第220話 ( ˘ω˘)スヤァ…

 信濃が気絶し、清宏とレイスが昼食を作るため厨房に篭り始めると、広間に居た者達も粗方片付けが終わったため、それぞれの仕事に戻って行く。

 風通しの良くなった広間の片隅では、アンネがベルガモットへの指導を再開しているようだが、教わっているベルガモットからはやる気が全く感じられない。


 「アンネさーん、そろそろ休憩しませんか?」


 「お疲れなのは分かりますが、今し方再開したばかりではないですか・・・そうでなくとも広間の片付けで遅れてしまったのですし、昼食迄我慢していただけませんか?」


 「その片付けで体力使い果たしちゃったんですよ・・・こんなんじゃ集中出来ませんよ」


 とうとう座り込んでしまったベルガモットを見て、アンネは困ったようにため息をついた。


 「仕方がありませんね・・・ベルガモット様ご本人にやる気を出していただかなければ意味がありませんし、少しだけ休憩いたしましょう」


 「やったー!これで少し休めるー・・・。

 はぁ、本当に疲れちゃいましたよ・・・私は基本的に身体を動かすの苦手なんで、こんな広い部屋の片付けとか拷問でしかなかったです」


 アンネは床に寝転がっているベルガモットを見て苦笑し、紅茶を差し出す。

 ベルガモットは起き上がって紅茶を受け取ると、ゆっくりと喉を潤して伸びをした。


 「こんなに美味しいお茶は初めてですよー」


 「それは良かったです・・・ですが、それはベルガモット様が頑張ったからこそ美味しく感じるのかもしれませんね」


 2人が仲良く談笑しながら紅茶を飲んでいると、ルミネがキョロキョロと周囲を見渡しながら誰かを探しているのが目に止まり、ベルガモットはルミネに手を振った。


 「ルミネさーん、どうかしましたかー?」


 「あらベルガモットさん、もう休憩されてるんですか、あまりアンネさんを困らせる様な事をしてはいけませんよ?

 私は、今は清宏さんが昼食を作ってらっしゃるので、その間アリーちゃんやオスカーさん、それとヴィッキーさんと隠れんぼの真っ最中ですわ」

 

 「それはまた・・・ご愁傷様です」


 近付いて来たルミネの説明を聞き、アンネは苦笑しながら小さく呟いた。

 ルミネとベルガモットは、それを聞いて首を傾げた。


 「何故ですの?」


 「ルミネ様、あの子達との隠れんぼを甘く見てはいけませんよ?最悪、丸一日付き合わされた挙句見つからないと言う事も日常茶飯事です・・・最近はヴィッキーも来たので探す手間が更に増えました」


 「そ、そんなにですか・・・でも、流石にご飯を食べる為に出て来るのではないですか?」


 「だから甘く見てはいけないのです、あの子達は遊びのためなら空腹すら我慢しますから・・・最近はでは、清宏様も諦めて何も言いません」


 「わ、私だけ昼食をいただくと言う訳にはいきませんわよね・・・」


 「そんな事をしてしまえば、アリーが怒ると思います・・・あの子、怒ると無言のまま蔦で叩いてくるので非常に怖いですよ」


 話を聞いたルミネは顔面蒼白になると、床にへたり込みながら涙目でアンネを見上げた。


 「アンネさん、助けていただけませんか?」


 「・・・分かりました、流石に知らなかったルミネ様を見捨ててはおけませんし、ここは清宏様からあの子達のお世話を任されている私が何とかしましょう!

 それでは、ベルガモット様も手伝っていただけますか?しばらくここで暮らすのであれば、あの子達の扱いに慣れていないと地獄を見る事になりますから」


 「よろしくお願いします先生!」


 アンネは飲み終えたティーカップを片付け、立ち上がって胸を張った・・・流石に保護者は言う事が違う。

 そしてベルガモットはサボる口実が出来たからか、先程までの疲れた表情が嘘の様に生き生きとしだした。

 それから3人は、アンネが言う場所を重点的に探して回るが、意気込んで探しているにも関わらず、お子様3人組は一向に見つからない。

 探し始めて30分が経ち、目ぼしい場所を粗方探し終えたアンネ達は、見つからない事に焦りを感じ始めた。


 「どうしましょう、いつも隠れている場所は全部回ったのですが・・・もし新しい隠れ場所を見つけたとすれば、本当に一日が潰れてしまいます」


 「何処か他に回っていない場所は無いでしょうか・・・」


 アンネとルミネが慌てていると、俯いていたベルガモットが顔を上げた。


 「アンネさん、そう言えば師匠の自室は探さないんですか?」


 「清宏様のお部屋ですか?あそこは清宏が鍵を掛けてらっしゃいますし、部屋自体が密閉されていてあの子達は入れませんから、可能性はかなり低いと思います・・・」


 ベルガモットの質問にアンネが答えていると、それを聞いていたルミネが手を叩いた。


 「いえ、今なら十分可能性がありますわ!先程、気絶した信濃様を休ませる為に、清宏さんが自室を使わせていたはずですもの!」


 「確かに、鞍馬様がベッドよりも普段使っている畳の方が良いとおっしゃってましたから、今ならあの子達も入れるかもしれません・・・では、少し気は引けますが見に行ってみましょうか」


