第210話 東端の魔王①
リリス達が異世界の神々の来訪で慌てふためいているその同時刻、リリスの城から東に遠く離れた和の雰囲気を持つ国の一角、雲より高い山の頂に建造された巨大な城の屋根の上では、一体の人ならざる者が麓の町を見ながら身悶えていた。
その人ならざる者は、陽の光にすら勝る程に輝く金色の髪をツインテールにし、はだけた赤い着物の隙間からは雪の様に白く美しい肌を覗かせ、妖艶な姿態を見せびらかしている。
その者は側から見れば絶世の美女なのだが、それ以上に他者の目を惹く物がある。それは、髪と同じく金色に輝くピンと尖った獣の耳と、腰の辺りから生えた炎の様に揺らめく九つの尻尾だ。
この外見的特徴が一致する人ならざる者は1人しか居ない・・・東端の国の魔族を統べる者、魔王信濃だ。
城の屋根の上で身悶えながら下を見ていた信濃は、バランスを崩して落ちそうになり、我に返って何とか踏み止まって口元のヨダレを袖で拭った。
「うへへ・・・ほんま朝は猫又観察に限るわ」
「・・・ょう」
何者かの声がしたが、信濃は全く気付かずに相変わらず下を覗いたまま腕を組んで唸る。
「それにしても、最近多摩の姿が見えへんのが気になるな・・・まさか、あの可愛さに惚れ込んだ賊に攫われたんか!?こうしちゃおれん、早う助けたらな!!」
「・・・嬢・・・お嬢!!」
「うおっ!?な、何や鞍馬か・・・ビビらせんなや、落ちたらどないすんねん!?」
大きな声で呼ばれた信濃は、驚きのあまり再度バランスを崩し、今度は屋根を転がって落ちる寸前で宙に浮いて事なきを得た。
信濃はホッと安堵のため息をつき、声の主を見て全身で怒りを表現しながら怒鳴る。
信濃を呼んでいた者は鞍馬・・・彼女の副官である烏天狗だったらしく、鞍馬は怒る信濃を気にも留めずただ聞き流した。
「お嬢、急ぎ報告致したい事があるんですが、今良えですか?」
「あぁん?ウチは今、日課の猫又観察の最中や!その後は朝風呂入って朝食やらで忙しいし、そんなんは後にせえ!!」
「さいですか・・・では後ほど」
「ほんま自分は毎回毎回間が悪いねん・・・ウチが楽しみを邪魔されんの大嫌いなんは知っとるやろ!?」
「へい・・・自分は空気を読むんは苦手なんで。
あ・・・一つだけ言わせて貰いますが、後から聞いても当たらんといて下さいね?」
「わーっとるわい!お前は早う去ねや!」
見るからに不機嫌な信濃は、鞍馬をしっしっと手で追いやる。
流石にカチンと来たのか、鞍馬はわざとらしく大きなため息をつくと、信濃の前に降りて屈み、顔を覗いて嫌味ったらしい笑みを浮かべた。
「今更ですけど、覗き言うんは人間に限らず魔族でも褒められた事とちゃいますよ?せっかくの万里眼なんて希少なスキルも、覗きにしか使われんとなると可哀想になって来ますわ・・・」
「喧しわ!自分も千里眼とウチが譲った順風耳持っとるやろが!?」
「自分は監視や偵察なんかで有効活用しとりますし、万年覗き魔のお嬢と比べるんは流石に失礼ちゃいますか?」
「ぐぬぬ・・・ほんま自分はそのああ言えばこう言う性格どうにかせえ!ウチが主やって事忘れたらあかんで!!」
「へいへい・・・んじゃ自分は行きますんで、早めに切り上げて下さいよ?あんまりあからさまに覗いてるんは品がないですからね・・・あ、ヨダレを垂らしとる時点で品性の欠片も無いんやったわ」
「去ね!これでも食らって落ちろドアホ!!」
皮肉を言いながら飛んで行く鞍馬に対し、信濃は瓦を剥がして投げ付ける。
だが、鞍馬は予想していたのか視えていたのか、背中に目が付いているかの様に、振り向きもせず最小限の動きだけで難なく回避した。
「その屋根、お嬢が自分で修理せなあきませんからね?他の者にも手伝わんように言っとくんでー」
愉快そうに笑う鞍馬は、最後に自身の主に対してお尻ペンペンをして飛び去って行った。
信濃はそれを見て顔を真っ赤にして地団駄を踏んだが、屋根が更に悲惨な状態になってしまい、泣く泣く修復作業を済ませ、埃を落とすため風呂に向かった。
「はぁー・・・良えお湯やなー・・・ひと仕事済ませて入る風呂は最高や」
「おひいさま、湯加減はどないです?」
信濃が肩まで湯船に浸かって至福の時を過ごしていると、浴室の外から女性が話しかけて来た。
信濃は湯船に浸かったまま、顔は向けずにその女性に手を振る。
「丁度良えでー。なあ、自分も入ったら良えのに・・・」
「ウチはまだやらなあかん事がありますし、何よりおひい様と同じ湯に浸かるんは恐れ多くて・・・」
「そんなん気にせんと入り、ウチが許す!!
