第279話 照れ隠し
「さて、どうすっかなぁ・・・まさか即バレするとか予想外だったわ」
何とか気を持ち直した清宏は、先程あちら側のワルキューレ達にビッチーズの事がバレてしまい、その対策を練るため一人頭を悩ませている。
本来ならば朝食の用意をしなければならなかったのだが、そこはレイスとアンネ、レティに任せ、更には気を遣った天鈿女が手伝いを申し出てくれたためひとまずは安心だ。
その場に残された素戔嗚と月読の二人は、それぞれリリスやアルトリウスなどこちら側の住人達と親交を深め、メジェドは前回連れ帰る事の出来なかったエフタルと鞭棄と遊んでいるようだ。
「やっぱり、いつも通りゴリ押しするしか無いかな・・・」
「随分と悩んでいるみたいだね?」
「そりゃそうですよ」
背後から月読が話しかけ、唸っていた清宏は肩越しに振り向いて苦笑した。
それを見た月読も釣られて苦笑し、ため息をついた。
「この件に関しては彼を止められなかった私達の責任でもあるし、出来る限り大事にならないように手回しをしておくよ・・・でも過度期待はしないで貰えたら助かるよ」
「俺としてはそうして貰えると凄く助かるんですけど、何か自信無さげですね?」
「まあね・・・オーディンは話を聞いてくれるのは間違いないんだけど、ワルキューレ達・・・特にブリュンヒルデはちょっと、いやかなり頑固でね」
「オーディン様は説得出来るんだ・・・」
「意外そうだね?まあ、確かに彼は元は嵐の神だし、他にも軍神とか農耕神や死の神とも呼ばれているけれど、彼は何より知識に貪欲で、神々の中でも無類の人間好きなんだよ。
時に人間は我々神ですら思いもよらない物を作り出す・・・彼は、そこが何よりも愛おしく感じるそうだよ」
「何その神格者・・・あの引きこもり女神との差よ・・・」
「まあまあ、姉上はあれで憎めないところもあるんだよ」
清宏の一言に月読が苦笑していると、厨房から朝食を台車に載せたレイス達が現れ、皆何も言わずとも席に着く。
清宏は月読や素戔嗚達に席を勧めると、フォルバンを迎えに行き、車椅子を押して戻って来た。
「今日はまた随分と賑やかじゃのう?」
「ちょっと急な客が来ちまってさ、あんまり騒がしくしないように注意しとくよ」
「なに、沈んだ空気よりは良いもんじゃろ?」
「物は言いようだな・・・さて、んじゃあ飯にするか」
清宏はフォルバンを自身の隣の席に連れて行く。
フォルバンの朝食は皆の物とは少し違い、栄養価が高く消化の良い物を用意してある。
「今日のフォルバン殿の朝餉は私がご用意いたしました」
「うわ・・・爺さん良かったな、寿命が延びるかもしれないぞ?」
清宏が席に着こうと椅子に手を掛けると、天鈿女が笑顔を浮かべて得意気に胸を張る。
天鈿女の言葉を聞いた清宏は、呆れて笑いながら隣のフォルバンを振り返った。
「ふむ、どう言う意味じゃ?それに、そちらのお嬢さんや他の方々は・・・」
清宏の言葉と見知らぬ客人達の存在に首を傾げたフォルバンに対し、清宏はどう説明したら良いものかと悩む。
「うーん・・・ぶっちゃけると、あんたの朝食を作ってくれた女性とその隣に並んでる男性二人、あとやけにゴテゴテした見た目の人は、俺が住んでた世界の神様だな」
「神・・・神様じゃと?本当に何でもありじゃなお主の周りは・・・。
じゃが、神様直々に朝食を作っていただけるとは、長生きはしてみるもんじゃな」
「あんまり驚かないんだな?」
「驚いておるに決まっとるじゃろ・・・」
「まあ他にまだ二人来てるんだが、あまりにも馬鹿だったから追い出した」
「・・・」
フォルバンが何食わぬ顔で神を追い出したなどと言う清宏に対し、無言のまま呆れていると、天鈿女が土鍋から雑穀粥をよそってフォルバンに手渡す。
粥の入った器を両手で持ったフォルバンは、鼻腔を抜ける香りに顔が綻んだ。
「これは良い匂いじゃ・・・女神様のご配慮に感謝いたします」
「どうかお気になさらないでください。
それに、感謝をされるならどうか清宏殿や他の方々へ・・・貴方の身体を気遣い少しでも良い物をと考え、ご用意されていらっしゃるのですから」
「そうですな、本当に感謝しても仕切れませんわい・・・」
天鈿女の言葉にフォルバンは笑顔で頷くと、料理を作っている清宏やレイス、アンネに日頃の感謝を伝える。三人は気恥ずかしそうにしているが、表情の読めないレイスさえ、心なしか感謝されて嬉しそうにしている。
「それにしても、フォルバン殿の朝食にお粥を作られていらっしゃるのには感服いたしました・・・古くからお粥は『粥有十利』と言われ、健康食、美容食として親しまれてまいりましたから、フォルバン殿に適した献立であると思いますわ。
それに、お粥だけでは顎が衰えてしまう事を考慮し、副菜にも気を遣っていらっしゃるのは本当に素晴らしい事ですわ」
「そりゃあまあ、せっかく一緒に暮らしてるんですし、長生きして欲しいですから・・・」
天鈿女の嫌味の無い賛美に赤面した清宏は、顔を背けてボソボソと呟く。
そんな珍しい清宏の姿に、リリスや他の者達は笑いを堪える。
「こやつデレおったぞ・・・」
「あらあら、お可愛いこと」
「あの様にすれば・・・勉強になります!」
リリスとルミネ、アンネは口々に呟く。
そしてそれを聞き逃さなかった清宏は、素早くスキルを行使した。
「ふあっ!?な、何じゃ!何をする気じゃ!?」
「ちょっとお待ちなさい!あれは褒め言葉ですわよ!?それに、何故アンネさんはお咎め無しなんですの!?」
椅子に縛り付けられた二人が滝の様に汗を流しながら清宏を見ている。
今皆が使っている家具のことごとくは清宏が製作した物だ・・・それは即ち、全てが罠になり得るという事なのだ。
「アンネにはな、悪意が無いんだよ・・・だが、お前等は違うだろ?揶揄ったよな?」
「私は可愛いと言っただけですわ!」
「デレたのは事実じゃろ!?」
「頭、冷やそっか?」
言い訳をしている二人に清宏が笑い掛けると、床が抜けて姿が消える。
外からリリスとルミネの叫び声が聞こえ、清宏は座り直した。
『照れ隠しにしても酷い・・・』
その場に居た者達は、神々ですら清宏に聞こえぬように心の中で呟いた。
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