第270話 例のプール
その後、由良との話に花を咲かせたペイン達は、昼前には都を発って信濃を送り、そのまま帰路に着いた。
由良は別れ際残念そうにしていたが、また時間を作って会いに来ると約束をすると嬉しそうに微笑んでいた。
女王である彼女にとって、身近な存在と言えば皆自身よりも歳上である配下ばかりであるため、気を遣う事なく接する事が出来るアンネやアリーの存在は貴重であり、何より欲してやまない存在なのだろう。
東櫻を発ってから全力で飛び続けたペイン達は陽が沈む頃にはリリス城へと帰り着き、実家の安心感に安堵するかのように一息つき、中に入った。
「ただいま戻りました」
「ん!」
「め、飯はまだであるか・・・」
三人は中に入ると広間にいる面々に挨拶し、飛び疲れたペインはその場にへたりこんだ。
集まっている人数が少ないところを見ると、多くは風呂に入っているのかもしれない。
そんな中、まず最初に三人の元に駆け寄って来たのはリリスだった。
リリスは笑顔で三人を迎え、飛び付いて来たアリーの頭を撫でた。
「皆ご苦労じゃったな!無事に帰って来てくれて嬉しいぞ!!」
「遅くなってしまい申し訳ありません・・・」
アンネが頭を下げると、リリスは笑顔で首を振った。
「何、気にする事は無いのじゃ!」
「あ、主よ・・・我輩、何か食い物が欲しいのである・・・」
「うむ!夕飯まではまだ掛かるようじゃし、取り敢えず何か持ってこさせよう!アルトリウスよ、何んでも良いから持って来てやってくれると助かるのじゃ!!」
「かしこまりました」
ペインはアルトリウスが持って来た生肉の塊を受け取り、そのまま物凄い勢いで頬張りあっという間にたいらげる・・・最近は味付けに五月蝿くなっていたペインも、流石に空腹には勝てなかったようだ。
小腹が満たされたペインは周囲を見渡して首を傾げ、リリスに向き直る。
「普段ならば出迎えるはずの清宏の姿が見えんのであるが・・・」
「夕飯の準備中なのではないでしょうか?」
二人の言葉を聞き、リリスとアルトリウスが困った表情を浮かべ、工房の方を見る。
すると、ペインとアンネは信濃の言葉を思い出してため息をついた。
「まーた仕事を抱え込んだのであるか・・・」
「信濃様の予想が当たってしまいましたね。
それで、清宏様は何をされていらっしゃるのですか?」
アンネに問われたリリスは腕を組んで首を振ると、離れた場所で物憂げな表情を浮かべてため息をついているリリを見た。
「妾にも何が何やらさっぱりなんじゃよ・・・。
何か知っていそうなリリはあの通り心ここにあらずと言った感じでな、理由を聞いても『私は止めた・・・私は悪くない・・・』としか言ってくれんもんじゃから、妾もアルトリウスも清宏が何をしとるのか把握しとらんのじゃ・・・」
「水晶盤では確認出来ないのですか?」
「この城は今ではもう清宏の支配下にあるからのう・・・一度試してはみたのじゃが、妨害されているのか映らなかったんじゃよ」
「そうですか・・・」
リリス達が揃ってため息をつくと、それと同時に工房の襖が『スパン!』と軽快な音を立てて開き、中から清宏が出てきた。
その音に驚いたリリス達は一瞬身体を強張らせ、ゆっくりと振り向き目を疑った・・・出て来た清宏は、やつれた表情で全身埃まみれだったのだ。
フラフラと工房から出て来た清宏は、ペインとアンネに気付きゆっくりと手を上げる。
「おかえりー・・・出迎え出来なくて悪かったな・・・」
「そ、それは構いませんが・・・何をされてらっしゃったのですか?」
「そうじゃぞ清宏!籠るのは構わんが、何をやっとるかくらい言わんか!!」
清宏は駆け寄って来たアンネとリリスに苦笑し、ヒロポンを取り出して一気に飲み干す。
「何やってたかについては後のお楽しみってやつだな・・・で、そっちはどうだった?」
少しばかり回復した清宏に尋ねられ、アンネは背筋を伸ばして報告した。
清宏は終始黙って報告を受け、満足気に頷いた。
「三人共良くやってくれた。やっぱりお前達に頼んで正解だった」
「やっぱりとはどう言う意味であるか?」
訳がわからんと言いたげなペインに対し、清宏は笑いながら腕を組んだ。
「正直、俺は優しい性格のアンネとお人好しのお前なら、何か面白い事をやらかしてくれるだろうと期待してたんだよ。
結果として、お前達はアガデールの民達が虐げられているのを見過ごせずにかき回してくれた・・・これで時間に余裕が出来た」
「確かに時間は稼げたとは思いますが、清宏様は何かお考えがあったのですか?」
アンネに尋ねられ、清宏は頷いて二人を見る。
「俺は、この国との和睦までの時間が稼げた事が一番大きいと考えているんだ。
ペイン、先日オライオン陛下にアガデールの事を話した時、あの人は会談の日時の変更なんかについては何も言ってなかったよな?」
「確かに何も言って無かったのであるが・・・それがどうかしたのであるか?」
「あぁ・・・それは、陛下としても早く何かしらの結果を出したいって考えているからだと思う。
