が捲れてデフォルメされた八咫烏のキャラクターの描かれた下着が見えているのもそのままにキッチンに駆け込んでいく。

 キッチンに入ると、まず棚からビニールで包装されたカップを取り出して包装を引っぺがし、蓋を半分まで開け、ポットのお湯を注いで割り箸て蓋を押さえて固定する。

 次に天照は洗面所に向かい、顔を洗って髪のセットと化粧をし始めた。


 「ファンデーションは毛穴に叩き込む!!」


 身嗜みを整えるその姿は鬼気迫るものがあり、休む事なく動いている両手は、千手観音もかくやと言う程の残像を伴っている。

 

 「よし、あと二分三十秒!これならギリ間に合う!!」


 身嗜みを整え再びキッチンに戻った天照は、先程お湯を注いだカップを左手に持ち、左の脇に学生鞄を挟むと、割り箸を口に咥えて玄関に向かう。

 ローファーを履き、扉を開けて外に出ると、鍵を掛けて走り出す。


 「ずぞぞぞぞっ・・・ずぞぞぞぞっ・・・んぐっ!やっぱり朝はあっさり塩よねーっ!!」


 天照は駆け出すなり左手に持っていたカップの蓋を開け、咥えていた割り箸を使って中身をすすって幸せそうな表情を浮かべている。

 歳不相応なシワくちゃのセーラー服を身に纏い、キャラクターものの下着が見えたまま他人の目など気にせず豪快にカップラーメンをすする絶世の美女・・・情報量過多にも程があるが、ツッコミ不在の状態ではどうしようもない。


 『私の名前は燻里ガッ子、燻里って書いてイブリって読むの!高天ヶ原学園に通う誰もが羨む永遠のセブンティーンよ!親しい間柄の人達からは『ガッちゃん』て呼ばれてるんだけど、理由を聞いたら何でも沢山食べるからだって言うのよ!こんな美しい女性にそんなあだ名を付けるなんて失礼しちゃうわよね!?今度そのあだ名で呼んだら、全員生きたまま火炙りにしてやろうと思ってるわ!!』


 燻里ガッ子・・・どうやらこの女性は天照大神ではないらしい。

 そもそもこの微妙に物騒なナレーションと言い現実的ではなく、あたかも一昔前の少女漫画のようにも見える。

 

 「んぐっ・・・んぐっ・・・んぐっ・・・ご馳走様ーっ!さらにショートカット&ゴミ箱!!」


 汁まで飲み干した天照改めガッ子は、通学路の途中にあったコンビニの敷地をショートカットしつつ空になったカップをゴミ箱に捨て、そのまま走って行く。

 見事なまでの一連の流れを見るに、遅刻寸前で登校するのは一度や二度ではないのだろう。

 両手が自由になったガッ子は更に加速し、ウサイン・ボルトも裸足で逃げ出す人間離れした速度で先を急ぐ・・・やっぱりこいつは天照なんじゃないかとツッコミを入れる者が居ない事が悔やまれる。


 「よし!あのコーナーを曲がればあとはホームストレート!」


 学園へと続く最後の曲がり角が見えると、ガッ子は腕時計を確認して安堵の表情を浮かべる。

 

 「いえ、もっと時間の余裕が欲しいわ・・・遅刻ギリギリだと思われちゃったら恥ずかしいし、ならばここはインベタのさらにイン!!」


 曲がり角の手前でそう言い放ったガッ子は、重量操作時の仮面ライダースーパー1を彷彿とさせる跳躍力で民家を飛び越えると言う荒技を見せ、見事ショートカットしたかに見えたその瞬間・・・。


 「クピプ!?」


 ガッ子は着地と同時に腹部に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。

 その時の悲鳴は、奇しくもあだ名の由来になったキャラクターのセリフと同じだった。


 

 


 

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