第234話 若き女王

 兵士が報告に向かってしばらく待っていると、大門の先に見える大通りから馬車が走って来た。

 気絶している八雲の治療を終えた清宏は、近くに居た兵士にポーションを渡し、目が覚めたら飲ませるよう頼んで馬車に乗った。

 御所へと向かう馬車の窓には簾が掛かっており、清宏は隙間から外の様子を伺ったが、八雲が迅速に指示を出した事が幸いしたのか、民衆は物珍しく見ているだけで騒いでいる様子は無かった。

 大通りを抜けて御所の敷地内へと入ると、清宏達は降ろされ官吏の案内に従って広間へと通される。

 広間には既に家臣と思われる多くの文武官が集まっており、現れた清宏達を好奇や敵愾心の入り混じった目を向けられる中、ただひたすら由良と呼ばれたこの国の主を待つ事になった。

 暇を持て余した清宏は、隣に居るアルトリウスを肘で小突くと、小さな声で話しかけた。


 「アルトリウス、ここに居る連中で一番強い奴は誰だ?」


 「こちらから見て上座の右側に座っている男と、その後ろに控えている女・・・見たところ、この2人はかなりの手練れでしょうな」


 「あの女とさっきの八雲って奴はどっちが上かな?」


 「八雲という男はローエン殿より上、あの女はオーリック殿には劣ると言ったところでしょうか」


 「へえ、じゃああの男はオーリック以上でサンダラーと同等くらいって事か・・・厄介だな」


 「サンダラーと言う者とは会った事がございませんが、どの様な御仁なのですか?」


 「オライオン王の片腕で、あのオーリックが二度とやり合いたくないって言うくらい剣の腕が立つ男だそうだ・・・しかも、ペインがヴェスタルの剣の代わりに別の魔剣を与えたらしいから、さらに面倒な事になってるだろうな。

 正直、一見飄々としているが、元々裏稼業をやってただけあって得体の知れない不気味さがある男だな・・・オライオン王への忠誠心は紛れもない本物だが、何かあれば指示に反する事でも平気でしちまいそうな奴って印象だ」


 「会談の際は、その男には警戒する必要がありそうですな・・・」


 2人が小声で話をしていると、前に座っていた信濃が苦笑しながら振り返った。


 「自分等、ほんまに緊張感無いなあ・・・もうすぐ来るで?」


 「んあ?何で分かんだよ?」


 「複数の足音が聞こえるんや・・・鞍馬に順風耳を譲ったかて、ウチの耳の良さは健在やからな。

 ほれ、そうこうしとる間に来おったで・・・あれがこの国を治めとる由良や」


 信濃が正面に向き直り、清宏とアルトリウスも居住まいを正した。

 家臣達は正座のまま頭を下げており、由良の許しがあるまで静かに待ち続ける。


 「皆面を上げなさい・・・。

 信濃殿、長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした・・・そちらのお2人もさぞ待ちくたびれてしまわれたでしょう?」


 由良は家臣達に指示を出すと、和かな笑顔で信濃と清宏達を見た。

 言葉を聞いた信濃は緊張した面持ちで頷いたが、清宏とアルトリウスは唖然としていた・・・上座で微笑んでいるこの国の主は、まだ15〜16歳程のアンネにも見劣りしない美しい少女だったのだ。

 背後に居る清宏達の事を知ってか知らずか、信濃は深呼吸をして由良に笑い掛ける。


 「自分の即位式の時に会ったんが最後やから、かれこれ4年振りくらいか・・・ほんま大きゅうなったなぁ?それに、えらい美人さんになってもうて一瞬分からんかったわ。

 今日は急に来て無理言ってもうて堪忍な・・・どうしても報せておかなあかん事があったんや。

 まずはウチの後ろに居る連中の紹介をさせて貰ても構わんやろか?」


 「ふふふっ・・・信濃殿は相変わらず口が達者なの様で安心しました。

 そうですね、そちらの方々を紹介していただけたら助かります」


 先程の八雲の攻撃的な態度とは違い、由良は威厳と優しさに満ちた表情で清宏達を見る。

 まだ少女でありながら、国を治める重圧を感じさせない不思議な雰囲気を纏っている。

 信濃は清宏達を振り返ると、隣に来るように目配せをした。


 「この2人はブリタニスに城を構えとる魔王リリスの配下で、副官の清宏とリリスの護衛を任されとるアルトリウスや・・・自分等は、アルトリウスの事は探求者って言うた方が分かりやすいんかな?」


