第224話 信濃の悩み①
信濃と鞍馬の乱闘により宴会が終わり、就寝時間を迎えてから数時間、相も変わらず煌々と灯りのともっている工房内では、頭の上に黒く塗りつぶした玉ねぎを載せた清宏が気分良く歌っている。
そして、そんな清宏をアンネが困惑した表情で見つめている。
「るーるる♪るるる♪るーるる♪るるる♪るーるーるーるーるーるる♪」
「あの・・・清宏様、それは何をしてらっしゃるのでしょうか?」
アンネに尋ねられ、清宏は歌うのをやめて行儀良く座り直して頭を下げた。
「どうもこんばんは、清子の部屋のお時間です」
「はあ・・・今は清子様なのですね・・・どのような趣旨でしょう?」
今いちピンと来ていないアンネは、首を傾げて清宏を見つめている。
清宏は小さく頷くと、天井を見上げた。
「俺は今、迷える子羊が訪れるのを待っているんだ・・・」
「迷える子羊ですか・・・」
「そうだ・・・良いかアンネ、俺は今迄の経験からある事を学んだんだ。それは、この城に客が来た日には、必ず誰かしらが俺の居る部屋を訪れると言う事だ!」
「言われてみれば確かにそうですね・・・ルミネ様の時は私がお誘いしましたし、マーサ様はラフタリア様が、それとアルコー様は夜這いに・・・かく言う私も、最初は灯りが点いているのが気になって清宏様の元を訪れましたから」
「だろ?だから、今日も信濃か鞍馬が来るんじゃないかと思ってこんな格好をしている訳だ」
清宏は胸を張っているが、アンネの視線は頭上にある黒玉ねぎに釘付けだ。
「はあ・・・それが清宏様流の客人の迎え方なのですか?」
「いや、ただのノリと勢いだ!」
「そうですか・・・」
「うむ!・・・ところでアンネ、どっちが来るか賭けをしないか?」
「賭けですか?それなら、来るか来ないかの方が良いと思うのですが・・・それ以前に、私は賭け事は苦手で・・・」
アンネが俯いたのを見て、清宏は肩を竦めた。
「うーん、来るか来ないかだと盛り上がりに欠けそうだったからなんだけどな・・・まあ、アンネが苦手なら仕方ないか・・・報酬は勝った方は負けた方に何でも言うことを聞いて貰えるようにしようと思ってたんだけどな」
「やらせていただきます!」
「アンネってさ、最近結構染まって来てるよね?まあ、その方が俺も楽しいけどさ。
では簡単なルールを決めようか、取り敢えず、2人が来なかったら俺の負けで良い・・・持ち掛けたのは俺だし、その位のリスクは背負うべきだ。
次に、同じ相手には賭けない事・・・それじゃ賭けが成り立たないからな。
最後に決める順番だが、それはアンネからで良いよ・・・俺が賭けを持ち掛けて、その上ルールも決めちまったからな」
「それでは清宏様があまりにも不利なのではないですか?」
申し訳なさそうに尋ねるアンネに対し、清宏は人差し指を立てて振りながら舌を鳴らし、ニヤリと笑った。
「賭けってのは、リスクを楽しんでなんぼだからな!それに、負けてもアンネなら無茶なお願いしないだろ?」
「それはまあ、清宏様を困らせたくはありませんし・・・ですが、本当に何でもよろしいんですか?」
「男に二言は無い!と、言いたいところだが、俺に叶えられる内容にしてくれたら助かるよ・・・」
「それは大丈夫だと思います・・・ただ、断られないかだけが心配です」
アンネが苦笑すると、清宏も肩を竦めて笑う。
「さてと、あまり喋っててどっちか来たら困るし、早いとこ決めようか?」
「はい、では私は信濃様で」
「ほほう、何故あいつに?」
「信濃様は昼に気絶したまま寝てらっしゃいましたし、先程もお酒を飲んでいましたから、眠れずにお手洗いに行った帰りに部屋の灯りが気になって訪れると予想します」
「アンネ、勝ちに来たな?では俺は残った鞍馬だな・・・あいつは耳が良いし、あながちこの会話を盗み聞きしていても可笑しくはない、それにもし盗み聞きしてたとしたら、俺がアンネにどんな下衆なお願いをするのか見てみたいと思うだろうな」
2人は互いの言葉を想像し合い、どちらも現実味がありそうだと笑い合った。
それからしばらくの間、清宏は造りかけの魔道具の仕上げをしながらアンネの淹れたお茶を飲み、取り留めのない会話を楽しむ。
昼に爆睡していた2人は、眠気など感じる事も無く信濃か鞍馬が来るのを待ち続けた。
コン コン コン
清宏が丁度魔道具を完成させたと同時に、誰かに扉をノックされた。
清宏とアンネは顔を見合わせ、扉に向かって返事をする。
「開いてるぞー」
「失礼するでー・・・何や、2人してこない明るい部屋でちちくり合っとんのか?ムードもへったくれも無いな自分等」
清宏の許可を得て扉を開けたのは信濃だった。
信濃は清宏とアンネの姿を見ると、呆れた様にため息をついて部屋に入った。
「ちちくり合ってねーわ!作業中だわ!」
「こない夜更けに精が出るなぁ・・・眠くないんか?」
「昼間に寝過ぎたからな・・・で、お前は何しに来たんだ?」
「ウチも同じ様なもんや・・・寝れんくてゴロゴロしとったら急にもよおしてきてな、んで厠行って部屋に戻ろ思たらここから灯りが漏れとったから気になってん」
信濃の言葉を聞いた清宏がアンネを見ると、アンネは嬉しさを必死に隠しながら小さくガッツポーズをしていた。
それを見た清宏は、信濃を振り返ってため息をついた。
「賭けは俺の負けか・・・正直、お前は来るんじゃないかと思ってたんだよな」
「何やそれ、ウチで賭けしとったんか?」
「お前と鞍馬どっちが来るかってな・・・ちなみに、勝った場合は負けた方に何でもお願いを聞いて貰える権利だな」
「そらご愁傷様やな・・・鞍馬は一度寝たら目ぇ覚まさへんから、あいつに賭けても意味無いで」
「それは防犯上どうなの?せっかくの順風耳も宝の持ち腐れだな・・・」
清宏が呆れていると、信濃は苦笑しながら頷いた。
「まあ、あいつは勘が良えから、ほんまにヤバい時にはしゃんとしてくれるんが救いやわ」
「ふーん、てか他所の事情に口出しするのは野暮だったか?
それより、せっかく来たんだし茶でも飲んで行くか?便所帰りに勧めるのも変な話だが」
「せやな、せっかくやしいただくわ。
自分が言う通り、他所の事情に口を出すんは野暮やわな・・・せやけど、ウチが話して意見を貰うんは良えやろ?」
見るからに落ち込んでいる信濃を見て、お茶と茶菓子の用意をしていた清宏とアンネは動きを止める。
「何だ、悩み事か?」
「なんちゅーか、正直これからどないしようかって思とるとこやな・・・」
「ふむ、取り敢えず聞くだけ聞いてやるから話てみ?聞いてみて、俺達で何か出来る事があるなら協力してやっても良い・・・まあ、最終的に決めんのはリリスだけどな」
「あんま頼り過ぎんのも申し訳ないし、知恵だけ貸してくれたらそれで良えわ・・・」
信濃はそう言うと、差し出された湯飲みを両手で包む様に持ち、冷ます様に息を吹き掛けながら何をどう話すべきか整理した。
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