まあぶっちゃけた話、自分で髪や尻尾を洗うんが面倒やから手伝って欲しいんよ・・・なあ、手伝ってくれへん?それに、誰かと話しながら楽しく入るんも良えと思わん?」
信濃の誘いを断り切れなくなった女性は、着物を脱いで浴室の扉を開け、三つ指をついて深々と頭を下げた。
「失礼致します・・・」
「何や、そないに畏まらんでも良えのに・・・ウチがお願いしたんやし、自分は気にせんと手伝ってくれたら良えんよ?」
「それはあきません!おひい様とウチでは立場も格も違うんですから!!」
「むう・・・自分、なかなか頑固やなー・・・。
ま、良えわ・・・ウチもちゃんと主として敬って貰えるんは嬉しいしな!なあ、頼むから自分は鞍馬みたいになったらあかんで?」
信濃は湯船から上がり、椅子に腰掛ける。
普段はまず髪や尻尾を洗ってから湯船に浸かるのだが、流石に瓦の張り替え作業は疲れたのか、着物を脱いで浴室に入るなり湯船に飛び込んでしまったため、後回しになったのだ・・・清宏が知ったらマジ切れする事は間違いない。
女性は椅子に座った信濃の背後で膝をつくと、髪や尻尾の毛を傷めない様に細心の注意を払いながら指で梳かす。
信濃は余程気持ちが良いのか、目を細めて鼻歌を歌いながら身を任せた。
「自分、梳かすの上手いなー・・・ほんま、頼むなら同じ髪の長いのに限るわ。
こうして見ると、やっぱ黒髪も良えなー・・・確か、自分は絡新婦やったっけ?」
「へい・・・まだ化けれる様になって日は浅いんですけど、こうしておひい様にお仕え出来てほんまに光栄に思います」
「そう思って貰えてんなら、わざわざ何が来るかも分からん召喚をした甲斐があったってもんや。
あんたも美人さんなんやから、仕事ばっかやなくて身嗜みにも気を遣わなあかんよ?まあ、サボってばっかのウチが言うなって話しやけどな・・・」
「サボってばっかやと、また鞍馬様に小言を言われてしまいますよ?」
「そんなん毎日の事やろ?今日も既に散々嫌味を言われた後や・・・ほんま嫌な奴やで彼奴。
さて、ありがとうな!ほんなら一緒に朝食までゆっくりと湯船を堪能しよか!」
信濃は絡新婦に礼を言って立ち上がると、手を引いて一緒に湯船に浸かる。
非常に自分勝手で周りの都合を考えない性格のようだが、鞍馬以外の配下との関係は良好のようだ。
その後、朝風呂と朝食を堪能して幸せ一杯の自分に、ここ数百年で最も大きな問題が降り掛かる事など、今の彼女は知る由も無かった。
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