第228話 飴と鞭
アヌビスが鞭棄の調教をしている間、清宏は信濃と鞍馬、そしてアルトリウスを交え、信濃達の今後について話し合いをしている。
最初はペインも話し合いに参加していたのだが、難しい話について行けず、今はアヌビスが行っている調教をリリスと共に見学しているようだ。
「清宏、ウチ等に協力してくれるんはありがたいんやけど、実際どうやって向こうの人間を説得するつもりなん?」
信濃に尋ねられ、清宏は唸る。
「向こうの人間達の中には、お前等に対して敵愾心を持ってる奴ばかりでは無いんだろ?」
「せやなぁ、上の奴等はウチ等を疎ましく思っとるんが多いみたいやけど、近くの村や町に住んどる連中はまだマシって感じやな・・・」
「何で近くの連中はマシなんだ?普通、近くに魔族が住んでたら不安になるだろ」
「そらまぁ、ウチ等が野良の魔族なんかが暴れた時に対処しとったら自然とな・・・今は持ちつ持たれつの関係が長いこと続いとる」
「そう言う事か・・・なら、上の連中をどうするかだけ考えりゃ良いな」
理由を聞いた清宏はニヤリと笑い、信濃を見た。
「嫌な笑顔やな・・・」
「清宏様、民は放って置かれるのですか?」
信濃が清宏に呆れていると、話を聞いていたアルトリウスが首を傾げて尋ねる。
「俺達と信濃達じゃ状況が違うからな・・・。
まず、俺達の場合は魔王がここに居る事自体が一般の人間にはまだ知られていないだろ?中には何か勘付いている奴も居るかもしれないが、一部の人間しかリリスの存在を知らないのが現状だ。
だが、信濃達の場合、近隣の住民達は魔王の存在を知った上である程度の交流をし、その関係が長く続いている・・・なら、そこは大事にしなきゃならんし、むしろ信濃側に引き込んだ方が良いだろう」
清宏がアルトリウスに説明をすると、信濃が首を傾げた。
「どうやってウチ等側に引き込むんや?正直、ウチ等はそっち程深い関係って訳やないで・・・」
「せやで清宏はん・・・いくら交流がある言うても、殆どが野良の魔族懲らしめた見返りに食い物を分けてもろたりするくらいのもんやで?」
信濃と鞍馬は揃って渋い顔をしている。
それを見た清宏は、紙とペンを取り出した。
「まずはお前等が住民達に何をしてやれるかをまとめよう・・・どんな些細な事でも良い、住民達が魅力を感じるような事があれば何でも構わんぞ」
「魅力的な事ねえ・・・何かあったか?」
「正直、あんま無いと思いますわ・・・それこそ護衛とかしか出来んのちゃいます?」
2人が顔を見合わせて首を捻っていると、清宏はため息をついて苦笑した。
「別に戦うだけが能じゃないだろ・・・。
そう言えば、あの骸骨を封印してた場所ってどうなってんだ?瘴気がどうのって言ってたが、あいつが消えて大丈夫になったのか?」
「いや、あそこはあかんわ・・・人が住める状態になんのに数十年は掛かるはずやな」
「ふむ・・・すまんが、ちょっと待っててくれ」
清宏は信濃達に断り、席を立ってメジェド達の元へ向かう。
「メジェド様、ちょっと頼みがあるんですが良いですか?」
「構ワヌ・・・シテ、頼ミトハ?」
「メジェド様は、瘴気で穢れた土地を浄化する事って出来ますか?」
「我ニハ出来ヌガ、バステトナラバ可能ダ」
「確かに、バステト様なら豊穣を司る神様ですし出来そうですね・・・頼んでも良いですかね?」
「聞イテヤロウ・・・」
メジェドはバステトに近付くと、清宏の話を翻訳して尋ねて戻って来た。
「どうでした?」
「面倒臭イ・・・ト言ワレタ」
「ヤバい、全力で殴りたい・・・」
「ヤメテオケ・・・ソレハ流石ニ庇イキレヌ」
「冗談ですよ・・・では、無駄遣いと天井壊した事を不問にする代わりにお願いしますと伝えてください。あと、信濃達が困っているので、ぶん投げたお詫びとして力を貸してあげて欲しいと付け加えてくれますか?」
「了解」
清宏に頼まれたメジェドは、再度バステトに話し掛けたが、何やら揉めているようだ。
不安になった清宏は、メジェド達の元へ向かう。
「どうしました?」
「今良イトコロダカラ無理・・・ト言ッテイル」
「ああ、調教ですか?別にそれが終わってからで良いですって・・・」
「ナラバ良シ!ダソウダ」
再び訳したメジェドの横で、バステトがサムズアップをしている。
清宏はそれを見て苦笑すると、信濃達の元へ戻った。
「良かったな、バステト様が穢れた土地の浄化をしてくれるってさ」
