第225話 信濃の悩み②

 受け取ったお茶を一口飲んだ信濃は、まだ迷っているのかなかなか話始めずにいる。

 それをただ見守っていた清宏は、流石に待ちくたびれたのか、手を叩いて笑顔で信濃を見た。


 「分かったぞ、お前の悩みは便秘だな!女性はそれで悩みやすいって聞くからな!」


 「そうそう、ほんま男は良えよなー・・・女は月のものの前後は多いようやし、冷えてもなってまうからなー・・・って、ちゃうわアホ!恥ずかしい事言わすなや!!」


 「だってさ、お前って深刻な悩みとは無縁ぽいからさ・・・で、実際どしたん?今ので緊張も解れただろうし、そろそろ話してくれよ」


 清宏に催促された信濃は目を泳がせたが、視界に入ったアンネが顔を真っ赤にしているのを見てしまい、軽く吹き出した。


 「あーあ、アンネちゃんは可愛えなぁ・・・そないウブな反応見せられたら気が抜けるわ」


 「も、申し訳ありません・・・」


 「良えて、気にせんとき!清宏が言うた通り話し易うなったしな・・・。

 さて、ほなどっから話そかな・・・まずはあれやな、あの骸骨についてもうちょい詳しく話そかな」


 ひとしきり笑って口の中が渇いた信濃は、少し冷めてしまったお茶を飲んで一息ついて話始める。


 「彼奴がどんだけ危険な奴かは話したし、ウチ等がどんだけの被害を受けたかも言うたよな?せやけど、あん時に被害を受けたんは人間側も同じやったんや・・・あっちにも相当な被害が出とった。

 あの頃はウチも配下は多かったし、人間側とはある程度戦力の均衡が取れとって良かったんや・・・せやけど、彼奴を封印して500年も経ってまうとな、脅威が去ったからか繁殖力の強い人間は数があの頃の倍以上に膨れ上がり、逆に封印強化の為に魔石やら使わなあかんかったウチ等は、今だにあの頃の半分にも至ってないんや・・・。

 正直、今までウチ等が無事でいられたんは、幸か不幸か彼奴を封印し続けられるんがウチだけやったからなんや・・・確認の為に封印を解いてもうたけど、今はまだあの辺一帯は人間は入ってはこれんからしばらくは良え、せやけど完全に彼奴が居らんのがバレてまうんも時間の問題や・・・今後、ウチ等はまた人間達と戦わなあかんくなるやろう、その時、圧倒的に数で劣るウチ等はどうすべきなんやろか、戦いに向いてへん者を守りながらやっていけるんやろか・・・それが今のウチの悩みの種やな」


 目を伏せて語っていた信濃は、話終えて目を開け清宏を見つめる。

 清宏はしばらく俯きながら唸り、顔を上げてため息をついた。


 「正直、すでに詰んでんじゃね?」


 「せやから悩んでんねん・・・せやけど、ウチは諦めたないんや、もう二度とあの時みたいな思いはしたない・・・万分の一やろうが億分の一やろうが、守れる可能性があるなら何でも試したいと思っとる」


 信濃は拳を握り締め、噛んだ唇から血を流しながら俯いた。

 だが、そんな彼女を見ていた清宏は、残酷にも首を振った。


 「無理だな・・・人間側の詳しい情報が無いから憶測でしかないが、圧倒的物量ってのはそれだけで暴力だ。そんなもんがもし魔道具で武装し、さらに策を持って攻めて来たら、いくら魔王の群勢でも蹂躙されんのが目に見えてる・・・ダンケルク様やガングート様、あとは毒を扱うポチョムキン様みたいな特殊な方達なら勝算はあるだろうけど、明らかに戦闘向きじゃないお前と、一対一に特化している鞍馬だけではどんなに策を練っても無理だろう、まあ他に対軍に特化した配下がいれば少しは可能性もあるけどな」


