第206話 ???の唐揚げ

 厨房に向かった清宏達4人は、それぞれ役割を決めて作業に取り掛かる。

 清宏とアンネは主菜の調理を、レイスとレティは仕入れた食材を保管庫に入れてからスープやサラダなどの副菜類を調理する事になった。

 清宏はレイス達に仕入れた食材を預け、その中からザルから溢れんばかりの小魚を持って来て台の上に置くと、調理器具の準備をしていたアンネがその小魚を見て包丁を床に落とした。


 「き、清宏様・・・その醜悪な魚の山は一体何なのですか・・・」


 「ん?今夜のメインだけど・・・やっぱりこっちじゃ食べないのか?」


 「それを食べるのですか!?と言う事は、私はそれを捌かなければならないのですね・・・」


 「嫌か?」


 「嫌と言うより、苦手と申しますか・・・死んだ魚は、捌く時にどうしても目が合ってしまって怖いのです・・・」


 恥ずかしそうに答えたアンネを見て、清宏は心がほっこりとして笑った。


 「苦手ならしょうがないって!確かに、あの目で見られると何か訴えかけられてる気持ちになるからな・・・まあ、これは俺が捌くからアンネは塩と胡椒、小麦粉を用意しといてくれ」


 清宏は手早く指示を出すと、大量の小魚の鱗や頭、内臓を取り除いて水気を取ってアンネに渡す。

 頭が無ければ平気らしく、アンネは清宏の指示に従って下処理に済んだ小魚に塩と胡椒を振りかけていく。

 2人が黙々と作業をしていると、保管庫から戻って来たレイス達がアンネ同様小魚を見てドン引きした。


 「何なんですかこの小さい魚・・・キモっ!」


 「これは、食べても大丈夫な魚なのでしょうか・・・」


 「本当勿体ないわお前等・・・これ、見た目は確かに悪いけど、めちゃくちゃ美味いんだぞ?正直言って、俺は魚の中ではこれが一番好きだ」


 「ご主人様が好きな魚って言うなら興味はありますが、私は食べるの迷いますね・・・」


 小魚を指で摘んで持ち上げたレティは、顔をしかめながら目の前でプラプラと揺らす・・・そして、事件が起こった。


 「あ・・・ごめんアンネ」


 「ひっ・・・!?」


 ぬめりで指からすっぽ抜けた小魚は、アンネの可憐な顔を目がけて綺麗な放物線を描きながら吸い込まれる様に飛んで行き、鼻先にビタッと音を立ててぶつかると、そのまま床に落下した。

 被害に遭ったアンネは、驚いて両手を上げたまま動かなくなっている。


 「食材を粗末に扱うな!」


 「ありがとうございます!!」


 レティは清宏の拳骨を食らって嬉しそうにしているが、流石に脳が揺れたのかその場にしゃがみ込んでしまう。

 動かなくなってしまったアンネを気に掛けたレイスは、近付いて目の前で手を振り、清宏を振り返った。


 「アンネ様は旅立たれました・・・」


 「突然の死!マジで!!?」


 「気絶です」


 「えっ、そっち?紛らわしいから止めてくれ、流石に焦るわ・・・」


 清宏はレイスに苦笑しながら気絶したアンネを確認し、抱き上げて近くの椅子に座らせた。


 「ガラスの仮面みたいな白目なんて、まさかリアルで見る事になるとは思わんかったわ・・・。

 おいマゾヒスト、アンネの代りにお前が手伝え」


 「ご主人様の命令とあらば、キモい魚を捌くのもご褒美です!」


 「では、私は他を進めておきましょう」


 「1人で大丈夫か?」


 「問題ございません。清宏様がお戻りになる前に、下ごしらえは済ませておりますから」


 「パーフェクトだ、レイス」


 「感謝の極み」


 清宏とレイスはフフフと笑い合い、調理を再開する。

 アンネの代りに清宏の補助をするレティは、ダンジョンでの夜営や移動中の料理番をしていただけの事もあり、なかなかに腕が良い。彼女は性格は明るく、見た目も良くて仕事も出来る・・・だが、その全てを台無しにしてしまう個性さえ無ければと仲間達は思っているが、そんな事など彼女には関係無く、常にブレない姿勢は見事なものだ。

