第197話 水着回ってのは豪華なものなんだよ。

 店の入り口に集まっている野次馬達を押しのけ、清宏は皿に埋め尽くされたテーブルに歩いていく。

 すると、皿の間から清宏を見つけたベルガモットが立ち上がり、笑顔で手を振った。


 「師匠、こっちですよー!」


 「おう、呼ばれんでも分かったわ。

 どうだ、腹一杯になったか?」


 「はい!海老フライ美味しいです!」


 「子供かよ・・・」


 清宏は幸せそうに海老フライを頬張るベルガモットを見て苦笑すると、行儀良く食事をしているルミネの隣の席に腰掛ける。

 ルミネは布巾で口元を拭うと、清宏に笑い掛けた。


 「思ったより早く戻って来られましたのね、そちらはどうでしたか?」


 「なんとかうまく纏まったよ・・・で、お前は何を食べてたんだ?」


 「貴方が生魚を勧めてくださいましたから、試しにホタテとサーモンのカルパッチョをいただいてみました・・・やはり生のお魚は不思議な食感でしたが、新鮮なお野菜も摂れてバランスも良いですし、美味しくいただきましたわ」


 「そりゃ良ござんした・・・んじゃまあ飯も食ったみたいだし、そろそろ行きますかね」


 「あら、貴方は食べないんですの?」


 ルミネが不思議そうに尋ねると、清宏は席を立ちながら親指で背後にある店の厨房を指差した。

 厨房では、料理長らしき男が顔の前で腕を交差させ、泣きそうな表情で首を振っていた。


 「結局食べ尽くしたんですのね・・・」


 「だから言ったろ?ほれペイン、さっさと行くぞ!皿を舐めるな汚らしい!!」


 清宏はペインの首根っこを掴んでテーブルから引き剥がし、ルミネは店主に支払いを済ませる。

 

 「あ、もう出ます?なら、最後の一口を・・・」


 ベルガモットは残っていた海老フライをまとめて頬張り、清宏の後を追って店を出た。

 店の外では、客や野次馬達がペインに対して拍手を送っている。


 「我輩、まだ食い足りないのである・・・。

 魚は魚で美味いのであるが、肉に比べて胃にたまらないのであるよ」


 「ほえー・・・この引き締まったお腹の何処にあの量が収まってるんでしょう?」


 「やめとけ、気にしたらきりがないぞ・・・それより、さっさと浜に行って次の目的を達成するぞ」


 店先でペインの腹部を触って首を傾げていたベルガモットの手を掴み、清宏が歩き出す。

 ルミネとペインも後を追う様について来る。


 「はわわ!師匠が私の手を握って・・・!これは最早デートなのでわ!?」


 「くだらない事言ってんなよ・・・」


 「ああっ・・・短い夢だった・・・」


 清宏に手を離され、ベルガモットは肩を落とす。

 ルミネはそれを見て苦笑すると、足早に歩き清宏の隣に並んだ。


 「それで、浜を中心に探すんですの?私が思うに、浜よりも人の少ない岩場の方が良いのではないですか?」


 「いや、まずは浜だな。そもそも、お前はその格好で浜や岩場を探すのか?水に濡れたら困るし、そんな格好で探し回ってたら怪しまれちまう・・・だから、俺はお前達に合流する前に水着を調達して来た!!水着なら怪しまれる事は無いし、水に濡れても平気だろ?」