 「やっぱ無理やんな・・・」


 落胆し、瞳に涙を浮かべた信濃は、俯いたまま身体を震わせた。

 清宏はそんな信濃の肩を軽く叩き、笑顔になる。


 「何で落ち込んでるんだよ、これはお前等だけでやった時の話だぞ?今のは、さっきお前が知恵を貸してくれるだけで良いと言ったから、俺が思った事を正直に答えただけだ。

 いいか信濃、自分の意地やプライドと仲間を天秤に掛けたらダメだ・・・本当に仲間の事を想ってるなら、そんなくだらんもんは犬にでも食わせてやりゃあ良い・・・地べたに這いつくばって土下座しようが、それで仲間守れるなら軽いだろ。

 取り敢えず、朝になったらリリスに力を貸して欲しいって頼んでみろ、あのお人好しなら二つ返事でOKするさ・・・どうやって人間側を抑えるかについては俺にいくつか考えがある」


 「ほ、ほんまに良えんか・・・?ウチ等なんかに肩入れしても、返せるもんなんかあらへんで?」


 「別にいらねーよそんなもん・・・むしろ、頼みがあんのは俺等も同じだからな。

 信濃・・・有り得ないとは思うが、もしリリスが渋る様なら俺が必ず丸め込んでやる、その代わりお前は俺等の計画に協力してくれ・・・もちろんタダでとは言わない、見返りも用意している」


 「取引っちゅー事か・・・ウチとしては、ほんまに悩みを解消してくれるんならいくらでも協力したるって言いたいとこなんやけど、返事は詳しい話を聞いてからでも良えか?」


 信濃の言葉に頷いた清宏は、先程完成したばかりの魔道具をテーブルに置き、信濃を見た。


 「お前は、今回ここに来て不思議に思った事は無いか?」


 「不思議な事?うーん・・・何故か人間が当たり前の様に魔族と暮らしとるって事くらいか?」


 「その通り、ちなみにさっき居た奴等は全員冒険者で、本来なら魔族にとっては敵である存在だ」


 「な、何でそないな危ない奴等と暮らしとるんや・・・」


 清宏は、呆れた表情で尋ねた信濃を笑う。


 「あいつ等と一緒に暮らしてんのはな、俺が雇ったってのもあるが、何より人族と魔族が共存出来るかを確認したかったからなんだよ。

 もちろん、人族なら誰でも良かったって訳じゃない・・・あいつ等が冒険者だから選んだんだ。

 冒険者ってのは魔族にとって一番身近な敵だが、それは逆もしかりだ・・・本来なら切った張ったばっかりしている、そんな間柄の奴等が仲良く風呂入って飯を食ってんだ、これは共存出来る可能性が十分あるって事だ。

 俺等は今、国と和睦し協力関係を築く為に動いている・・・既に国王とリリスの会談の日程も決まり、今はその準備中だ。

 そこでお前への頼みなんだが、今後他の魔王達へ人族との和睦について了解を得る際に、俺等側に付いて欲しい・・・今のところヴァルカン様とアルコー様は協力して貰える事になっているが、お前にも協力して貰えると助かるんだ」


 清宏が頭を下げると、信濃は渋い顔で唸る。


 「人族との和睦か・・・既にヴァルカン達は丸め込んどるようやけど、絶対に他の奴等からは反発があんで?それに、ウチが協力したかて認めさせるには数があと2人足りんのがなぁ・・・」


 「それに関してはヴァルカン様達から話を聞いて対策を練ってるよ・・・取り敢えず、それぞれに土産を用意する事になってる。

 あと、残りの2人についても心当たりが無い訳じゃない・・・まず、アルコー様がシャルンホルスト様への説得を買って出てくれたし、ポチョムキン様はリリス大好きらしいから、前もって話を通しておけば協力を得られる可能性が高い」


 「自分等、行動力半端ないな・・・で、その土産物っちゅーのがウチへの見返りか?」


 「そうだ・・・まあ、他にも用意してはいるんだが、メインはさっきからテーブルの上にあるこの魔道具だな」


 清宏が立方体の魔道具と付属品を差し出すと、信濃の目は魔道具ではなく、その付属品である魔召石に釘付けになった。


 「な・・・何やこれは!まさか属性が付与されとるんか!?」


 「そう、そいつは属性付与された魔召石だ・・・だが、こっちの魔道具は更に凄いぞ」


 「まさか、これより凄いもんなんかそうそうある訳無いやろ・・・これかて前代未聞やねんで?」

 

 「だろうな、ヴァルカン様達も驚いてたよ」


 「なあ、こっちは何に使うんや?見たところ、たぶんこの窪みに属性付与された魔召石をはめ込むんやろ?」


 「正解、あとはその中に普通の魔召石を入れて儀式を行えば、目当ての属性の配下を召喚出来るって感じだ・・・ちなみに、今のところは成功率100%だ」


 「自分ほんま・・・こんなん良ぉ造ったな!?

