第221話 これぞ信濃のお風呂道!!

 陽が傾き、布団を被っていた信濃がもぞもぞと動き出し、それに伴い寝落ちしていた者達も皆目を覚ました。

 布団から身体を起こした信濃は、始めこそ寝ぼけていたが、周りを囲まれているのに気付き、目を擦って呆れた様に全員を見渡した。


 「なあ、自分等何してん?」


 「モフモフには勝てんかったんや・・・」


 「何やその喋り方は、ウチの真似でもしとんのか・・・てか、モフモフ言うたな?あーっ!ウチの尻尾がボサボサになっとるやないか!?」


 ふざけて答えた清宏を一瞥した信濃は、自分の尻尾を見て慌てて立ち上がる。

 すると、まだ信濃の尻尾に包まって寝ていたオスカーが布団の上に転がり、目を覚まして頭を振った。


 「おいおい、そいつはうちのマスコットなんだから丁寧に扱ってくれよ・・・大丈夫かオスカー?」


 「・・・摩?」


 清宏が布団に転がっているオスカーを抱き上げると、それを見た信濃が小さく震えた声で呟き、オスカーを指差した。


 「な、なんで多摩がここに居るんや・・・ずっと探しとったのに・・・」


 「多摩?こいつの名前はオスカーだぞ」


 「いや、その雪の様に白い毛と青い瞳は多摩や!まさか、連れ去ったん自分等か!?」


 信濃が怒鳴って清宏に詰め寄ろうとすると、まだ寝ぼけていたリリスがオスカーの頭を撫でた。


 「流石に連れ去ったとは人聞きが悪いのう信濃よ・・・其奴は妾が召喚したんじゃ。

 召喚をしてくれと頼んだのは清宏じゃが、実際に行ったのは妾なんじゃから、文句を言うなら妾にせい・・・まあ、召喚で誰が来るか分からん事を知っとるお主に、妾を責める事が出来るかのう?」


 「うぐっ、召喚か・・・せやったら責めるんはお門違いやな・・・」


 清宏に食って掛かっていた信濃は手を放すと、今にも泣きそうな表情でオスカーの頭を撫でた。


 「ウチがなんぼ召喚しても来てくれへんかったのに、残念やわほんま・・・ちゃんと飯食うて元気でおらなあかんよ?

 リリス、この子を粗末に扱うたらウチが許さへんから覚悟しときや!ちゃんと面倒見とるか定期的に確認しに来るからな!!」


 「それは、ただお主がオスカーと遊びたいだけではないのか?」


 「ちゃうわい!ウチはな、長い間多摩の・・・いや、オスカーのおはようからおやすみまで暮らしを見つめとったんや!ウチには、オスカーが幸せになれるか見届ける義務があるんや!決してやましい気持ちは無いで!!」


 リリスにジト目で睨まれ、信濃は顔を真っ赤にして否定したが、それを見ている清宏達の目はまったく信じていない。

 慌てている信濃が必死になって弁明していると、ゆっくりと襖が開いてレイスが現れた。

 それに気付いた信濃は、レイスが明らかに仇ではないと頭では理解していても、素早く清宏の背後に隠れて冷や汗を流した。


 「皆様お目覚めでしょうか・・・清宏様、本日の業務が全て終了いたしましたのでご報告にあがりました」


 「えっ、もうそんな時間?かなり寝ちまったな」


 「まさかその様な時間まで寝てしまうとは・・・モフモフ恐るべしでございますな」


 清宏とアルトリウスは、レイスの言葉を聞いて苦笑しながら立ち上がる。

 リリスやアンネ達も立ち上がり、衣服に出来た皺を恥ずかしそうに手で伸ばした。


 「皆んなちゃんと昼は食ってたか?」


 「はい、清宏様がご用意してくださいましたから、皆様しっかりと。

 夕食の準備はどういたしましょう、清宏様は先にお風呂になさいますか?」


 「そうだな・・・じゃあ、今から必要な食材を書くから、風呂に入ってる間に揃えといてくれ。

 信濃、お前達は今日は泊まっていくか?もう夜になっちまうし、せっかくなら晩飯食ってゆっくりして帰ったらどうだ」

 

 紙を取り出した清宏は、必要な材料を書きながら信濃を振り向いて尋ねた。

 いきなり話を振られた信濃は、答えに迷ってリリスを見る。


 「なあ、清宏はああ言っとるんやけど、ほんまに良えんやろか?」


 「妾は別に構わんぞ?先日までヴァルカンとアルコーも泊まっておったし、今更気にする程の事でもあるまいて・・・まあ、他の魔王達に目を付けられん様に疑わしい行動を控えてくれるならそれで良えわい」