 塩と胡椒を振ってしばらく置いた小魚に満遍なく小麦粉をまぶし、清宏とレティは大きな鍋で2人がかりで揚げて行く。


 「うーん良い匂い!ここまで来ると、元のキモさとか関係なく食欲が湧きますねー!」


 「あのな、調理しても見た目がキモいままだと、それはそれで問題があると思うんだが・・・。

 本当は揚げ物作る時は皆んなの前でやりたいんだがな・・・まあ邪魔するから無理だろうけど」


 「何でです?別に出来上がったのを持って行くだけでも良いような・・・」


 清宏は首を傾げているレティを鼻で笑い、人差し指を立てた。


 「ただ出来上がった物ってのは、臭覚と味覚でしか味わえん。だが、揚げ物は揚る時の油の跳ねる音や、徐々に小麦色に変わっていくのを自分の耳と目で直接感じて楽しめる・・・要は聴覚と視覚も刺激される訳だな。

 お前はさっきはキモかったと言っていたが、実際今は美味そうに見えるだろ?ただ、それは食材を見て完成品を出されただけじゃ感じない・・・むしろ抵抗感は消えないだろう。だが、美味しそうに見えるようになったのは、お前自身が楽しめたからだと俺は思うよ」


 「確かに・・・私も作ってる時って、楽しくなって我慢出来なくなるんですよねー。味見と称してつまみ食いをした事も何度となくあります!」


 清宏は恥ずかしそうにしているレティを見て優しく笑い、菜箸で揚がったばかりの小魚を一つ摘んで差し出した。


 「臭覚、視覚、聴覚は体験したな?あとは味覚だけだ。ほれ、出来立てを味見と称して食えるのは調理した奴の特権だぞ?」


 「うわ・・・何かご主人様にあーんして貰うのって照れますね・・・では、いただきます」


 「どうだ、美味いだろ?」


 揚げたての熱さにハフハフと言いながら食べていたレティは、清宏の言葉に目を輝かせた。


 「ほくほくで柔らかくてめちゃくちゃ美味しいですよこれ!しかも、骨を取ってないのに全然気になりません!!」


 「だろー!これで飲む酒がまた格別でなー・・・よし、今夜はこれで一杯やろう!」


 「こんなに美味しい魚だったんですねー・・・見た目じゃないですね本当。それで、この魚って何て名前なんですか?」


 「こいつはメヒカリって名前の深海魚で、脂が多くて骨が柔らかいから今日みたいに唐揚げにしても良いし、天ぷらや塩焼き、新鮮なら刺身も美味いぞ!旬はもうちょっと先なんだが、元から脂が多いから年中美味い!今後は定期的に優先して卸して貰える約束になってるから、また次に色々と試してやるよ!」


 「た、楽しみすぐるっ!」


 テンションの上がった清宏達が騒いでいると、椅子に座らされていたアンネがビクリと身体を震わせて飛び起きた。


 「わ、私をそんな死んだ目で見ないで下さーーい!!・・・あ、あれ?大量の小魚の群れはどこに・・・」

 

 「どんな夢見てんの君・・・」


 呆れた清宏に尋ねられ、アンネは顔を真っ赤にして俯いた。余程恥ずかしいのか、耳まで真っ赤だ。


 「その・・・先程の死んだ小魚が、部屋の壁や天井にビッシリと貼り付いて私を見つめてくる夢を見てしまいました」


 「怖っ!!」


 「実際にそんな事になったらトラウマになりそう・・・」


 アンネの夢の内容を聞き、清宏とレティは身震いしている。

 夢であった事に安堵したアンネは、照れながら顔を上げて鼻をひくつかせた。


 「何か良い匂いがするのですが・・・」


 「おお、そうだった!アンネも食べてみ?美味いぞ!」


 「へっ?あっ、ちょっ・・・流石にレイス様とレティ様の見ている前では恥ずかしいです!」


 「えーっ、私はして貰ったよー?」


 メヒカリの唐揚げを口元に突き出されたアンネは慌てて首を振ったが、レティの言葉に反応してパクリと食らいついた。

 アンネは少し熱が冷めていた唐揚げをじっくりと咀嚼して飲み込む。


 「あっ・・・美味しい・・・どんな魚を使ったんですか?」


 「どんなって・・・こいつだよ?」


 「ひっ・・・!?」


 清宏が流し台から取り出した物を見て、アンネが短く悲鳴を上げる・・・清宏が取り出しのはメヒカリの頭部だった。

 レティはゆっくりとアンネに近付いて目の前で手を振り、清宏を振り返って苦笑した。


 「また気絶しちゃったみたいですね」


 「やっぱりかー・・・食えば大丈夫になると思ったんだけどなー」


 清宏は項垂れてため息をつくと、アンネが目覚めるまで間、残りの調理をして待つ事にした。

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