 「師匠の自室かー、どんな部屋なんだろ?」


 3人は新たに目的地を定め、玉座の裏にある清宏の自室の襖の前まで移動する。

 ルミネは襖に手を掛け、鍵が開いているか確認するため少しだけ開いた。


 「やっぱり開いてますわね」


 「勝手に入ったら清宏様に怒られないでしょうか・・・」


 「師匠には、アリーちゃん達が入って信濃様に悪戯したら困るから探しに来たって言っとけば良いんじゃないですか?」


 部屋の前まで来たは良いが、3人は清宏怖さになかなか中に入れない・・・すると、そんな3人に気付いたリリスが近付いて来た。


 「どうしたんじゃ、3人揃って清宏の部屋の前で何をしとるんじゃ?」


 『!?』


 急に声を掛けられた3人は一瞬硬直したが、声の主がリリスである事を知り安堵して振り返った。


 「リリス様でしたか・・・私達は今アリーちゃん達を探している最中なのですが、もしかしたら清宏さんの部屋に入り込んでいるのではないかと思いまして探しに来たんですの・・・」


 「なんじゃそんな事か・・・まあ、良えのではないか?この部屋自体清宏もあまり使わんし、普段鍵を掛けとる割に大した物も置いとらんみたいじゃから、後で一言伝えとけば良えじゃろ!」


 リリスはそう言って笑うと、何の躊躇も無く襖を開け、靴を脱いで中に入る。

 アンネ達もそれに倣い靴を脱ぐと、恐る恐る中に入って行く。

 4人が部屋に入ると、そこはいつも通りの見事な純和風、ただ一つだけ違うのは、今畳の上で寝ているのが魔王信濃と言う事だ。


 「初めて入りましたが、これはまた・・・」


 「殺風景とか質素と言うのとは違うんですけど、まとまっていて妙に落ち着く雰囲気です・・・」


 「本当に落ち着く雰囲気です・・・時間が過ぎるのを忘れてしまいそうになります」


 「清宏曰く、これを『侘・寂』と言うそうじゃぞ・・・まあ、妾にはまったくもって意味不明で理解出来んのじゃがな。

 それにしても、信濃の奴は何でこんなうなされとるんじゃ・・・」


 物珍しそうに室内を見ていたアンネ達にややぶっきらぼうに答えたリリスは、信濃の顔を覗き込んで首を傾げた。

 尻尾を潰さない様に布団に横向きで寝ている信濃は、悪夢にうなされているかの様に苦悶の表情を浮かべて唸っている。

 それを心配した3人も近付いて様子を見ようとしたが、信濃の被っている掛け布団が不自然に盛り上がっているのに気付いてゆっくりと中を確認した。


 「あ・・・居ましたわ」


 「気持ち良さそうに寝てますぬ・・・」


 「まさか、信濃様の尻尾を抱き枕にしてるなんて・・・こんなの探しようがありません」


 掛け布団を巻くって中を見たアンネ達は、信濃の尻尾に抱きついて寝ているアリー達を見付けて畳の上にへたり込んだ。

 それを見たリリスは、何を思ったのか布団の中に潜り込み、自分も信濃の尻尾に抱き付いた。


 「な、何じゃこの抱き心地は!これは・・・これは癖になるのじゃ!・・・スヤァ」


 「なっ、リリス様!?まさか、本当に・・・スヤァ」


 「私もやってみよ・・・スヤァ」


 「ルミネ様とベルガモット様まで・・・わ、私も少しだけ・・・スゥ・・・スゥ・・・」


 即落ちしたリリス達を見ていたアンネまでもが尻尾に抱き付き、すぐに寝息を立て始める。

 皆が皆夢の世界へと旅立ち、うなされている信濃の声だけが静かな室内に響く。

 それからどれだけの時間が過ぎただろうか、皆が寝静まっていた部屋の襖がゆっくりと開き、清宏が顔を覗かせた。


 「何これ・・・どうしてこうなった?」


 「清宏様、見つかりましたか?・・・これは、どう言う状況なのでしょう」


 自室内を見て困惑している清宏の肩越しに、アルトリウスが顔を覗かせ、室内の光景に首を傾げる。

 清宏の自室の中では、信濃の寝ている布団からリリスやアンネ達4人の足だけがはみ出ているのが見える。


 「こ、これは!?実に羨まけしからんな・・・俺も寝るーっ!!」


 ゆっくりと近付いて布団の中を見た清宏は、信濃の尻尾を抱き枕にして寝ている5人と2匹を見て震え出すと、自分も残っている2本のうち片方に抱き付いてアルトリウスを手招きした。


 「アルトリウス、お前も来てみ?これは経験しとかないと後悔するぞ・・・」


 「その様なはしたない真似をする訳には・・・」


 「お前が目指すべきモフモフがここにある!」


 「清宏様がそこまでおっしゃるならば・・・こ、これは!?・・・スヤァ」


 「ふふふ・・・やはりモフモフには勝てなかったか」


 アルトリウスまでもが即落ちしてしまい、清宏は小さく笑って深い眠りに落ちて行った。

 結局、寝落ちした全員が目を覚ましたのは、陽が傾いて冒険者達が帰り始めた頃だった。


 

 


 

 

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