第222話 存在理由

 ビッチーズと入れ替わる様に風呂を出たリリス達は、夕飯が出来るまでの間、広間で自由時間を満喫している。

 先に風呂を済ませていた男達は、鞍馬を交えて酒盛りを始めているようだ。

 風呂から上がった信濃はすぐさまオスカーを抱き上げると、リリスやペインと共に昼間出来なかった情報交換をする為、皆から少し離れた場所に陣取った。


 「リリス、昼間は気絶してもうてすまんかったな・・・あの骸骨について改めて話したいんやけど良えか?」


 「お主が気にするでない・・・元はと言えば、お主が気絶したのは清宏のせいじゃろ?こちらこそ申し訳ない事をしたのじゃ。

 して、あの骸骨はやはりお主が言っとった奴じゃったのか?」


 リリスに尋ねられ、信濃は暗い表情で頷く。


 「せや、あれはウチ等が封印しとったのと同じ奴や・・・戦っとる時に鞍馬や他の者が付けた傷がそのまま残っとったからな」


 「そうか・・・じゃが、お主が言う程危険な存在じゃったとは、今の彼奴からはまったくもって想像が出来んわい」


 「ウチかてそうや・・・本来の彼奴は常に瘴気を纏っとって、それに触れた者の身体を蝕み、動きの鈍った者達を捕まえては魂ごと喰らい付くし、餌が無くなれば霧が晴れるように消えてまう、当に神出鬼没の天災みたいな化け物やったんや。

 彼奴はな、ウチが生まれるよりもずっと前・・・確か、ポチョムキンの爺様が物心ついた時には既に存在しとったっちゅう話なんやけど、その頃はごく稀に大暴れする以外そこまで危険な奴では無かったらしい・・・やけど、それが徐々に力が増して行きおってな、ウチ等魔族にまで被害が出るようになったんや」


 「むう・・・そんな昔から存在しとるのか彼奴は・・・ペインよ、お主は知っておったか?」


 信濃の説明を聞いて唸ったリリスに尋ねられ、ペインは首を振って否定する。


 「いや、我輩も噂でしか知らんのである・・・話を聞いた事はあれど、信濃が言うように神出鬼没であったため会う事は叶わなかったのであるからな。

 信濃よ、彼奴に名はあるのであるか?清宏は餓者髑髏ではないかと言っていたのであるが」


 「彼奴に名前なんてもんは無かったはずや・・・まあ、誰もあんなんに名前なんて付けたないけどな」


 「名前が無いのは不便ではないか?」


 リリスに尋ねられ、信濃は顔を顰めながら首を振った。


 「いや、たまーに厄介なんがおってな・・・名前を付けてまうと不安定やった存在がより強固に、より強大になる奴がおるんや。

 さっき、ウチは彼奴が霧が晴れる様に消えてまうって言ったやろ?消えてくれるから被害が抑えられとったのに、名付けしてもうて常に居る様になった場合、下手すりゃ世界が滅んでまうからな・・・せやから誰も名前を付けんようにしとったんや」


 「ほほー、そんな話があるんじゃなぁ・・・やはり世界は広いのう」


 リリスが感心して頷いていると、ペインが唸って信濃を見た。


 「まあ、取り敢えず名前については置いておくとして、我輩は奴が何を目的に存在しているのかが理解出来ないのである・・・信濃よ、貴様は他に何か知っていないのであるか?」


 「うんにゃ、ウチも知らんわ・・・むしろ、こっちの方が聞きたいくらいやわ」


 「なあペインよ、どう言う意味なんじゃ?」


 尋ねられたペインはどう説明するべきか悩み、しばらく思案してリリスを見た。


 「正直、我輩はこういう説明は苦手なのであるが、この世に存在する者には須く何かしらの存在理由という物があるのである・・・それは命ある者だけに限らず、死してなお現世に留まる者達にも、勿論それはあるのであるよ。

 例えば、命ある者は何かを成す為であったり、ただ生きているだけでも何かしらの役割を担っているのである。そして、死してなお現世に留まる者達の場合は、その殆どが無念であったり怨念であったり、残して行った近しい者達への思いなど皆様々な理由があって留まっているのである。

 だが、奴の場合はただ喰らい暴れるのみ・・・それが存在理由と言えなくもないのであるが、ならば何故召喚されてそれを止めたのであろうか?