 「なんや開放的やな自分等・・・まあ、何する訳でも無いし世話になるわ。

 あ、せやけど晩飯はあまり濃い味のは出さんといてな・・・ウチ、こっちの濃い味付け苦手やねん」


 「安心しろ、客の要望には応えてやる・・・まあ、食えんもんは作らんから腹空かせてまっとけ。

 さてと、そんじゃまあ風呂に入って来ますかね・・・あ、アンネは信濃を手伝ってやってくれ、尻尾を抱き枕にしちまったし、それだけあると1人じゃ大変だろうからな」


 「かしこまりました」


 清宏は書き上がったメモをレイスに渡し、部屋を出て風呂場に向かう。

 リリス達も信濃が寝ていた布団を畳んで風呂場に向かった。


 「アンネ様、清宏様から信濃様のお召し物を預かってまいりました」


 「ありがとうございますレイス様、私も上がったらお手伝いに行きますね」


 「ウチの着替えやて?そこまでして貰うんは気が引けるわ・・・って浴衣かこれ!何でこっちで手に入んの!?さっき寝とった部屋もそうやけど、ウチんとこと大差無いやん・・・」


 受け取った浴衣を見て感心していた信濃は、リリスに袖を引かれて振り返る。

 リリスはニヤリと笑うと、急かす様に信濃の背中を押した。


 「驚くのはまだ早いのじゃ!普段は交互に使っとるんじゃが、今回はお主のために2日連続でこっちじゃからな!!」


 「ちょっと待ってやリリス、ウチまだ脱いでへんねんて!!」


 楽しそうなリリスに急かされ、信濃は苦笑しながら着物を脱ぐと、タオルで目隠しをされて困惑しながらも手を引かれてついて行く。

 先に服を脱いでいたアンネが扉を開き、リリスは信濃と共に浴場に入った。


 「もう目隠しを取っても良えぞ!」


 「何なんほんまに・・・はぁ!?ほんまどうなっとんのこれ!!ここ、天井も壁も床も・・・いや、浴槽まで全部木で出来とんのか!?

 なあリリス、えらい奮発したな自分・・・こんな贅沢あっちの女王んとこでもしとらんで」


 「どうじゃ、驚いたじゃろ!これこそが妾の城一番の自慢なんじゃ!」


 「そら自慢するわ・・・てか、こんなん誰に造らせたん?木は腐りやすいから手間かかるで・・・石と違うて何十年、何百年もは保たんし、張り替えるだけでも大変やからな」


 「この風呂を造ったのは清宏じゃ!彼奴が来てからと言うものこの城は目まぐるしく変化してのう、ペインが譲ってくれた大量の魔石もあったおかげで、今では父上の時以上になっとるんじゃよ!」


 「また清宏か・・・ほんまずっこいわ自分とこの副官、多才にも程があるっちゅーねん!まあ、その分性格がアレなんやけど・・・。

 さて、此処でくっちゃべっとんのもなんやし、せっかくの贅沢な風呂を満喫させて貰うわ!アンネちゃん、お手伝い宜しゅうな!」


 「お任せ下さい、先程モフモフを堪能させていただきましたので、誠心誠意お手伝いをさせていただきます」


 リリスと信濃は洗い場へと向かい、アンネは信濃の背後に腰掛ける。

 3人が身体を洗い始めると、扉が勢いよく開いてベルガモットとルミネが現れた。


 「着替え取って来ましたー!やっぱ広くて気持ちいいですね!!」


 「ベルガモットさん、あまり騒ぐと清宏さんが怒鳴り込んで来ますわよ・・・ああっ、身体を流してから入らなければダメですわよ!昨日教えて差し上げたのを忘れたんですの!?」


 ドタバタと走り回るベルガモットをルミネが追いかけ、浴槽にダイブする寸前で阻止する。

 身体を洗いながらその騒ぎを聞いていた信濃は、苦笑しながら振り返ってベルガモットを見た。


 「何や騒がしいお嬢ちゃんやなあ・・・風呂はゆっくり静かに愉しむもんやで?

 先に身体を綺麗にしてから湯船に肩までゆっくり浸かっとるとな、一日の疲れがお湯に溶け込む様に身体から抜けて行くんが分かるんや・・・騒がしくしとったらその感覚を味わえんから勿体ないで?」


 「ごめんなさい・・・」


 「素直なんは良え事や、自分も一度やってみたら病みつきになるんは間違い無しやで!!

 ほれ、ウチが直々に風呂の作法を教えたるから隣に来て座り!魔王様直々の指導なんて一生に一度あるかないかやで!?」


 信濃は満面の笑みをベルガモットに向け、自分の隣の椅子を手で叩く。

 ベルガモットは大人しくそれに従うと、見様見真似で身体を洗い始める。

 それを見ていたリリスは、感心したように信濃に話しかけた。

 

 「おお、信濃よ・・・お主、清宏の様な事を言うのう・・・」


 「ほうか?まあ、こないな風呂を造るような奴やからな・・・風呂好きなら考える事は同じって事やろなぁ」


 信濃の指導の元、ゆっくりじっくりと身体を洗ったリリス達は、騒がしいビッチーズ達が現れるまでの間、皆一言も喋らずに湯船に浸かり、身体の疲れが抜けていく感覚を愉しんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る