第272話 神泣かせ

 「うーん・・・コロニーが・・・コロニーが落ちてくるよぉ・・・」


 「あらあら、トラウマになってしまったようですわね・・・」


 うなされていた清宏は、後頭部に伝わる柔らかい感触と聞き覚えのない女性の声に意識を取り戻し、ゆっくりと目を開ける。

 目覚めた清宏の眼前には柔らかそうな双丘が並んでおり、既視感を感じた清宏はゆっくりと頭を横にずらして確認する。


 「つかぬ事をお聞きしますが、どちら様で?」


 「あら、目が覚めましたか?私は天鈿女と申します」


 「えっ・・・マジすか?神様の膝枕とかなんて贅沢な・・・」


 「もう良いのですか?だいぶお疲れのご様子でしたし、まだゆっくりなされても構いませんよ?」


 清宏が身体を起こして居住まいを正すと、天鈿女は残念そうに苦笑した。

 それに対し、清宏は視線を感じてそちらを振り返り、涙目のアンネを見つけてため息をついた。


 「お心遣いはありがたいんですが、あそこに泣きそうなのが居るので遠慮しときますよ。てか、何で貴女自ら膝枕なんてしてたんです?」


 「先程も申しましたが、貴方はだいぶお疲れのご様子でしたし、何より私共が急に訪れた事でご迷惑をお掛けしてしまいましたから・・・それよりどうでしょう?疲れは抜けましたまか?」


 申し訳なさそうな天鈿女に尋ねられ、清宏は肩をぐるぐると回し、首を左右に傾けて笑顔になった。


 「ええ、熟睡した後みたいな感じです。何かしました?」


 「それは良ございました!少しでも楽になっていただきたかったので、神力で少々」


 「勿体ねー・・・一人の人間の疲れを癒す程度の事に神力使うとか、勿体ないお化けが出ますよ」


 清宏は呆れ笑いを漏らしながら周囲を見渡すと、ある一点を見つめて歯軋りをし、怒りのオーラを放ちながらそちらに歩いて行った・・・清宏の視線の先には、やたら派手な和装の美女とリリスが互いに罵り合いながらテレビゲームをし、それを囲んでいる仲間達の姿があった。

 異常な程の殺気に気付いた野次馬達は無言で素早く避難し、二人の背後に立った清宏は腕を組んで仁王立ちをしてギャーギャーと喚き散らしている二人を見下した。

 

 「お前等、良いご身分だなぁ?」


 「卑怯じゃ!卑怯じゃぞお主!!初心者には優しくせんか!!」


 「何を言うか!世間の厳しさという物を妾自ら教えてやっとるんじゃから感謝せい!!」


 「こんな異世界に来てまでゲームだ?オーバーテクノロジー持って来んなって言ってなかったか?」


 「お主に世間の厳しさを教わる義理なんぞないわい!・・・ふぁっ!?ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・!」


 「何じゃと!?せっかく太陽神である妾が好意で教えてやろうと言うのに、何じゃその言い草はぁぁぁぁぁぁっ・・・!?」


 ヒートアップし周りがまったく見えていない二人は、こめかみに青筋を浮かべている清宏にも気付かずに取っ組み合いの喧嘩を始めようとした・・・だが、そんな事を清宏が許すはずもなく、二人の足元の床にはポッカリと穴が開き、吸い込まれる様に絶叫しながら落ちて行った。

 清宏は二人が落ちた穴に唾を吐き捨てると、様子を伺っていた皆達を振り返って腕を組んだ。


 「駄神共集まれーい!!今から説教の時間だゴラァ!!」


 「ハ、ハイ・・・申シ訳ゴザイマセン」


 「まだ何も言っていませんよ?取り敢えず謝っておこうなんて行為を俺が許すと思いますか?断じて否!むしろ逆効果と知れ!!」


 「ハイ・・・」


 「解れば宜しい・・・ほれ、そこの三馬鹿も正座しろよ早くよぉ?」


 「わ、我々もか!?我々は神であるぞ!?メジェド神も何故大人しく従っているのだ!!」


 一際身体の大きな男神が清宏の前で小さくなって正座をしているメジェドを見て目を疑ったが、清宏は小馬鹿にしたように鼻で笑った。


 「へぇ・・・だから?んなもん異世界じゃ関係無えんだよ!!あ、天鈿女様は椅子に座ってて下さいね。貴女にはお世話になりましたから」


 「あら、それは素戔嗚様や月詠様に悪うごさいますわ・・・」


 天鈿女はチラチラと素戔嗚達を見ながらも、嬉々として椅子に腰掛けた。

 それに恨めしそうな表情を浮かべた男神達は、諦めて渋々と清宏の前に正座をした。


 「ねえメジェド様、何で俺が怒ってるか解りますか?」


 「チ、調子ニ乗ッテ騒イダカラカ?」


 「違いますよ?事前連絡が来る直前って事に怒ってんですよ?『イマイクヨ』『イマクルヨ』って何だコラ?この前、忙しいからしばらくは勘弁って念を押して言ったのに何で来んの?馬鹿なの?そもそもポケベルなんか渡されても一方通行じゃん?こっちの都合そっちのけじゃん?そこんとこどう思ってんのかもちろん聞かせてくれますよね?」