 「確かにそうですわね・・・私達の目的も内容が内容ですから、あまり目立つのは避けたいですものね。それで、どの様な水着にしましたの?」


 「それは後のお楽しみだ!素晴らしい品揃えの店を見つけてな、この俺自らお前達に似合う物を厳選してきた!」


 「・・・嫌な予感がしますわ」


 ルミネは不敵に笑う清宏をジト目で睨む。

 仮にルミネが水着を気に入らず、買い直そうと思っても店にはもう1着も残っていない・・・清宏の勝ちは確定している。

 完全勝利を確信した清宏は、後を振り返ってペインとベルガモットに笑い掛けた。


 「お前達も楽しみにしてろ!」


 「あ、私は自分のがありますから大丈夫です!」


 「我輩は裸でも構わんのである」


 ペインが何気なく呟いた言葉に、周囲に居た男たちがざわめき出し、唾を飲む音が聞こえてくる。

 清宏は素早くペインに拳骨をし、蹲るペインの顔面にアイアンクローを喰らわせて持ち上げた。

 清宏より10cmは身長の高いペインの身体が完全に宙に浮いている。


 「TPOを弁えろ・・・」


 「いだいいだいいだい!!あ、頭が割れてしまうのである!!水着を・・・水着を着るから許して欲しいのであるーっ!!」


 「師匠おっかねーっす・・・女性に対してもお構いなしとは、フェミニストが見たら憤慨ものっすねー・・・」


 制裁を受けているペインを見たベルガモットが引き気味に呟くと、清宏はそれを鼻で笑った。


 「何言ってんだ、これぞまさしく男女平等じゃねーか・・・性差別でも何でもねーんだし、馬鹿やりゃあ怒られるのは男女関係ねーだろ。

 こんなくだらない事であーだこーだ言うなら、レディーファーストだって立派な男差別じゃねーか。譲る譲らないなんて、性別関係なくやりたきゃやりゃ良いんだよ・・・それでこそ平等ってもんだ」


 「師匠強い・・・鋼の自我を持ってますね」


 「まぁ、不本意ながら私も概ね清宏さんと同意見ですわね・・・」


 「あれ?私はルミネさんなら怒ると思ってました・・・」


 ルミネの意外な言葉にベルガモットは驚き、聞き返した。

 ルミネは苦笑しながら腰に手を置き、深くため息をついた。


 「私は冒険者をしていますでしょう?それに、自分で言うのも何ですが見た目も悪くない方ですから、やはり色々とあるのです。

 今でこそ顔が売れて大分減りはしましたが、それでも地方などに行けば、やれ女が出しゃばるなだとか戦えるのかなんて事を言われるのは日常茶飯事です・・・まぁ、私の階級を知れば皆黙ってしまうのですが、それでも悔しく思いますわね。

 清宏さんの場合は確かにやり過ぎに見えてしまいますが、この人には女だとか男だとか関係無く罰は罰として、功績に対しては見合う評価をする・・・そこに関しては私は認めていますわ」


