第223話 それはウチのおいなりさんや!

 宴会が始まり、皆大皿に盛り付けられた料理を小皿に取って美味しそうに食べている。

 今日は信濃と鞍馬が訪れているため、用意された料理は全て和食なのだが、皆普段よりも食が進むらしく結構なペースで料理が減っていく。

 そんな中でも、特に幸せそうに食べているのは客である信濃達だ。

 2人は、いなり寿司と巻き寿司が特に気に入ったらしく、先程からそればかり食べている様だ。


 「清宏、おいなりさん作ってくれるとか気が利いとるやん?ウチ、これだけでも此処に来た甲斐あったわー!」


 「巻き寿司も中の具材の味付けがしっかりしとるし、結構手間掛かったんちゃう?」


 2人に大絶賛され、清宏は若干照れながら咳払いをし、焼酎の入ったおちょこをテーブルに置いて2人に向き直った。


 「いなり寿司は、なんか信濃が好きそうなイメージがあったから作っただけだな。

 巻き寿司の方は、いなり寿司だけじゃ寂しいし、助六にでもしようと思って追加したんだよ」


 「助六?何やそれ・・・」


 信濃に聞き返され、清宏は自身の失言に一瞬表情が強張ったが、2人に気取られぬ様にもう一度咳払いをした。


 「助六って言うのは、俺の故郷にある演劇にある演目の一つだよ。

 その演目では、宝刀を探している助六という侠客の男と、揚巻という名の花魁が恋仲になってな、遊郭で豪遊している老人が助六の探している宝刀を持っている事を知って奪い返すって内容なんだよ。

 それで、その演目に出てくる2人の名前にちなんで、お『揚』げのいなり寿司と、海苔『巻』きの巻き寿司の盛り合わせの事を助六って呼ぶ様になったそうだ・・・まあ、劇中で助六が紫の鉢巻きを巻いていたから巻き寿司はそっちが由来だとも言われてるけど、俺は『揚』と『巻』の寿司に恋人の名前を付けたって説の方が洒落てて好きだけどな」

 

 「はあー・・・人間もたまには粋な事するもんやなあ。それに、宝刀を奪い返すってのも良えな!少し興味出てきたわ・・・ちなみに、それって何処行ったら見れるんや?」


 「いや、もうやってないんじゃないかな・・・」


 興味深々な信濃に見つめら、清宏は素早く目を逸らして呟く。

 すると、信濃はそれを聞き残念そうに肩を竦めた。


 「それやったら仕方ないな・・・ほんま残念やわ」


 「まあ、そういう事もあるよ・・・さてと、お前等寿司だけじゃなくて他も食え、せっかくお前等の為に作ったんだからな!お吸い物も会心の出来だぞ?あと、食いたければ鰹の兜煮もあるぞ!」


 「なんやて、鰹の兜煮やと!?そ、それは食べなあかんやつや・・・早よ持って来て!」


 「ほな、自分もいただいても宜しいか?」


 「おう、じゃあちょっとだけ待ってろ!うちの奴等は気持ち悪いとか言って箸付けねーから困ってんだわ・・・」


 清宏は話を逸らす事が出来てホッとすると、急いで厨房行き、巨大なお盆に3つの兜煮を載せて戻って来た。

 お盆に載せられた兜煮を見て、皆がどよめく。


 「あ、相変わらず凄い絵面じゃな・・・」


 「食わねー奴は黙ってろ!めちゃくちゃ美味いんだからな!」

 

 清宏はゲンナリとしたリリスに怒鳴り、兜煮を信濃達に配る。

 すると、リリスは更に言葉を続けて清宏を見た。


 「浦島太郎達が晒し首になっとるみたいで不気味なんじゃから仕方なかろう・・・彼奴等がここに居ったら何を言われるか」


 「あ?あいつ等は美味そうに食ってたぞ」


 「共喰いか・・・」


 リリスはそれ以上何も言わなくなり、清宏は改めて席に着く。


 「こいつは結構煮込んでたから、煮汁にも出汁が出てて美味いぞ!」

 

