第235話 ずっと清宏のターン!

 目を閉じて深呼吸をした清宏は、素早く考えを纏めて由良を見る。

 相変わらず笑みを崩さない由良の反応を伺うため、まず清宏は、この国に住んでいる者ならば誰もが食い付く話題から始める事にした。


 「お伝えしたい事がいくつかあるのですが、まずは昔この国に甚大な被害をもたらした骸骨の魔物についてお話ししたいと思います」


 清宏の言葉を聞き、家臣達が騒めき立つ。

 上座の右側に座っていた手練れと思われる男も、先程までは目を閉じていたが、話の内容を聞き、流石に目を開いて清宏に注目している。

 由良は一瞬表情が強張ったが、清宏を見つめたまま首を傾げた。


 「あの魔物がどうなさったのですか?」


 「はい、先日までは信濃様が監視をされていたのですが、今は我々の元に居ります」


 「それは、召喚されたと言う事でよろしいのでしょうか・・・」


 「その通りでございます・・・。

 召喚を行う際、対象を選ぶ事が出来ないのが仇となった形になってしまいました」


 「ブリタニスは無事なのですか?わたくしも話で聞いただけではありますが、あの魔物の危険性は理解しているつもりです・・・」


 由良は気遣う様に目を伏せ、震えた声で尋ねた。

 それを見た清宏は、苦笑しながら首を振る。


 「ご心配には及びません・・・召喚してからこれまで、あの魔物はただ大人しく部屋に引き篭っておりますよ。

 我々も信濃様から話を聞くまで、あの魔物が危険である事を知らなかったため、大人しくしている今の内にこれからの対策を練らねばと思っていたところでございます」


 「そうでしたか・・・現状では被害が出ていないようで安心いたしました。

 清宏殿、まだ色々と思考を巡らせている最中とは思いますが、よろしければどの様に対処するかをお聞かせいただけませんか?」


 清宏は由良から尋ねられ、次の話題へ切り替える好機と見て小さく笑った。


 「現状、我々はあの魔物について余りにも情報が少ない事が一番の課題でございます・・・したがって、我々はあの魔物について最も詳しいお方、信濃様に協力を仰ぎました。

 これが今回お伝えしたい事の2つ目になりますが、魔王リリスと信濃様は同盟を結んだため、今後どちらかが危機的状況に陥った場合、我々は互いに戦力や物資などの支援を行う事となります」


 「それは、わたくし達が信濃殿達を攻めた場合、魔王リリス殿も敵に回す・・・と言う事でよろしいでしょうか?」


 微笑んでいた由良はチラリとアルトリウスを見ると、不安気な表情で清宏に確認した。

 家臣達は由良以上に恐怖に引きつった表情で唾を飲み込み、清宏の言葉を待っている。

 清宏は敢えてすぐには答えず、皆の緊張を高めてから頷いた。


 「仰る通りでございます・・・。

 今回、私がアルトリウスを連れて訪れたのは、そちらに我々の戦力の一部を見せるのが目的でございます」


 「戦力の一部と言う事は、アルトリウス殿と同等かそれ以上の方々がまだ他にも居られると?」


 「はい、我々は数こそ多くはございませんが、戦力としてはアルトリウス配下の吸血鬼が1人、サキュバス22人、狼人1人、グリフォン1体、氷狼1体、シーサーペント1体・・・そして、魔王ガングートと同等と言われている、竜種の最上位である覇竜が1体でございます」


 話を聞いて一瞬広間が静まり返ったが、1人の武官が床を殴って清宏を睨んだ。


 「馬鹿な事を申すな!1人の魔王にそれ程の戦力が偏る訳が無かろう!貴様、こちらが知らぬと思って謀るつもりではなかろうな!?」


 その武官の発言を皮切りに、他の家臣達も清宏に対して一斉に怒鳴りだした・・・だが、清宏はそれら全てを無視して由良を見た。


 「信じる信じないはそちらの自由・・・由良様ならば、私が嘘をついているかどうか解るのでは?」


 「はい・・・清宏殿は嘘をついてはおりません」


 由良が沈痛な面持ちで頷き答えると、家臣達はその場に力なく座り込む。

 すると、これまで黙っていた信濃が遠慮がちに手を上げた。


 「あのな、自分等思い違いをしとるようやから言うとくけど、リリスんとこで一番ヤバイんはこの男やで・・・なんせ、アルトリウスも覇竜も一発で気絶させるような化け物やからな」


 「バラすな馬鹿!」


 「あいったぁ!?拳骨する必要無いやん!!?」


 清宏の強烈な拳骨を喰らい、信濃は涙目で蹲る。

 視線を感じた清宏は、周囲を見渡して項垂れた。


 「そんな顔せんでも、そちらが信濃達を攻めない限りこちらは不干渉ですから安心して下さいよ。

 由良様、先程も言いましたが魔王リリスは人間との争いを望んではいません・・・ただ、降りかかる火の粉を払うのが私の役目であると言う事はご理解ください」


 「嘘で無い事は理解しております・・・ですが、やはり恐怖を感じてしまう事をお許しください。

 魔王リリス殿と信濃殿の同盟の件、委細承知いたしました・・・今後、わたくし達は理由無く攻める事はしないと誓いましょう」


 「寛大な御配慮に感謝いたします・・・。

 正直、私としましてもこの国を攻めたくはないのですよ・・・美しい自然や街並み、美味しい食材もそうですが、何より私の故郷に似たこの国にはこれからも今のままであって欲しいと願っております」


