第269話 人と魔族の恋バナ
「では、御用件をお伺いいたします」
「では、私が・・・まずはこちらを」
アンネはアイテムボックスを開くと、中から一通の封筒を取り出し由良に手渡した。
手紙を受け取った由良は、封蝋を確認して見開くと、アンネを視線をアンネに戻した。
「まさかこれは・・・オライオン陛下からの」
「はい、先日清宏様が謁見された際、陛下からお預かりした物にございます」
「こんなにも早くいただけるとは思ってもおりませんでした・・・検めさせていただいても構いませんか?」
「はい」
アンネに確認した由良は丁寧に封蝋を剥がすと、中に入っていた親書に目を通して微笑んだ。
由良の背後に控えていた朧は、内容が気になるのかソワソワとして落ち着きが無い。
「清宏殿には感謝してもしきりませんね・・」
「由良様、オライオン陛下は何と・・・」
「同盟を前向きに検討してくださるそうです。
大臣の方々との話がまとまってからにはなるそうですが、決まり次第すぐにでも使者を遣わすとのことです」
「それはようございましたな。
オライオン陛下は英雄王として、民にも広く知られておられます・・・仮にアガデールがこちらに攻めて来る様な事になろうとも、オライオン陛下の後ろ盾を得られたとなれば、民の不安も和らぎましょう。
それに、あちらには近衛騎士団長のサンダラー殿、知将と名高きセンチュリオン将軍も居られます・・・彼等に睨まれては、いかなアガデールと言え軽はずみな行動は取れますまい」
由良の言葉を聞いた長門は淡々と答えたが、その表情には安堵と喜びの色が滲み出ている。隣に立っていた朧も安堵して肩の力が抜けたようだ。
だが、そんな彼等の希望を砕くかの様にペインはが大きなため息をついた。
「貴様等、安心するのはまだ早いのであるぞ?
我輩達は昨日アガデールを偵察して来たのであるが、奴等は着実に戦の準備を進めているように見えたのである・・・なあ、アンネよ」
「はい・・・いくつかの村や町で、騎士達が無理矢理食糧の徴収をしているのを確認いたしました。
どちらに攻めるかまでは分かりませんが、近いうちに何かしら大きな動きを見せるかもしれません」
「左様でございますか・・・我々も、今のうちに来たるべき時に向けて支度をせねばならないかもしれませんね・・・」
由良が不安と悲しみの表情で俯くと、見かねたペインが苦笑してわざとらしく笑った。
「まあ念の為ではあるのだが、我輩達は奴等の邪魔をしてこちらに来たのである・・・それが上手くいっておれば、しばらくは奴等も戦どころではないであろう!自国内に竜族が現れ暴れたとあっては、普通の感性を持つ者ならば気が気ではないであろうからな!」
「あれは良い仕事でございました。清宏様ならば、きっと笑って許してくださると思います」
「そうであろう!?相手をおちょくるのが大好きな清宏ならば、きっと気にいるのである!うん、きっと、たぶんそうに違いないのである!!」
ペインは不安を打ち消すかの様に胸を張って笑っているが、やはりまだ心配なのか若干泣きそうになっている。
それを見た由良はペインの心中を察したのか、自身のアイテムボックスから紙と筆を取り出し、清宏宛てに手紙を書いてアンネに渡した。
「私からもペイン殿をお叱りにならぬように清宏殿にお願いいたしましょう・・・ペイン殿のされた事は、この国にとっても非常に有難い事でございます。それでペイン殿が罰を受けたとあっては、私共も心苦しくなってしまいますもの・・・」
「おおっ!?有難いのである!女王の頼みとあっては、いかな清宏であろうとも強くは出られないであろう!まさに百人力であるな!!」
「それはどうやろな・・・あの男やったら、いくら由良の頼みやったとしても気に入らんけりゃ怒るんとちゃうか?」
「・・・ありそうなのである!!貴様、何故水を差すような事を言うのであるか!?せっかく不安が解消されたと思ったというのに台無しである!!」
折角上がったテンションが急降下し、ペインは椅子に座ったまま膝を抱えていじけ出してしまった。
由良は浮き沈みの激しいペインを見て苦笑し、アンネに向き直った。
「貴方方を見ていると、本当に不思議な気分になってしまいます・・・」
「そうなのですか?」
