第211話 東端の魔王②

 たっぷり1時間もの間朝風呂を満喫した信濃は、絡新婦に着替えを手伝って貰い、朝食を摂る為自室へと向かう。

 自室へ向かう途中、絡新婦と同じ着物を来た女中らしき者達とすれ違う度、信濃は一人一人笑顔で話しかけては調子を聞くなどして何かと皆を気遣っており、自身の配下に絶大な信頼と愛情を注いでいる姿は、魔王である事を感じさせない不思議な魅力に満ちていた。

 度々立ち止まっては話をしていた信濃が、何とか自室に辿り着いて敷かれていた座布団に座ると、それを見計らったかの様に豪勢な食事が運ばれて来た。


 「今日の献立は何やー?やっぱ、1日の始まりは好きな物食べんとやる気半減やからなー・・・おっ、油揚げのネギ味噌焼きと味噌汁があるやーん!作ってくれたん誰やー?これは直接愛してるって言ってやらなあかんなー!!」


 目の前の朝食を見た信濃は、嬉しそうに独り言を呟き、綺麗な箸使いでネギ味噌焼きを一切れ食べて幸せそうに笑った・・・彼女の感情に呼応するかの様に尻尾がゆらゆらと揺れている。

 続けてネギ味噌焼きを食べた信濃は、次に味噌汁を飲んで口の中をリセットして一息つくと、周囲を見渡して首を傾げた。


 「そう言やあ、さっきから鞍馬の姿が見えんのやけど、彼奴どこ行ったん?まさか、ウチを怒らせて逃げたままサボってんとちゃうやろな・・・」


 「鞍馬様でしたら、御姫様が屋根を直してる最中にちょっと出て来る言うてましたけど・・・何や珍しく鬼気迫る表情してはったので、余程の事でもあったんやと思います」


 「彼奴が鬼気迫る表情ねぇ・・・彼奴がさっき急ぎの報告がどうとか言うてたけど、これはまさかほんまにヤバいんかな・・・」


 先程までピンと立っていた耳が垂れ、信濃は不安そうな表情で俯くと、ちびちびと料理を口に運ぶ。

 配下達が元気の無くなった主を心配そうに見ていると、廊下から大きな足音が聞こえて来た。


 「誰や?騒がしいなあまったく・・・」


 信濃が箸を置き口元を拭って廊下の方を見ると、足音が部屋の前で止まり、勢い良く襖が開いて鞍馬が入って来た。


 「入る時は一言断りを入れんかい・・・で、どうしたんや、自分どっか行っとったんやろ?」


 「お、お嬢・・・奴が・・・奴が消えてまいました!」


 「奴?奴って誰や・・・おい、まさかあの腐れ骸骨の事を言うてんのか!?ちょっと前に封印を強化したばっかりやないか!いつからや・・・いつから居らんのや!!」


 鞍馬の報告を受けた信濃は、血相を変えて立ち上がる。


 「自分も、最近なんや奴の出す瘴気が薄くなっとる様には見えとったんですわ・・・せやけど、今までにもそんなん何度かありましたし、自分もいつもの事やとあんま気にしてへんかったんですが、今朝には奴を閉じ込めとる祠まではっきりと・・・。

 ただ、いつから奴が居らんのかについては何とも・・・一応、今し方直接行って確認して来たんですが、奴の気配をまったく感じなくなっとるんですわ」


 「何でそない大事な事を早よ言わんかったんや!あの腐れ骸骨がどんだけヤバいんかは自分も身を持って知っとるやろ!?彼奴に・・・彼奴にウチの可愛い連中がどんだけ喰われたか!牛鬼も土蜘蛛も大百足も・・・戦える者だけやなく、戦えん者まで魂ごと根こそぎ喰らい尽くしたんやぞ・・・それやのに、何でまた・・・」


 全身の力が抜け、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちた信濃は、怒りと悔しさで顔を歪めて涙を零す。

 普段は見せない主の悲痛な姿に、その場に居合わせた者だけでなく、騒ぎを聞きつけて集まった者達まで言葉に詰まる・・・だが、ただ1人鞍馬だけは信濃に歩み寄り、肩を抱いて立ち上がらせた。


 「お嬢、ここで泣き言を言うとっても何も変わらんでしょう・・・それよりも、まずはお嬢に一緒に確認して貰わんとあきませんし、もしほんまに奴が野に放たれたんやったら、急いで今後の対策を検討せんとまたあの時の繰り返しになるんとちゃいますか?」


 「せやな・・・ほんま自分の言う通りや。

 皆もすまんかったな、こんな弱気な姿見せてもうて・・・何も心配あらへんよ、あんた等はウチが必ず守ったるから安心し!!鞍馬、準備は出来とるな!?」


 「へい、戦える者は全員とっておきを装備して既に待機しとるんで直ぐにでも・・・こう言う時の為にドデカイ借金こさえてまで揃えたんやし、あんま放置しとったらその内カビて使えんようになるんは目に見えてますしね」


 配下達を安心させようと奮起した信濃は、瞳に炎を揺らめかせながら鞍馬を振り返って確認をしたが、返事を聞いて途端に意気消沈してしまった。


 「あのなぁ、せっかくウチが珍しくヤル気出したっちゅうのに、つまらん事言ってくれんなや・・・いまだに早よ借金返せってヴァルカンとアルコーから催促くんねんぞ・・・」


 「あちゃー・・・そらすんまへん、場を和ませよう思ったんが裏目に出ただけなんですわ。

 まあ、あまり力んどったら出せるもんも出せへんですし、お嬢は適度な緊張感だけ残しとってくれたら、後は自分等の後ろで油断せんでどっしり構えとってくれたら良えんです・・・奴とやるんは自分等の仕事ですんで。

 さて、自分は今までただ遊んどった訳や無いってとこを奴に見せたらなあきませんな」


 ジト目で睨んで来る信濃に対し、悪びれもなく笑いながら返事をした鞍馬は、アイテムボックスから取り出した漆黒の太刀を腰に佩き、金の装飾が成された錫杖を右手に持つと、信濃を振り返って角ばった棒状の何かを差し出した。


 「お嬢、こいつを・・・せっかくの特注品なんやし、たまには使ってやらなあのお2人からまた小言を言われてしまいますよ」


 「あー・・・確かに、造って貰ってからは一度も使ってへんからなー・・・うわ、やばいな埃かぶっとる」


 信濃は鞍馬から受け取った物に付着していた埃を拭き取り、勢い良く振り下ろした・・・その棒状の物体は、振り下ろされた事で扇状に広がる。


 「うん、やっぱあの2人は良え仕事するわ!注文通り見事なもんや!!」


 「うわ、色々と注文付けとった割に今初めて見るとか無いわー・・・いくら何でもあのお2人に失礼なんとちゃいます?」


 「忘れとっただけや!ほれ、くっちゃべっとらんと早う行くで!!」


 バツが悪そうな信濃は無理矢理話を切り上げ、自室を後にする。

 それを見て小さく肩を揺らして笑っていた鞍馬は、集まっていた者達を安心させる様に頷き、先に出て行ってしまった信濃を追った。

 

 

 


 




 

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