正直、会談が行われる前にアガデールが攻めて来た場合、この国は軍を動かさなければならなくなるだろ?だが、俺達との話がまとまれば、お前やアルトリウスって言う大きな戦力を大した苦労もせずに得られる・・・まあ、国民を説得するって大仕事が残ってはいるが、少なくとも人的にも経済的にも負担が減らせるんだよ」
「それで、何故貴様が喜ぶのであるか?損しかしていないではないか・・・」
「それは違うと思うぞ?だってさ、話もまとまってないのに俺達が大々的に介入する訳にはいかないし、何より、もし手を貸したとしても国民にどういう印象を持って貰えるかってのが問題だ・・・力を貸してくれるのはその時だけかもしれない、ただの気紛れかもしれない・・・一度そう思われた場合、後から和睦したと言っても信じて貰えるかが不安だろ?だが、先に和睦を成立させ、その上で俺達が約束を守ってこの国の為に戦えば、少なからず信用してくれる奴が出てくるかもしれない。
まあ、これに関しては正直どっちもどっちではあるんだが、やるならせめて良い印象を持って貰いたいだろ?だから、俺は時間を稼いで貰えて助かったんだよ」
「そうであるか・・・ならば、我輩は怒られる心配は無いのであるな?」
清宏は説明を終えると、恐る恐る尋ねてきたペインに近寄って肩を軽く叩く。
ペインはそれに一瞬顔を引きつらせたが、清宏が嬉しそうに笑っているのを見て安堵し、力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「そりゃあもう!魔召石を食ったらどうなるのかってのも解ったし、今回に関しては色々と得るものも多かったから、三人には特別報酬をやっても良いくらいだ!なあリリス?」
「うむ!妾も異論はないのじゃ!良くやってくれたな三人共、何か希望があれば遠慮なく何でも言うのじゃ!」
「い、今はまだ考えておくのである・・・」
「では、出来る事なら私は先日の続きを・・・」
「ん!」
三人はそれぞれ特別報酬に胸躍らせ、嬉しそうに笑った。
話がひと段落し、風呂に入っていた者達も集まって三人を笑顔で迎えていると、アルトリウスがふと何かを思い出して清宏を見た。
「そう言えば清宏様、今まで何をなさっておられたのですか?」
「そうじゃ!さっさと話さんか!!」
リリスもアルトリウスの言葉にハッと気付き、凄い剣幕で清宏に食って掛かる。
清宏は何やら意味深な笑みを浮かべると、広間の壁に新たな扉を造った。
「俺が約二日も掛けて造っていたのはこれだ!」
皆が集まるのを待った清宏は、両開きの扉を勢いよく開いて中を見せた。
「な、何じゃこりゃあ!?」
「おいおい、一体全体何なんだよマジで・・・また風呂を増やしたのか?」
リリスが叫び、グレンが呆れた表情で振り返ると、清宏は笑いながら首を振った。
「これは福利厚生の一環だよ」
「フクリコウセイ?何ですの一体・・・それに、これは・・・」
聞き慣れない言葉にルミネが反応し尋ねると、清宏は胸を張って笑った。
「福利厚生ってのは、企業とかが従業員に対して提供する給料以外の報酬やサービスの事だな・・・一応、この間お前やシスに相談した健康保険も福利厚生の一部だ。
うちは外と違って娯楽少ないし、これがあれば暇な時間に気軽に身体動かせるだろ?」
「福利厚生については解りました。非常に素晴らしいお考えだと思います・・・ですが、これは何なんですの?」
「良くぞ聞いてくれた・・・これは名付けて『例のプール』だ!!」
リリスが得意気な表情で答えた清宏の腕を引っ張り、首を傾げる。
「清宏よ、レス・クレイプールとは何じゃ?」
「違う!『例のプール』だ!それだとプライマスの変態ベーシストになるだろ!?
良いか?このプールはな、あっちの世界で俺達健全な男達に夢と希望を与え、そして胸と股間を踊らせてくれた聖地!いや、性地と言っても過言では無い素晴らしい場所なんだ!!」
「うわぁ・・・福利厚生が聞いて呆れる不純な動機じゃな・・・」
「お黙り!これはな、皆んなが楽しめるようにとオリジナルよりも広くし、足腰の弱くなっちまったフォルバン爺さんのリハビリスペースまで完備した改良版なんだよ!どこに不純な動機があるってんだ!?ちなみに!そこで侮蔑の目で見てくるルミネにも朗報だ!水泳はダイエットにも効果的だから、最近運動不足気味のお前にももってこいだ!!」
テンションが上がっている清宏に捲し立てられ、皆若干引き気味に頷く。
正直、デザインこそ例のプールではあるのだが、フォルバン用のリハビリスペースだけではなく、リリス達の為にお子様用の浅く小さいプールまで用意されている。
メインのプールも泳ぎが不得意な者の事も考慮し、レーンごとに深さを変えて造ってあるところを見ても、清宏が皆の事を思って造った事は疑いようは無いのだが、その心遣いが理解されたのは数日経ってからの事だった。
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