 「魔王の副官である清宏殿にその様に褒めていただけると嬉しく思います。

 この国の自然もそこで暮らす人々も、全てがわたくしにとっては宝でございます・・・危険に晒す様な真似など出来るはずがございません」


 清宏に国を褒められ、由良は慈愛に満ちた表情で微笑む・・・その表情は、アルトリウスや信濃ですら目を奪われる程に美しく大人びていた。

 釣られて笑っていた清宏は、ポンと手を叩いて由良を見る。


 「それでは、次がお伝えしたい事の最後でございますが、心の準備はよろしいでしょうか?」


 「何だか緊張してしまいますわ・・・」


 「一応、そちらにも利のある話ではあるのでご安心を・・・」


 「わたくし達にもですか・・・それは何でしょうか?」


 由良と家臣達が首を傾げ、清宏は信濃の肩に手を置いた。


 「では、まずお願いがございます・・・信濃に新たな土地を与えて欲しいのです」


 「土地でございますか?」


 「はい、あの魔物を封印していた一帯の全てを彼女達に与えていただきたいのです。

 あの一帯は魔物が出した瘴気の影響で死の大地と化しておりましたが、私の知り合いがそれを浄化をし、豊かな土地へと生まれ変わりました・・・そこをいただきたく思います」

 

 「待たれよ!あの土地は代々我が国の土地、浄化されたのであれば権利は我々に有る!!」


 文官の1人が怒鳴り、他の者達も続いて野次を飛ばす。

 それを聞いた清宏は由良に見られぬ様にニヤリと笑う・・・予想通りとでも思っているのだろう。

 

 「お黙りなさい・・・清宏殿の話を遮るとは何事ですか!」


 「いえ、お構いなく・・・皆様思うところがあるでしょうし、私は何なりとお答えいたします」


 家臣を諫めた由良に笑い掛けた清宏は、先程怒鳴った文官を振り向くと、ニコリと笑った。

 文官は清宏の笑みに薄寒いものを感じたのか、一歩後退る。


 「貴方は先程あの土地は代々我が国の土地と仰いましたが、私はそこに疑問を感じずにはいられません・・・。

 まず、この500年の間そちらはあの土地に何一つ関わりを持っていなかったのでしょう?魔物を封印し、それを管理していたのは魔王信濃ですよね?それなのに権利を主張し、代々我が国の土地と言うのはおこがましいにも程があるのではないですか?

 そもそも、魔王信濃はこの国を滅亡の危機に陥れた魔物を封印し、500年もの長い間この国を影から支え続けていた功労者だ・・・そんな相手に対し、そっちからはこれまで一切の支援も無く、さらには管理してきた土地が浄化されたら渡せと曰う面の皮の厚さには心底呆れ果てる!!それでも渡せと言うならば、これまでに掛かった管理費などを全て支払ってからにしていただきたい!!」


 清宏が捲し立てると、文官は顔を真っ赤にして涙目になったが、言い返せずに舌打ちをして顔を背けて座り直した。

 悔しそうな文官を見た清宏は、信濃を振り向きニヤリと笑う。


 「なあ、魔石はどのくらい使った?」


 「そんなん覚えてへんて・・・まあ、たぶん万は行っとるとは思うな」


 「ふむふむ、なら今の相場で計算して、あとは管理費やら技術料なんかを入れたら・・・そうだな、年間10万枚として、大金貨で計5000万枚くらいは貰っても良いんじゃね?封印して維持出来るのはこの国ではお前だけだったんだし、技術料が高いってのは常識だからな。

 それに、あの土地までくれって言うならそのくらいは貰わないと割りに合わんだろ」


 「ウチ、ここまで見事なボッタクリを見たんは初めてやで・・・正直、震えが止まらんわ」


 「お・・・お待ち下さい清宏殿!いくら何でも流石にその様な莫大な金額を支払えるだけの蓄えはございません!もしご用意出来たとしても、この国は破綻してしまいますわ!!」


 真面目な表情で計算した清宏に信濃が呆れていると、血相を変えた由良が慌てて止めに入った。

 先程の文官は、あまりに莫大な金額を聞いて泡を吹いて気絶している。

 清宏は涙目の由良を振り向いて苦笑すると、申し訳無さそうに頭を下げた。


 「由良様、あの魔物は国を滅亡させられる程の力を持っていました・・・それを封印し、維持するには相当な労力が必要だったはずです。

 信濃はこの500年もの間、配下達の仇を討つ事も叶わず、鞍馬以外の配下を召喚し増やす事も難しい中で今まで耐えて来たのですよ・・・それが何の見返りも無く、更に奪われる事を貴女は許されるのですか?」