 我輩達召喚された者は、半ば強引に契約を結ばれはするものの、生死を共にしなければならない以外は強制ではない・・・ならば、奴が捕食活動を止める理由は無いのである」


 「確かに・・・そう言われると解せんのじゃ。

 お主にしろアルトリウスにしろ、妾に従ってくれておるのはお主等自身の意思じゃ・・・アッシュはもう少し時間が必要じゃろうが、生死を共にせねばならぬ以外、召喚そのものに強制力が無いのは事実じゃ・・・なればこそ、彼奴が大人しくなったのは気掛かりじゃな」


 「ウチんとこの鞍馬も自由やからな・・・調子乗ってウチをアホの子扱いするんは彼奴だけやで。

 てか、ほんまに意味分からんなぁ、あのクサレ骸骨・・・大人しゅうなんなら初めから暴れんなって話やでまったく」


 信濃が口を尖らせて愚痴を言っていると、ペインは腕を組んで天井を見上げた。


 「何と言うか・・・我輩が思うに、奴はただ喰らうためだけに暴れていたのではなく、何かを求め、それが喰らい取り込むという行為だったのではないかと思うのである・・・それならば、奴の存在理由になるのではないか?

 ただ喰らうためならば召喚されたとて止める必要は無いのであるが、もしかすると、此処で奴の求めていた物が見つかったため、暴れる必要が無くなったと考える事は出来ないであろうか?」


 「それはどうなんやろ・・・彼奴は召喚されてからまったく動かんのやろ?もし何かを求めて取り込もうとしとったなら、此処に来てから何か喰らったはずやで・・・でも、彼奴にそんな素振りはないんやろ?」


 「なあ・・・もしかすると、彼奴が探しとった物は複数あり、その一つが此処にあったとは考えられんかのう?」


 リリスが唸っている2人に尋ねると、信濃は苦笑しながら首を傾げた。


 「うーん・・・確かに可能性はありそうやけど、彼奴が探しとる物に自分は心当たりあるか?」


 「それを言われると自信が無くなるのじゃ・・・じゃが、此処に彼奴が捕食せんでも良えと思える何かがあるのは確かじゃと思う。

 信濃よ、お主にとっては憎い相手であろうが、彼奴も今は妾の仲間の1人じゃ・・・彼奴の事はしばらく妾に任せてはくれんかの?」


 「ウチとしては、出来れば早いとこ始末したいんが本音なんやがな・・・まあ良え、自分とこならいざって時も大丈夫やろ。

 リリス、取り敢えず一応は任せるけどな、何かあったらこの子はちゃんと守ったってくれよ?」


 リリスに頭を下げられた信濃は、膝の上で寝ているオスカーを撫でながら忠告する。

 

 「勿論じゃ!オスカーも妾の大事な仲間じゃからな!最悪、妾が身を挺してでも守ってやるわい!」


 「主よ、身を挺するのは良いが、それを守るのは我輩の仕事になるのであるぞ・・・」


 自信満々のリリスにペインが呆れて項垂れると、厨房からフライパンをオタマで叩きながら清宏が出てくる。


 「おっ、丁度夕飯が出来たようじゃな!信濃よ、ささやかではあるが今日はお主と鞍馬の歓迎会じゃから、楽しんでくれたら嬉しいのじゃ!」


 「気い遣わせてもうて堪忍な・・・せやけど、せっかくのお言葉やし楽しませて貰うわ」


 フライパンを叩く清宏に急かされ、ローエン達は酒盛りを中断してテーブルの準備を始める。

 信濃と鞍馬は客という事もあり、リリスと共に準備が出来るのを待っている。


 「さーて、今から運ぶから邪魔すんなよ!邪魔したら飯抜きだから覚悟しとけ!!」


 厨房に引き返した清宏は、両手に大皿を持って怒鳴りながら戻って来た。

 その後ろには、汁物の載ったお盆を持つレイスと、おかずの盛り付けられた大皿を抱えるアンネが続く。

 テーブルに皿やお碗が置かれると、湯気とともに汁物の良い香りが広間に拡がり、信濃と鞍馬は途端に幸せそうな表情を浮かべた。


 「ちょっと時間が掛かったが、今日のは信濃と鞍馬のために頑張った会心の作だから味わって食べるように!ではいただきまーす!」


 清宏は皆が席に着くのを確認し、手を合わせて挨拶をする。

 皆もいつも通り手を合わせると、今度は清宏も参加しての大宴会が幕を開けた。

 

 


 


 

 

 

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