 ルミネは不思議そうに首を傾げていたベルガモットの髪を優しく撫で、微笑んだ。

 事あるごとに言い争ってはいても、ルミネも清宏の事を認めているようだ。

 清宏はルミネから褒められて恥ずかしくなったのか、ペインの顔を掴んでいる手を緩め、地面に降ろして歩き出した。

 ペインに熱い視線を向けていた男達は、清宏の剣幕に恐れをなして既に居なくなっており、ルミネはペインを立たせて清宏を追った。

 それからしばらく案内の看板に従って大通りを歩いて行き、清宏達は浜に辿り着いた。

 4人は、眼前に広がる白い砂浜と青い海、そしてバカンスを満喫している多くの人々に圧倒される。


 「賑わってんなーおい」


 「これは想像以上ですわね・・・私も何度かこの街には来ましたが、ビーチまで来たのは初めてですわ」


 「私は何度かありますよ?」


 「人がゴミのようであるな・・・なんだか吹き飛ばしたい気持ちになるのである」


 「やめろ馬鹿野郎・・・さて、んじゃあ着替えてここに集合な!ほい、ルミネとペインはこれを着てくれ!」


 清宏は2人に袋を渡すと、我先に更衣室へと走り去って行った。


 「水着とかどのくらい振りでしょう・・・まぁ、この際ですし楽しみながら目的を果たしましょう」


 取り残された3人は並んで更衣室に歩いて行く。

 そして皆が更衣室に行って5分程が経ち、最初に出てきたのは清宏だった。

 今の清宏は先程までのシンプルな服装とは違い、黒い生地に赤い花の絵が描かれたサーフパンツにビーチサンダルという出で立ちだ。


 「ふっ・・・やはり、暑い日はビーサンだ!」


 「あーっ!師匠が派手になってるーっ!!」


 清宏が首に巻いていたタオルで遊んでいると、やたら明るい声でベルガモットが笑いながら走って来た。

 清宏は振り返りベルガモットを見ると、途端に顔をしかめた・・・彼女の水着がクソダサイのだ。

 ベルガモットの着ている水着は、俗にルパン水着と呼ばれる物だ・・・赤と白のボーダーが、余計痛さを醸し出している。

 道行く人々も、皆目を疑っている・・・だが、そんな事に気付きもしないベルガモットは、期待の眼差しで清宏を見ている。


 「どうですか、似合ってます?」


 身体をくねらせているベルガモットに、清宏は無言で袋を差し出す。


 「何ですかこれ?まさか、愛弟子へのプレゼント!?」


 「チェンジ!!」


 「何でですか!?私のおきになのにー!!」


 「良いから着替えて来い・・・仲間だと思われたら恥ずかしい」


 「ひ、酷い・・・」


 ベルガモットは大人しく袋を受け取り、トボトボと更衣室に歩いていく。

 清宏がその後ろ姿を見送りながらため息をついていると、女子更衣室から耳をつん裂かんばかりの怒声とともに、タオルで前を隠したルミネが走って来た。


 「やってくれましたわね清宏さん!!何なんですの、この水着は!?ほ、殆ど隠せていないではないですか!!!」


 「はっはっは!気に入ったか?お前とペインに似合うと思って買ったんだぜ!!」


 「気に入るもんですか!そもそも、こんな破廉恥な水着を何処で購入したんですの!?今すぐ買い直して来ますわ!!」


 ルミネの言葉を聞き、清宏は笑いを堪えながら首を振った。


 「行っても無駄だよ?だって、俺が他の水着も買い占めたからな!!」


 「本当に最悪な人ですわね貴方!!」


 「何であるか、騒がしいであるぞ?」


 ルミネがタオルで身体を隠しながら清宏を叩いていると、更衣室からペインが出てきた。

 その瞬間、ビーチに居た男達の視線はペインに釘付けになり、股間を押さえて中腰になった。

 ペインが着ているのは、上と下がつながっている点はワンピースと同じだが、布が縦長で首・胸・臍の横を通って股間まで左右に二分割されており、横につながる部分が首と腰しか無い非常に大胆なデザインになっている・・・いわゆるスリングショットだ。

 ルミネの持つタオルの隙間から見え隠れしている水着は、黒い生地にシルバーチェーンの飾りが付いており、彼女の白い肌に良いアクセントになっている。

 そして、ペインの物はルミネとは色違いで、赤い生地にゴールドチェーンが付いており、これもまた褐色の肌に映えている。

 ただ、恥ずかしがっているルミネとは違い、羞恥心の薄いペインは堂々としていて逆に清々しい。


 「ルミネよ、何を恥ずかしがる必要がある?貴様も似合っているではないか・・・堂々としておれば、皆その内見慣れるであろう。

 それにしても清宏よ、素晴らしいセンスであるぞ、我輩、正直この水着は気に入ったのである」


 「だろ?似合ってんじゃん・・・まぁ、ルミネがどうしてもって言うなら、こっちをやらんでもないがな」


 清宏が袋をチラつかせると、ルミネはそれを奪い取って中身を取り出す・・・そして、地面に崩れ落ちた。


 「違う、そうじゃない!何なんですのこれは!?貝殻と珠の連なった紐ではないですか!!」


 「あ、ちなみにその珠は全部本物の真珠だからな?それが一番高かったんだぞマジで」


 騒いでいたルミネは一瞬真顔になり、まじまじと貝殻水着を観察する。


 「・・・これ無駄に豪華ですわね!?」


 「あっちではな、水着回ってのは豪華なもんなんだよ」


 「そんな情報より普通の水着が欲しかったですわ!!」


 ルミネはその場で泣き出してしまい、花柄ワンピースに着替えて来たベルガモットに慰められた。


 

 

 

 

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