第207話 ビッチーズ達の名前

 気絶したアンネが目を覚まし、夕飯と風呂を済ませた清宏は、クリスからの頼みを思い出してアンネとレイスを呼んだ。


 「すまんな、ゆっくりしてたのに呼びつけて」


 「清宏様がお呼びとあれば、私はどの様な状況であろうと馳せ参じます」


 「私はお風呂に入っている途中でなければ大丈夫です・・・」


 「この従順さ・・・感動し過ぎて涙が出てきそうだわ」


 清宏はわざとらしく目元を拭い、咳払いをして2人を見る。


 「冗談はさておき、2人を呼んだのは頼みたい事があったからなんだ」


 「頼みと言わず、御命令いただければ私共はご期待に応えられるよういたしますが・・・」


 「私も頑張ります」


 2人の言葉に清宏は苦笑して首を振り、ウィルやシスと魔道具について熱く語っているベルガモットを見た。2人も釣られてベルガモットを見ると、清宏の考えを理解出来ずに首を傾げた。


 「2人はベルガモットを見てどう思う?」


 「どうと言われましても、私は非常に活発な方であると思いましたが・・・」


 「私もレイス様と同じです・・・ただ、一つ付け加えるならば、クリス様の御息女にしては身嗜みなどが気になります・・・」


 2人の答えを聞いた清宏は頷き、ため息をついた。


 「だよねー気になるよねー・・・俺も初めて見た時はビックリしよ。俺の事を清宏(仮)とか言い出したかと思えば熱い手のひら返しをするし、良く言えば自由奔放、悪く言えば正直言い尽くせない程ダメダメだ。

 それでな、話を戻すと、俺が今回彼女をうちに連れて来たのは、弟子入りが目的じゃないんだわ」


 「はあ・・・それでは何故お連れになられたのでしょうか?」


 「クリスさんに、娘を一人前の淑女にして欲しいって頼まれたんだよ。2人はビッチーズ達を教育した実績があるし、このままじゃ嫁の貰い手が居ないって泣き付かれてさ・・・正直断れんかった。

 2人には色々と仕事を任せてるしこれ以上はと思ったんだが、クリスさんの頼みを無碍には出来んからな・・・だから、これは命令じゃなくて頼みなんだよ。元々俺が持ち込んだ話だし、別に断ったって2人を責める気は無いから安心してくれ」


 清宏が頭を下げると、2人はしばらく困った様に見つめ合って頷いた。


 「清宏様とクリス様からの頼みとあれば、及ばずながら全力を尽くさせていただきます」

 

 「私もご期待に応えられるよう頑張ります!」


 「そうか、本当に助かるよ・・・正直、会談に向けての準備や他の魔王に渡す魔道具の製作なんかで猫の手も借りたい状況だったからな・・・それじゃあ、早速明日から頼むよ」


 2人は清宏にお辞儀をし、離れて行く。

 すると、それを見計らったかの様なタイミングでリリがやって来た。


 「清宏、ちょっと良いかしら?」


 「おう、構わないぞ?どうした、微妙そうな顔をして・・・」


 「えっとね、あんたが忙しいのは分かってるんだけど、ちょっと頼みがあるの・・・」


 モジモジとしながら頭を下げたリリを見て、清宏は椅子を差し出した。


 「まあ座れよ、お前が俺に頼みなんて珍しいし、出来るだけ聞いてやるよ・・・でも、後回しになっちまう可能性があるって事だけは理解してくれ」

 

 「ありがと・・・助かるわ」


 「で、どうした?」


 「えっとね、私の事じゃないんだけど、実はビッチーズ達が名前が欲しいって言ってるの」


 リリの頼みを聞いた清宏は目が点になり、頭上にドデカイ『?』マークが浮かんだ。

 リリはそれを察したのか、苦笑して首を振る。


 「ちょっと、そんな顔しないでよ・・・言いたい事は私にも分かるから。

 あのね、あの子達皆んな自分の名前忘れちゃってるみたいで、今は番号呼びが定着してるけど、お客さん達からちゃんとした名前を呼びながらの方が楽しめるって要望が来てるらしいの・・・名前があるだけでお客さんが満足出来るなら安い物だし、考えてあげて欲しいのよ」


 「ああ、そう言う事か・・・あいつ等が名前を名乗らないから、てっきり言いたくないのかと思って聞かなかったんだが、まさか自分の名前すら忘れてたとは驚きだな」


 「私は貴方のそういうとこに驚いてるわ・・・察しが良いのか悪いのか、妙なとこで的外れよね」


 「仕方ねーだろ、俺だって人間だし欠点なんざいくらでもあるんだよ・・・。

 お前だって、もし恥ずかしい名前だったら自分から言いたいと思うか?聞かれても言いたくない名前だったらどうするよ・・・俺なら即改名するけど」


 「それは確かに嫌だけどさ・・・でも、あの子達気にしてたのよ?自分達は名前を忘れちゃったけど、貴方が何も聞いてこないのは自分達に興味が無いからなんじゃないかってさ」