 正座をさせられ清宏に睨まれたままのメジェドは、滝の様な汗を流しながら隣に居る男神達に目配せをして頷くと、何処から取り出したのか薄い長方形の板を取り出し、恭しく清宏に差し出した。


 「コ、コレヲオ納メクダサイ・・・」


 「まーた袖の下かよ・・・ってスマホ!?」


 受け取った板を見て清宏は目を丸くし、メジェドは何度も首を縦に振る。

 

 「ソレナラ行キ違イガ無クナル」


 「そんな事言って、どうせまた直前なんでしょ?てか、この見覚えのあるリンゴのマークって」


 「違ウ、ソノ絵ハ禁断ノ果実ダ。決シテApple社ノ製品デハナイカラ安心シロ」


 「名前は?」


 「アイオーン」


 「・・・かなりアウトじゃね?てか、色々と混ざりすぎでは?

 はぁ・・・まあ、貰うもん貰ったし今回は大目に見ますけど、俺達は今冗談抜きで今忙しいんすよ?あんまし構えませんけど良いですか?」


 「ウム!今回ハ其ガ本当ニ我等ト同ジ世界カラ来タカヲ調ベルダケダカラナ!!」


 「なら良いですけどね・・・てか、なんなんですかアレは?液晶モニターとプレステとか持って来ないで下さいよ・・・てか電気どうしてんだ?」


 清宏が先程までリリス達が居た場所を振り返ると、そこには50型程のモニターとゲーム機が設置されている。

 尋ねらろたメジェドと男神達は焦った様にソワソワとしだし、コソコソと話し始めた。


 (どう説明するべきか・・・)


 (我ハ注意シタハズダガ?)


 (あ、天照様が駄々をこねるから仕方なく・・・)


 (ならば、全て姉上の責任と言う事で良いのではないですか?)


 「・・・丸聞こえだよ?」


 『おのれ人間!妾を湖に叩き落すとは何たる無礼!何たる不遜!ただで済むと思うなよおぉぉぉぉっ!?これ、貴様もさっさと目を覚さんか!何故妾が貴様を抱えて走らねばならんのじゃ!?』


 メジェドと男神達が結論を出し清宏に向き直ると、広間の扉が勢いよく開け放たれ、気絶しているリリスを脇に抱えたずぶ濡れの美女が肩で息をしながらズカズカと入って来た。

 美女は衣服が乱れてあられもない姿をしているが、その表情は怒りに燃え、まるで鬼女のようにも見える。

 だが、そんな怒れる美女を見ても清宏は全く動じず、鼻で笑った。


 「ジャカマシーン!」


 「なっ・・・!桜井・・・テスタロッサじゃと!?そうか、貴様が清宏とか言う奴じゃな!?」


 「ほう・・・それを知っているとは、お前はニコ厨だな?そう言うお前は天照大神とみた!!」


 「いかにもじゃ・・・崇めよ!讃えよ!妾こそが天照大神である!!」


 「それは無双の袁紹のセリフだな?ゲーマーって情報は正しかったって事か・・・」


 「どうじゃ、恐れ入ったか!貴様はそんな妾を湖に叩き落したのじゃ!!貴様、よくもあんな真似をしてくれたな・・・ただでは済まさんぞ!!」


 天照は怒りに燃え、ずぶ濡れだった衣服が瞬時に乾き清宏にゆっくりと歩み寄る。

 だが、激怒する天照が近付くにつれ、清宏は顔をしかめて鼻を摘んだ。


 「お前くっせーな・・・梅雨時期のタンスの臭いがするぞ・・・引き篭もってゲームばっかやってっからカビでも生えてんじゃね?」


 「ぬああああああっ!言うに事欠いてカビ臭いとは何じゃ!?貴様、本当に不届きな奴じゃな!!」

 

 「よくぞ言ってくださいました!身の回りの世話をする私の苦労を解ってくださいますか!?」


 「な、何と!天鈿女よ、其方まで妾をそんな風に・・・」


 「まあ、姉上が臭いのは今に始まった話ではないからな・・・」


 「ええ」


 天鈿女の発言に素戔嗚と月読が頷き、ショックを受けた天照は残った二人を涙目で見つめる。


 「素戔嗚と月読まで・・・まさか、大国主とメジェドは違うよな!?」


 「・・・コ、コメントは控えさせていただきます」


 「ノーコメント」


 「そんなん認めとるようなもんではないか!?

 うわーん!妾もう帰ってデドバイでサバイバー狩りまくるぅぅぅぅっ!!」


 天照は滂沱の涙を流し、まるで駄々をこねるように床の上で泣き噦る。

 それを見て満足した清宏が振り返ると、素戔嗚達はビクッと身体を強張らせた。

 



 

 

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