『は?』
信濃と鞍馬が声を揃えて聞き返す。
「だから、バステト様が浄化してくれるって言ったんだよ・・・」
「ちよい待ち・・・んな事ほんまに出来るんか?あの妙な見た目の奴に?」
「お前、それを直接言うなよ・・・ペインだって勝てねー相手だからな?」
「マジか・・・一体何者なんや彼奴等?」
信濃に尋ねられた清宏はしばらく悩んだが、隠し通すのは無理があると判断し、仕方なくメジェド達と自分の正体を話す事に決めた。
「正直あんま言いたくないんだが、あの方達は異世界の神様だよ・・・ちなみに、俺も異世界人だ。
あの方達は俺が元々住んでた世界の神様達で、白い花瓶を逆さに被った神様がリリスに召喚されて、他の方達はそのお仲間で観光に来たんだよ」
「神って・・・いや、神ってほんまか・・・てか異世界とか何やねんほんま、情報が多過ぎて頭おかしくなりそうやわ」
「観光に来る神様て何なんや・・・」
「お前等の言いたい事は俺も理解出来るが、あの方達は俺等の理解の範疇を超えた存在だからな。
まあ、あの猫の頭をした女神様は豊穣を司ってるから、心配せんでも大丈夫だろ」
「お、おう・・・何や知らんけど頼もしいわ」
清宏は、まだ混乱している信濃を笑って話を戻す。
「取り敢えず、穢れた土地についてはあの方に任せよう・・・まあ、俺としては住める土地にするより、田畑に出来たらって思ってるんだけどな」
「田畑でっか?」
信濃より先に我に返っていた鞍馬が首を傾げて清宏を見る。
清宏はそれに頷くと、悪い顔をしてニヤリと笑った。
「そう、まずは食い物が良い・・・上の奴等とは違い、民ってのは目先の物にこそ魅力を感じるもんだと俺は思ってるからな。
上の奴等ってのは地位や名誉、プライドを優先する輩が多いが、下の奴等にとってはそんな物より日々の暮らしに直結する物の方が魅力的だ・・・正直な話、圧政を敷かれなきゃ上に立つ人間なんて誰だって良いんだよ。
民草は食い物さえあれば飢えの心配はいらないし、上の奴等は税収が増えれば懐も潤うだろう。
そこで、お前等はその土地を無償で民草に与えてやれ・・・そうすれば、最も数が多く目先の物に弱い民草の心を掴めるんじゃないか?
お前等が人心を得れば、上の奴等とておいそれと手は出せなくなる・・・上に立つ人間ってのは、普段は自分より下の奴を見下していても、内心では反乱を恐れているもんだからな」
「うわぁ、嫌な奴やな自分・・・」
ドン引きの鞍馬を清宏は鼻で笑い、人差し指を立てて得意気に胸を張った。
「いや、まだまだこれは序の口だ・・・もう一押しして主導権を握らなきゃならん!」
「敵に回したらほんま厄介やな自分・・・取り敢えず聞いとこか」
「民については目先の物で釣り、人心を得るのが良いと言ったが、上に立つ奴等には誰を敵に回すかを思い知らせてやるのが良いだろう。
今回、お前等は俺等と同盟を組んだ形になっただろ?そこで役に立つのが名の通ったアルトリウスだ・・・ギルドの討伐対象になっていないペインより、余程抑止力になるだろう。
お前等に何かあれば同盟を組んでいる俺等が動き、アルトリウスやペインが出張る・・・国を滅ぼせる程の力を持つ奴が背後に居るってのは恐怖以外の何物でも無い。
もし向こうが手を出し、アルトリウス達が出張れば民は必ず混乱するだろう・・・そうすれば、いずれ恐怖と不安は不満として上に立つ奴等に矛先が向かう・・・何故蜂の巣を突く様な真似をしたのかってな」
「自分ほんまに・・・」
鞍馬は、悪どい笑いをしている清宏に何か言おうとしたが、最後まで言わずに言葉を飲み込む。
清宏は人差し指を立て、笑いながら振った。
「やるなら徹底的にやるのが一番だ・・・中途半端にやって隙を見せたら足元を掬われるぞ?
拳を振り上げたなら、相手が逆らう気が起きなくなるくらい徹底的にやるのが俺のやり方だ・・・後は飴と鞭で上手く使えば良いんだよ!」
「確かに、それで大人しくなったのがペインでしたな・・・」
「その通り、信頼と実績があるやり方だ!」
アルトリウスが苦笑しながら呟くと、清宏は得意気に胸を張る。
「ほんまにクズやな自分・・・魔王様方でもそこまではせえへんで・・・」
鞍馬は椅子にもたれ掛かると、呆れて呟いた。
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