 「おお、良え色しとってこれは美味そうや!」


 「醤油と生姜の良え匂いがして、なんぼでも食べられそうやわ・・・そこでや清宏はん、これに合う酒は無いんか?さっきから焼酎ばっか飲んどるから、そろそろ清酒が欲しいなーと思うんやけど」


 兜煮を前にヨダレを垂らしていた鞍馬は、ねだる様に清宏を見る。

 清宏はニヤリと笑い、アイテムボックスから亀壺を取り出してテーブルの上に置いた。


 「ふふふ・・・この俺が揃えてないと思うか?

 先日、エルフの村で良い酒を譲って貰ったから飲ませてやるよ」


 「流石やで!いやあ、普段似たようなの食っとっても、やっぱ他所でいただく料理と酒は良えもんやなー!」


 鞍馬は上機嫌になり、おちょこに注がれた清酒を飲み干して笑った。

 清宏は信濃にも酒を注いでやり、兜煮に箸を付けた。


 「このホロホロに柔らかくなった脳天とカマが白飯に合うんだよな・・・まあ、今日は助六だけど」


 「はぁ・・・風呂で温もった後の美味い料理と美味い酒、ほんま幸せやわ。

 なあ清宏、明日の朝はこの煮汁でご飯炊いてくれへん?」


 幸せ一杯な表情でうっとりとしていた信濃は、思いついたまま清宏に提案する。

 清宏はそれに頷くと、考え込む様に俯いた。


 「それは美味そうだな・・・だが、そうなると薬味に葉山椒が欲しくなるのが困りものだ」


 「そこまで凝らんでも良えんちゃう?この煮汁で炊くだけで十分美味そうやし・・・なあお嬢?」


 「せやで、あまり無理せんでもウチ等は満足しとるで?それに、葉山椒がこっちに生えてないんやったら今度持って来たるわ」


 「そりゃ助かるな!おっ、目玉も良い感じにトロトロになってる」


 「そうそう、この目玉がまた美味いんよ!」


 清宏と信濃が鰹の目玉をしゃぶる姿を見て、リリス達は顔をしかめて口元を押さえている。

 清宏と信濃が箸で器用に肉と骨を分けながら無茶になって食べていると、チビチビと酒を飲みながら食べていた鞍馬が不意に信濃の取り皿に手を伸ばし、載っていたいなり寿司をひょいっと取って自分の口に放り込んだ。

 それを見た信濃は、席を立ち上がって鞍馬を睨み、噛み付かんばかりに怒鳴った。


 「自分、何してくれんねん!?それはウチのおいなりさんや!!」


 「ぶほっ!?げほっ、げほっ!!す、すまんリリス・・・」


 「なあ、何故妾に向かって吹き出すんじゃ?

 あーあ、これは風呂に入り直しじゃ・・・」


 信濃の言葉を聞いた清宏は、隣に座っていたリリスに向かって口の中の物を盛大に吹き出し、咽せている。

 リリスは泣きそうな表情で清宏を睨むと、上半身ベトベトのまま風呂場に向かって歩いて行った。

 

 「ウチがせっかく最後の楽しみにとっとったのに・・・自分、何で食う前にウチに聞かへんねん!?」


 「すんませんて!残しとるもんやとばっかり思てたんですわ!!」


 完全にキレた信濃は、鞍馬に飛び掛かり、羽を毟ろうと手を振り回している。

 清宏は、信濃達の喧嘩に巻き込まれない様に他の仲間達と一緒にテーブルを避難させ、離れた場所から清酒片手に観戦を始めている。

 2人の取っ組み合いは、結局宴会がお開きになるまで続き、最終的に清宏が帰りの弁当として持たせる約束をした事で終息した。


 

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