 こんなん、ウチやなくても誰かて喉から手が出る程欲しいで・・・あ、ガングートとダンケルクは要らんかもしれへんな」


 信濃は清宏を尊敬の眼差しで見ていたが、魔道具が気になって仕方ないのかソワソワとしている。

 それを見た清宏は苦笑すると、更にシャンプーやトリートメント、ボディソープなどを大量に取り出して箱に詰め、ついでにドライヤーもおまけして信濃に差し出した。


 「こいつもやるよ、効果は風呂で実感しただろ?こんだけあれば、数ヶ月は保つはずだ。

 それでどうだ・・・俺等に協力してくれる気になったか?」


 「流石にこないどえらいもん貰うて断る訳にはいかんわ・・・。

 良えやろ、協力したる・・・せやけど、ウチんとこの問題もちゃんと解決してくれるんが条件やで?」


 「交渉成立だな!そんじゃ、俺は今からお前んとこの問題をどうするかまとめるから、お前は部屋に戻って寝ろ!!」


 「ウチも眠れへんねんて!そない邪険にする必要ないやんか!?」


 清宏は笑顔で手を叩いたが、すぐに信濃を部屋から追い出しに掛かった。

 だが、信濃はテーブルにしがみ付いて必死に抵抗する。


 「集中出来ないんだよ!」


 「良えやん、大人しゅうしとくから!はっ、そうや!アンネちゃん、賭けに勝ったんやし清宏に何をお願いするんや!?なっ、清宏もそれは気になるやろ!?」


 「えっ、今言わなければならないのですか!?」


 清宏に無理矢理テーブルから引き剥がされた信濃は、慌ててアンネに話を振って時間稼ぎをする。

 清宏も気になったのか、一旦信濃から手を離した。


 「確かに気になが、聞き終わったら問答無用で叩き出すからな・・・アンネ、何か俺に頼みたい事はあるか?」


 それまで大人しく給仕役に徹していたアンネは、急に話を振られて慌て出し、顔を真っ赤にしてモジモジとしながら清宏を見た。


 「えっと・・・その・・・今度、清宏様がお暇な時に2人だけでお出掛けしたいです・・・」


 「何や逢引のお誘いか?まさかアンネちゃんて清宏の事好いとんのか?」

 

 信濃に改めて聞かれ、アンネは両手で顔を覆ってしゃがみ込む。


 「あんまストレートに言わないでやってくれ、奥手なアンネにしてはかなり勇気を出した方なんだからさ・・・」


 「こない可愛い子が勇気出したんやったら、自分は何て答えんの?まさか、断ったりはせえへんよなー・・・なあ清宏ー?」


 笑いを堪えながら尋ねてくる信濃を睨んだ清宏は、アンネ同様顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。


 「ニヤニヤすんな女狐・・・分かってるよ、行くに決まってんだろコンチクショー!!」


 「あっはっは!良かったなぁアンネちゃん、たーんと甘えて骨抜きにしいや!ほな、おもろいもんも見れたしお邪魔虫は退散するわ!」


 信濃はひとしきり笑って立ち上がると、清宏に捕まる前に一目散に逃げてしまった。

 工房に残された2人の間に微妙な空気が流れる。


 「あ、あの・・・私はカップを片付けてまいりますね!では、失礼いたします!!」


 「あ、お願いします・・・」


 「きゃん!?・・・し、失礼しました!!」


 「だ、大丈夫か?」


 「問題ありません!」


 アンネは急いでカップをお盆に載せ、清宏に素早くお辞儀をして扉に向かったが、半泣き状態で俯いていたため扉に額をぶつけて蹲ってしまう。

 清宏は慌てて駆け寄ろうとしたが、アンネは顔を更に真っ赤にして立ち上がり、脱兎の如く走り去ってしまった。

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