 「た、探求者・・・!?報告は間違いでは無かったのか・・・」


 アルトリウスの名を聞いた家臣達が騒めき出し、由良が一瞥してそれを収める。

 清宏が笑いを堪えながらアルトリウスを見ると、若干恥ずかしそうに俯いた。

 家臣達が静まり、由良は改めて清宏とアルトリウスを見て微笑む。


 「お2人共、ブリタニスから遠路遥々ようこそおいで下さいました・・・先程の家臣の無礼、平にご容赦願います。

 わたくしは由良・・・まだ若輩ではありますが、皆の支えもありこうして国主を務めさせていただいております」


 「由良様におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極にございます・・・先刻、魔王信濃様よりご紹介賜りましたが、私の名は清宏、魔王リリスの副官を務めさせていただいております。

 私の隣に居りますのはアルトリウス、普段は魔王リリスの護衛を任せております。

 今回は急な来訪となりご迷惑をお掛けしましたが、由良様の寛大な御配慮に感謝の念にたえません・・・お忙しい中、申し訳なくもお時間をいただく事をお許しください」


 清宏とアルトリウスが深々と頭を下げると、由良は元より家臣達も皆驚きの表情を浮かべた。

 特にアルトリウスは悪名が轟いているため、人間に対してここまで礼儀を通すとは思いもよらなかったのだろう・・・当然、信濃も驚いてアルトリウスを見ているのは言うまでもない。

 しばらく驚愕していた由良は、清宏の視線に気付いて恥ずかしそうに顔を赤らめ、気を取り直して微笑んだ。


 「申し訳ありません・・・まさか、魔族に与する方々にこの様な挨拶をしていただくとは思いもしなかったもので、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


 「いえ、心中お察し致します・・・。

 私は、礼を尽くす者にはこちらも礼儀を通すのが筋であると考えておりますので、どうかお気になさらないでください・・・それに、アルトリウスの名をご存知であるならば、驚かれるのも当然の事でございましょう。

 この者は、魔王リリスに召喚された事で多くの経験を得られる好機に恵まれました・・・それは私も同じでございます。

 人間であれ魔族であれ、切っ掛け一つで変われるものなのです・・・」


 「そのようですね・・・わたくしも学ぶ事が出来て嬉しく思います。

 一つだけお聞きしたいのですが、見たところ清宏殿はわたくし達と同じく人間であられるご様子ですが、何故魔王リリス殿の副官を務めておられるのでしょうか?」


 微笑みを崩さない由良に尋ねられ、清宏は苦笑した。


 「魔王リリスは、数ヶ月前まで配下も持たずに孤独に過ごしておりました・・・。

 500年前、彼女は勇者に父親を殺され、その後も自身の命が危機に瀕して尚、人間の命を奪う事を忌避しておりました・・・ですが、自身の力だけでは先が見えぬ状況となってしまったため、父親に救われた命を無駄にせぬ為にと召喚を行い、偶然にも私が呼ばれたのです。

 数百年を生きた魔王とは言え、リリスはまだ見た目も中身も幼い子供・・・ですが、私は彼女の心に触れ、その考えに嘘偽りが無い事を理解したため、彼女の力になるべく副官となる決心をしたのです。

 魔王リリスも、今では私を始めアルトリウスや他の仲間にも恵まれ、見た目の年齢相応に騒がしくも楽しそうにしておりますので、私も安心しております」


 清宏の目をジッと見つめていた由良は、話を聞き終えて小さく頷いた。


 「清宏殿のお話に嘘偽りが無いようで安心いたしました・・・」


 「?」


 由良の言葉に清宏とアルトリウスが首を傾げると、信濃が苦笑しながら振り向いた。


 「由良はな、他人の言っとる事が嘘か真実かが正確に解るんや・・・」


 「ちょっ・・・そんな大事な事は先に言っといてくんない!?」


 「すまん、緊張のあまり忘れとったわ・・・」


 「忘れてたってお前・・・お前、マジで無いわー・・・」


 「せやから謝っとるやろ・・・そんなドン引きせんでも良えやん?」


 信濃と清宏がコソコソと言い争っていると、それを見ていた由良が愉快そうに小さく笑う。


 「人にあまり良い印象を持っていなかった信濃殿が、こんなにも楽しそうにしているのを見られるとは思っておりませんでした・・・これは、今日訪ねて来られた理由にも関わりがあるのでしょうか?」


 由良に尋ねられ、清宏と信濃は見つめ合って同時にため息をついく。


 「自分相手には隠すんも嘘をつくんも無理やし、正直に話さなあかんな・・・」


 「おい、お前のせいで予定組み直しだぞ・・・この貸しは高くつくからな?」


 「せやからゴメンて・・・」


 睨まれた信濃が小さくなると、清宏は由良の目を見て唾を飲み込んだ。

 

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