 「わ、分かりました・・・土地は信濃殿にお譲りいたしますから、どうか・・・どうかお慈悲を」


 「安心いたしました!やはり由良様はお優しいお方でございます!!」


 「この鬼畜!ウチかてここまで酷いことせえへんで!?てか、他の魔王でも流石にもっと常識があるわ!!」


 「清宏様が楽しそうで何よりでございます」


 涙ながらに縋る由良に対し笑顔を見せている清宏の背中を信濃は全力で殴りつけ、アルトリウスは他人事と思っているのか真顔で頷く。

 家臣達が取り乱している由良を見守る中、清宏は笑みを崩さずに由良の肩を支えて立たせた。


 「では由良様、信濃があの土地を得た場合にそちらが得られる利益についてお話しいたしますので、どうか落ち着いていただけませんか?」


 「はい・・・お願いいたします・・・」


 足元の覚束ない由良がその場にへたり込み、清宏はその目の前で胡座を描いた。


 「私の知り合いの話では、あの土地は向こう1000年は枯れる事は無いと言っていました。

 正直、これだけ聞けば確かに譲るには惜しい土地です・・・ですが、信濃に土地の管理を全て任せる事で、貴女方は人手を割く必要が無くなるんです。

 まず、信濃にはあの土地へ引っ越して貰い、農民を住まわせて田畑を作らせて管理する事で、貴女方は余計な人手を割く事無く1000年間は税を得られます・・・人手を割けばそれだけ経費が嵩みますし、貴女方だけで整地なんかもやるとすれば、費用は結構な額になるでしょう。

 信濃達やそこで暮らす人々は日々の生活が送れるだけの食料があれば構わない訳ですから、収穫した残りは飢饉などのいざと言う時のための蓄えにも出来ますし、国庫が潤えば貴女方は元より、他の土地で暮らす人々もこれからの生活に安心出来るんじゃないでしょうか?」

 

 「目先の利益より、1000年先まで考えろと仰るのですか?」


 「その通りです!由良様は1000年間も自分達だけで管理出来ますか?ですが、信濃達は長命な魔族ですし、協力出来れば無益な争いも無くなり悲しむ人達がそれだけ減るんです」


 由良の瞳に光が戻り始めたのを見た清宏は、小さな声で耳打ちする。


 「これは私事ではありますが、現在我々はブリタニスのオライオン陛下と和睦について協議している最中で、現状では幸運にも良い方へ向かっていると思います・・・オライオン陛下とマレーヤ殿下も我々の考えに賛同してくださり、争い無き世を目指すため共に歩みたいと仰ってくださいました。

 人間も魔族も言葉を使い意思疎通が出来るのならば、私は争いを避けられると信じています・・・本来ならば、これはもっと前に実現出来ていなければならなかった事なのです。

 ですが、我々の祖先達は問題を先延ばしにし、今もまだ争いは無くならない・・・これは、今世界を回している大人である私や由良様に託された仕事ではないでしょうか?

 口で言うのは容易いですし困難な道ではありますが、子供達の代まで残して良い問題では無いでしょう?やはり、子供達には元気に笑顔で育って欲しい・・・それが出来るのは、我々大人だけだと思いませんか?」


 「はい、わたくしも清宏殿の仰る通りだと思います!英雄王と誉高いオライオン陛下も同じ考えを持っていらっしゃるとは感激いたしました!」


 オライオンの名を聞いた由良は花が咲いた様に笑い、清宏は年相応の表情を見せる彼女に優しく微笑んだ。


 「では、最後に私からおまけを付けて差し上げましょう・・・由良様がお望みならば、オライオン陛下へ今後更なる友好関係を結べる様に話をさせていただきます。

 それともう一つ・・・私は魔道具や日用品などの製作を得意としておりまして、今後はブリタニスとオズウェルト商会を通じて魔道具や石鹸などの生産及び販売を目指しております・・・もし友好関係が結べれば、優先して取引する事も可能になると思いますがいかがです?」


 「是非お願いいたします!!」


 由良が両拳を握って鼻息荒く頷き、話が聞こえていなかった家臣達は不安そうな表情を浮かべる。

 耳の良い信濃は清宏達の会話の一部始終を聞いていたため、呆れてため息をついた。


 「何なんやほんまに・・・脅迫まがいの事しつ条件飲ませといて、更に自分とこの売り込みまでするとか有能か!」


 「メジェド殿達がこの状況を見ていたら、確実に『ロキソニン』と連呼していただろう」


 「メジェド様達か・・・鞍馬の奴、ハゲ散らかしてへんか心配なって来たわ」


 絶望から一転希望を持たされた由良と、口先だけで全ての条件を飲ませた清宏は意気投合し、先程までの話など忘れてしまったかの様に他の者達の事を放置し、和やかな雰囲気で話し出してしまった。


 

 

 

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