「それはもう!先日清宏殿にお会いするまでは、私は魔族や竜族は少なからず人族に害を為す者と認識しておりました・・・ですが、あの時一緒に来られていたアルトリウス殿ともお話をさせていただき、今はアンネ殿やペイン殿ともこうして同じ時を過ごさせていただいております。
先代の葬儀、そして私の即位式の時に信濃殿ともお会いした事がありましたが、忙しさもあり直接お話をする事は叶わず、魔族の方々も私達人族と同じく喜怒哀楽に富んでいる事など知る由もありませんでした・・・。
私は、あの時の清宏殿の言葉を今まさに実感しております・・・『魔族も人族も切っ掛け一つで変わる事が出来る』・・・本当に良い言葉だと思います」
由良は柔らかく微笑むと、アンネの膝の上でお菓子を食べていたアリーの口元に付いていた菓子クズを布巾で拭い、頭を撫でた。
アリーは咄嗟のことに少し驚いた表情を見せたが、由良の優しい笑顔を見て満面の笑みを見せた。
「魔族の子も人の子も、こうして笑う姿は変わらないのですね・・・本当に良い経験が出来ました」
「この子は特にそうなのかもしれません・・・アルラウネは薬の原料として狙われる事が多く子供は特に警戒心が強いのですが、この子は周りの人達に恵まれたおかげかもしれません」
「ふふっ、そのようですね・・・アンネ殿が甲斐甲斐しくアリー殿を見ておられる姿は、本当の母娘を見ている様で微笑ましく思います」
由良の言葉にアンネは耳まで真っ赤にして俯いたが、嬉しそうに小さく笑いアリーの頭を撫でて由良に向き直った。
「誠に僭越ながら、陛下に一つお聞きしても宜しいでしょうか・・・」
「構いませんよ。それと、陛下などと堅苦しい呼び方はおやめ下さい・・・見たところアンネ殿は私とお歳も近いようですし、由良と呼んでいただけたら嬉しく思いますわ」
アンネは由良の申し出に驚いた表情を見せたが、その好意に嬉しくなり笑顔で頭を下げた。
由良自身もアンネが吸血鬼であり、見た目の年齢で計れない事は重々承知の上ではあったが、互いの距離を少しでも縮めようと考えての彼女なりの気遣いなのだ。
「私にお答え出来る事であれば何なりと」
「ありがとうございます。では由良様と呼ばせていただきます。
この様な事をお聞きするのは失礼かとは思うのですが、由良様はご結婚はされてらっしゃるのでしょうか・・・」
「ふふっ・・・これはまた答えにくい質問が来てしまいましたね」
「も、申し訳ありません!アリーや子供の事を話される時、とても優しい表情をされていらしたので気になってしまって・・・」
苦笑した由良を見てアンネが慌てて謝罪すると、由良は優しく微笑み、軽くアンネの肩に手を添えた。
「そう謝らないでください、私は気にしておりませんから。
そうですね・・・今はお相手探しの真っ最中と言ったところでしょうか?
子とは次代を担う宝でございます・・・私も一人の女として子を産み、やがてはこの国を多くの人々と共に盛り上げて行ってくれるような、そんな子に育てたいとも思ってはいるのですが、子は一人では授かる事は出来ません・・・。
私には女王としての立場もありますし、そうなるとお相手探しも難航してしまいまして・・・」
「そうでございますか・・・。
あの・・・由良様は好きになった方と結ばれたいとはお考えにならないのですか?」
「恋愛ですか・・・それが素敵な事だとは私自身も理解しておりますし、出来る事ならばと思う気持ちも無いとは言えませんが、この国を治める立場である私にとっては叶わぬ夢と思っています。
あっ!言っておきますが、それが嫌であるとか自分が不幸であるなどと思った事は今までに一度たりともありませんよ?私は、この国の未来を見据え、何よりこの国とそこで暮らす人々を愛し、共に歩んでいただける方ならば、見た目や年齢を問うつもりはありません・・・それが私にとってもこの国にとっても最も幸せな選択だと思っています」
そう言った由良は嘘も偽りも無いと言うかの様に胸を張り、アンネに向かって笑顔で茶目っ気たっぷりのウインクをして見せた。
それを見たアンネは軽く噴き出し、目の前の女性に種族を超えた親近感を感じて心の底から微笑んだ。
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