第226話 清宏と鞍馬の内緒話

 朝日が昇り、厨房から規則正しいリズムを奏でる包丁の音が聞こえてくる。

 いつもなら包丁の音と鍋が煮立つ音と共に、清宏とアンネ、レイスの会話が聞こえてくるはずなのだが、今日は何故か静まり返っている。


 「あの・・・お2人はどうかなさったのですか?先程から互いの顔を見るたびに慌てて目を逸らしているように見えるのですが・・・」


 沈黙に耐え切れなくなったレイスが遠慮がちに尋ねると、清宏とアンネは同時にビクリと身体を震わせた。


 「な、何でもないよレイス・・・」


 「そうですわレイス様、何一つ変わった事などありません!」


 「そうですか・・・私の勘違いだったようです」


 清宏達が否定すると、レイスは特に気にする素振りも見せず調理に戻る。

 スケルトンであるレイスは何を考えているか表情からは読みとれないため不気味ではあるが、あまり執着心が強い性格ではないため、清宏は安堵して肩を竦めた。


 「意識したらダメだな・・・まだまだ精進が足りん証拠だな」


 清宏は頬を両手で叩き調理に戻る。

 今朝の献立は、昨夜信濃からリクエストを受けた兜煮の煮汁を使った炊き込みご飯と味噌汁、ほうれん草のお浸し、焼き鮭の4点だ。

 全ての料理が完成し、3人は料理を台車に載せて広間に向かう。

 

 「おーい、飯が出来たから全員席に着けー」


 清宏が厨房から出て来て声を掛けると、皆バラバラに返事をして席に着く。

 だが、信濃と鞍馬の姿が見えず、清宏はリリスを見た。


 「あの2人はどうしたんだ?」


 「2人共起きてはいたんじゃが、何やら信濃が真面目な顔で鞍馬を呼んでお主の部屋に篭ってしまったんじゃ・・・清宏、お主は何か知らんか?」


 「あー・・・たぶんあれだな」


 清宏が夜中の件を思い出し、リリスに説明しようとしていると、清宏の自室の扉が開いて信濃達が出て来た。

 それに気付いたリリスは2人を見て笑い、手を上げた。


 「2人共丁度良かったのじゃ、朝食が出来たようじゃぞ!」


 リリスは自ら2人に席を勧めたが、信濃はリリスの目の前に立ち、頭を下げた。


 「な、何じゃ一体・・・どうしたんじゃ?」


 「すまんなリリス、朝飯の前に少しだけ話がしたいんやけど構へんか?」


 「妾は構わんが・・・急ぎの話かのう?」


 「急ぎって程では無いんやけど、出来れば自分とこの子達にも聞いといて欲しいんよ・・・」


 信濃がもう一度頭を下げると、リリスは困惑した表情で皆を振り返る。

 目が合ったアルトリウス達が返答に困っていると、清宏がリリスの肩に手を置いた。


 「別に良いんじゃねーか?」


 「清宏、お主はさっき何か言いかけておったが、何か知っておるのではないか?」


 「まあな・・・だが、これは本人から聞いた方が良いだろ」


 「ふむ・・・まあ、お主が知っておって何も言わんと言う事は、別に悪い話ではないのじゃろう?」


 リリスに聞き返された清宏は頷くと、信濃に目配せした。


 「皆んな腹減っとるとこに堪忍な・・・」


 信濃は皆に頭を下げ、自分達が置かれている状況、そしてこれから起こるであろう事について包み隠さず全てを話す。

 信濃の話を聞いている間、リリスはただ黙って目を閉じて聞いていた。

 話を終えた信濃は、もう一度リリスに深々と頭を下げる。


 「リリス、自分等にとってウチは他所者やし、協定があるっちゅーても本来魔王同士は敵同然の間柄や・・・こんなん頼める立場やない事は重々承知の上なんやけど、もし良ければウチ等に力を貸して貰えんやろか・・・」


 「・・・信濃よ、それは人間を滅ぼす手助けをせよと言う訳では無いんじゃな?」


 「当然や!ウチかて人間は好きや無いけど、それは昔の奴等が原因や・・・今あの国で暮らしとんのはその子孫やし、ご先祖さんの事で今生きとる奴等を嫌ったり恨んだりするんは筋違いや。

 せやけど、向こうにとっては違うんやろな・・・もちろん全てとは言わんけど、ウチ等の存在を疎ましく思っとる奴が少なからず居るんは事実や。

 ウチはな、向こうが仕掛けてくるんやったら戦う覚悟は出来とる・・・せやけど、ウチの子達が傷付くんを見るんは嫌なんや」


 信濃はリリスの目を真っ直ぐに見つめて答える。

 すると、リリスは満面の笑みを浮かべて信濃の手を取った。


 「ならば是非も無しじゃ!妾は其方達に協力するぞ!!皆も構わんか?・・・と言うか、協力するならばアルトリウスかペインが適任かの?」


 「リリス様のご命令ならば、我々は身命を賭してご期待にお応え致します」


 「我輩は暇潰しになるなら構わないのであるぞ」


 リリスに尋ねられ、アルトリウスは跪き、ペインは椅子に座ったまま手を上げる。

 清宏は緊張感の感じられないペインの頭を軽く叩くと、信濃と鞍馬に笑い掛けた。


 「ほらな、お人好しだろ?」


 「ありがとう・・・ほんまにありがとうな」


 信濃は涙を堪えながらもう一度頭を下げ、皆に礼を言う。

 リリスは信濃にハンカチを差し出すと、手を引いて席に着かせた。


 「ほれ、別に泣く事でもなかろう?困った時はお互い様じゃ!それにな、妾も見知った者達が居なくなってしまうのはもう嫌なんじゃ・・・その中にはお主達も入っとるんじゃぞ?じゃから、妾に出来る事ならば何でも協力してやるつもりじゃ!」


 「ありがとうな・・・ウチ等の事が解決したら、自分等の計画に全面的に協力させて貰うわ」


 「おお、聞いておったのなら話が早い、その時は是非よろしく頼むのじゃ!