 「そうか、そりゃあ悪い事しちまったな・・・あいつ等は慣れねー事にも頑張って一番稼いでくれてるのに、蔑ろにされてると思われてるならそれは俺が至らなかったって事だ」


 清宏の言葉を聞いたリリは、慌てて首を振る。


 「ちょっと、何でそんな重く捉えるのよ!貴方はちゃんとやってるし、あの子達も感謝してるんだから!!・・・ただ、時間がある時にでも名前を考えてあげて欲しいってだけよ・・・たぶん、それだけであの子達は喜ぶからさ」


 「分かった・・・ならすぐにでも考えよう。

 お前は庇ってくれたが、実際至らなかった俺の責任だし、あいつ等が喜ぶなら早いに越した事はないからな・・・それに客の要望でもあるなら尚更だ」


 「あ、あんまり無理しないでよ?」


 「大丈夫だよ。それにしても20人か・・・これは他の奴の意見も欲しいところだな」


 清宏は広間に居る他の仲間達を順に見ていき、リリスを見つけて手を振った。


 「リリス、ちょっと来てくれるか?」


 「おーう何じゃ何じゃ?妾に何か用かの?」


 「おう、取り急ぎビッチーズ達の名前を考えるから意見をくれ」


 「名前じゃと?自分の名前があるのではないのか?」


 「忘れたんだと・・・だから、今から考えてやらなきゃならん」


 「ふーむ・・・じゃが、20人ともなれば難儀じゃなぁ」


 清宏とリリスは腕を組んで唸り、天井を見上げた・・・その動きが余りにも揃っていたせいか、リリは笑いを堪えて震えている。


 「なあ清宏よ、ただ1人ずつ考えておっては今日中には終わらんのではないか?出来れば皆何か関連付けて、それに因んだ名前にした方が決めやすいし、何よりあやつ等や妾達も覚えやすいと思うんじゃが・・・」


 「確かにな・・・実際、乙姫コンビと浦島太郎達もそうやって考えたし。だが、20人全員関連付けるとなると候補がな・・・」


 「何かお主が知っとる物語やらの登場人物の名前の中から、女性の名前を選んで決めたらどうかのう?妾はそっちのネタには乏しいし、お主ならそっち方面も豊富じゃろ?」


 「女の登場人物が多い作品ねえ・・・しかも、あいつ等の見た目じゃ日本ぽい名前は合わないし難し・・・いや、あれなら良いか?」


 清宏は何かを思い付いて手を叩くと、紙とペンを取り出してメモを取り始めた。


 「えっと、他は何だったかな・・・確か、23人いたはずなんだが・・・」


 頭を抱え、記憶を辿りながら何やら書いている清宏の横で、リリスは書かれている文字を読み上げる。


 「ブリュンヒルデ、エイル、ゲイラヘズ、ゲル、ヘリヤ、アルヴィト、ヒルド、フロック、フリスト、カーラ、ミスト、エルルーン、ランドグリーズ、レギンレイヴ、ロータ、サングリーズ、シグルーン、スクルド、スリマ、スルーズ・・・何じゃこれは、呪文か何かか?」


 「いや、向こうの世界に北欧神話ってのがあってな、それに出てくる女性の名前だ。それぞれに意味があるんだが、そこまでは興味無くて覚えてないがな・・・」


 「いや、これだけ覚えてるだけでも凄いわ・・・正直呆れるんだけど」


 「それを言うな・・・厨二病と言う不治の病を患うとな、こういうのを嫌でも覚えちまうんだよ」


 若干引き気味のリリに対し、清宏は悲しげな表情で呟いてメモを渡した。


 「ビッチーズ達には、上から順番にこの名前を付けてやってくれ。俺の記憶が正しければどれも変な意味じゃないから、安心するように言っておいてくれ」


 「ありがと、助かったわ。じゃあ、私はあの子達に伝えて休むわね」


 「ああ、おやすみ」


 「ゆっくり休むんじゃぞー・・・して清宏よ、さっきの名前は神話の人物と言っておったが、どんな女達なんじゃ?」


 リリを見送ったリリスは清宏に尋ねる。

 清宏は人差し指で頬を掻き、苦笑した。


 「さっきのはワルキューレって言って、戦死者を天上の宮殿ヴァルハラへ導く半神達の名前だな」


 「何ちゅう罰当たりな・・・そんな名前を魔族に付けるとは、お主にはいずれ天罰が降りそうじゃな・・・」


 「今ここで起こった事を向こうの誰が知ってるってんだよ?もしバレたら、偶然とか奇跡で通しとけば良い・・・もしそれが無理なら、名前なんてそいつだけの物じゃ無え、勝手に独占すんなって言ってやるよ。そうだ!この際、娼館の名前もヴァルハラにするか!!」


 「傲岸不遜極まっとるな・・・もしお主が半神相手に今の言葉を言えたなら、妾は心底尊敬してやるわい」


 清宏の発言に呆れたリリスは、それ以上何も言わずに欠伸をしながら自室に入って行った。






 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る