 さて、せっかくの料理が冷める前にいただくとするかの?」


 話がまとまり、皆朝食を食べ始める。

 希望が見えて安心したのか、信濃は幸せそうな表情で炊き込みご飯を口に運ぶ。

 そんな信濃を見て小さく笑った清宏は、席を立って鞍馬横に行くと、しゃがんで話しかけた。


 「おお清宏はん、何か用でっか?」


 「飯の途中にすまんな・・・美味いか?」


 「そらもう大満足や!ほんまありがたいで・・・自分等は他所者やのに協力までして貰えるなんて感謝してもし足りんわ」


 「信濃から聞いてんだろ?これはギブアンドテイクだよ・・・それより、リリスと信濃が飯に集中してる間に聞きたい事があるんだか良いか?」


 「構わんで、何が聞きたいんや?」


 鞍馬が頷くと、清宏は他の者達には聞き取れない程の小さな声で話始める。

 すると、鞍馬はすぐに順風耳を発動させた。


 (俺が聞きたいのは、あの骸骨についてだ・・・確か、お前達があいつを封印したのは500年前と言っていたな?俺も最初は特に気にしていなかったんだが妙に引っかかってな、それで今朝思い出した事があるんだ・・・)


 (何がですのん?)


 (500年前って言ったら、リリスの父親が死んだのも丁度その頃だ・・・お前達があいつを封印した時期と、リリスの父親が死んだ時期って近いのか?)


 清宏が尋ねると、鞍馬は腕を組んで唸った。


 (だいたい同じ頃やとは思うんやけど、正直その頃自分等は奴の事で手一杯やったしよう分からんのや・・・うちんとこはこっから離れとるから、ヴァンガード様が討たれたっちゅーのんを聞いたんも魔王様方が集まるってなってからやったしなぁ・・・)


 (そうか・・・なら次に、奴は封印している間は大人しかったのか?破ろうとしたりはしなかったか?)


 (頻繁では無かったんやけど、何度かヤバい時はあったなぁ・・・一番近いんは何十年か前・・・ん?そう言うたら、そん時にも何かあった気がするんやけど)


 (何十年前?・・・それってさ、フェンリルじゃねーの?)


 清宏が聞き返すと、鞍馬は目を見開いて頷き感心した表情で清宏を見た。


 (せや、確かにそうやったわ!やっぱ鋭いな清宏はん・・・)


 (他にも3000年くらい前にも暴れてなかったか?)


 (3000年くらい前でっか?ああ、確か暴れとったわ、まああん時はそこまで被害は出んかったはずやけどな・・・そう言やあん時は何やったかな?)


 (3000年前はリヴァイアサンだ・・・アルコー様が城を流されたって愚痴ってたから覚えてる。

 時間軸で言ったらリヴァイアサン、リリスの父親、フェンリルの順か・・・もしかすると、あいつが暴れる時期ってEX級やSS級以上の魔王や魔物が現れる時期と関係があるんじゃないか?もしくは、勇者や英雄って存在に反応しているかだな・・・)


 (EXやSS級て、確か人間が付けた階級みたいなもんやったっけ?)


 (ああ、リリスの父親はEX級で他はSS級らしいな・・・EX級は勇者にしか倒せないって話だ。

 あいつは何を考えてそんな奴等とほぼ同時期に暴れてたんだろうな・・・まさか世界を滅ぼす為か?いや、それならリリスの父親の時に勇者に倒されていてもおかしくはないか・・・倒さないのに何か理由があるのか、それとも優先すべき方を倒して力を使い果たしたのか?)


 清宏はブツブツと呟きながら自問自答を始めた。

 しばらく考え混んでいた清宏は、視線を感じて顔を上げ、リリスと目が合った。


 「清宏よ、お主は何を自分の世界に旅立っとるんじゃ・・・」


 リリスに尋ねられた清宏は首を振ると、鞍馬と話していた内容は伏せて適当な言葉でお茶を濁すため苦笑しながら立ち上がった。


 「いや、信濃達に協力するのは良いんだけどな、誰を行かせるかとか移動はどうしようかと考えてたんだよ・・・ペインは馬鹿だから向こうの人間達とまともに話せはしないだろうし、アルトリウスはペインよりも有名だけど往復に時間が掛かり過ぎるだろ?正直、向こうと交渉するなら俺が行った方が良さそうなんだが、出来ればアルトリウスと一緒の方が向こうもビビってくれそうなんだよな・・・と言った感じで悩んでましたが何か?」


 「じ、邪魔をしてすまんかったのじゃ・・・好きなだけ悩んでくれたら良えわい」


 リリスは冷や汗を流しながら目を逸らし、フォークで焼き鮭を突いてため息をつく。

 清宏はそれを見て苦笑すると、まだ修復の終わっていない天井を見上げて唸った。


 「うーん、それにしても本当に移動はどうするかね・・・ん?あ、あれはまさか!?」


 鞍馬との話を続ける雰囲気では無くなったため、もう一つの問題に頭を悩ませ始めた清宏は、壊れた天井の隙間から降りてくる5つの影を見つけて豪快にズッコケた。

 




 




 

 


 

 

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