第196話 清宏、魚を買う
馬車が止まり、御者が荷台を覗き込む。
御者はルミネに頭を叩かれている清宏と目が合うと、不思議そうな顔をしながら遠慮がちに笑った。
「えっと・・・街の入り口に着きましたがどうなさいます?」
「ああ、ありがとうございます・・・貴方はこれから何処に向かわれますか?もしよろしければ、漁業組合の事務所などがあれば案内して欲しいのですが・・・」
「それでしたら、私も同じ方向ですからこのままご案内しましょう」
「では、連れはここで降ろさせていただいて、私だけお願いします。
ルミネ、ちょっと早いがお前はペインとベルガモットに何か食わせてやってくれ。俺は話がまとまり次第合流する」
ルミネは、清宏を叩いている現場を御者に見られて恥ずかしそうにしていたが、清宏に頼まれて頷いた。
「わかりましたわ・・・ですが、待ち合わせはどうなさいますの?貴方が早く終わった場合、私達がお店の中なら分からないのではないですか?」
「ルミネよ、お前の隣にいるのは誰だ?その馬鹿が俺の話が終わるまでに満腹になると思ってるなら大間違いだぞ・・・。
たぶん、ペインの食いっぷりに人集りが出来るだろうからそれを探せば一発だ」
清宏が数枚の金貨を渡しながらペインを見ると、ルミネは納得した様に頷いて苦笑した。
「それもそうですわね・・・では、お金は私が責任を持ってお預かりいたします。清宏さんもあまり遅くならないようにしていただけると助かりますわ・・・何せ、このお2人を私だけで見ておくのは大変ですから」
「了解、あまり時間は掛けないよう気を付けるよ・・・。
おい、お前等もルミネに迷惑掛けんなよ」
御者は清宏達の話が終わるのを待って馬車を走らせた。
清宏は荷台の前に移動すると、組合に着くまでの間何げない会話をしながら運送業界についての情報を聞き出す。
街の大通りは大勢の人で賑わっており、馬車がなかなか前に進まないため、業界に関する情報を聞き出した清宏が並んでいる店舗を眺めていると、興味をそそられる店舗を見つけ、御者に尋ねた。
「すみません・・・さっき派手な見た目の店があったじゃないですか、あの店って今の時期でもお客さん来るんですか?」
御者は派手な店と聞いて笑うと、大仰に頷いて笑った。
「そりゃあもう!ちょっと時期は過ぎてしまいましたが、朝晩は寒くてもまだ昼は暖かい日が続いておりますので、ああ言った店は結構繁盛しているのですよ。
この街は他国からの船が集う交易の場ですが、この国有数のリゾート地でもありますから、あのような店も需要があるのです」
「そうですか・・・よし、後で寄ってみよ」
清宏は組合に着くまでの間気になった店の情報を聞き、事務所の前で御者に改めて情報料を渡して別れた。
清宏は御者を見送ってから事務所の中に入ると、いかにも海の男と言わんばかりの浅黒く日焼けした体格の良い男が気付いて近付いて来た。
「いらっしゃい、今日は何の御用で?」
「こんにちは、鮮魚を仕入れたいと思って来たのですが、大体の相場と用意出来る種類や量について教えていただけないでしょうか」
男は清宏に椅子を勧めると、近くにいた女性にお茶の用意を頼んで目の前に腰掛けた。
「ああ仕入れかい?そうさなぁ・・・相場と種類は時期によって違うから何とも言えねえが、量に関して言うなら用意出来る金額次第だな。
種類はお任せで良いってんならその日獲れた中から金額分見繕うってのも可能なんだが、それは兄ちゃんも不安だろ?」
「・・・自分から仰るんですね」
清宏が聞き返すと、男は豪快に笑った。
「そりゃあそうだろう、商売ってのは信用第一だからな!こっちはボッタくるような真似をするつもりは無えが、やっぱり初めて取引する時ってのはお客は不安になるもんだ!うちに二心は無えって事を理解して貰うには、やっぱりこっちが選択肢を広げてやんねーとな!!
それで、どうすんだい?今日上がった分は大分掃けちまったが、何なら少し見ていくかい?」
「そうですね、では見せていただきます・・・あ、ちなみに種類はお任せで良いです」
「そうかい?何だか肝が据わった兄ちゃんだな・・・普通は疑ってきそうなもんだがなぁ」
用意されたお茶を飲み干した清宏は、男の後について行く。
事務所の裏から外に出ると、大きな屋根に覆われた広場の様な場所になっていた。
広場の奥には海が広がっており、潮の香りが清宏の鼻腔をくすぐる。
「正面からは分かりませんでしたが、裏が海に繋がってたんですね」
「ああ、ここで水揚げした後、種類ごとに分けてそれぞれの店なんかに卸すんだよ。
さっき言った通り、今朝上がった分は大分掃けちまってるから今あるのは殆ど売れ残りだが、氷で冷やしてるから鮮度はまだ大丈夫だ・・・どうする、何か買ってくかい?」
「ふむふむ、今日上がってんのはカツオ、鮭、鯖か・・・今は気候的に向こうの秋口って感じだし、魚の種類も違いは無さそうだな・・・まぁ、たまに変なのも混じってるけど」
清宏が真剣な眼差しで物色していると、男は少しだけその場を離れ、何やら皿を持って戻って来た。
「ほれ、こいつはサービスだ。
こいつは東の国で食べられてる料理なんだが、これがなかなか美味いんだよ!」
「ん?こいつはタタキか・・・なら、ポン酢がかかってるのかな?」
「おお、詳しいな兄ちゃん!まだまだ昼は暑いからよ、こう言う酸っぱいもんが美味いんだ!!」
清宏は一切れ指で摘んで食べ、久方ぶりの故郷の味を楽しんだ。
「うん、美味しいですね!正直言うと薬味におろし生姜と紫蘇が欲しいところですが、そのままでも十分美味しいです。
では、今残ってる魚全部買って行っても良いですか?」
「・・・兄ちゃん、今何て言った?」
男に聞き返され、清宏は苦笑する。
「全部買って行きますよ、せっかく漁師さんが苦労して獲って来たのに、このままじゃ鮮度が落ちますからね・・・あ、もしかして余った分は皆さんが持って帰ります?」
「いや、持って帰ったりもする事はあるが・・・大丈夫か?余り物とは言えかなりの量だぞ」
「冷凍するので大丈夫ですよ・・・あ、これに入れて貰えます?」
清宏は、呆れている男の目の前にコンテナを取り出して地面に下ろした。
40ftはあろうかと言う巨大なコンテナを見て、男はその場で腰を抜かしてしまった。
「な・・・なんじゃあこりゃああああ!?」
「これで冷凍して持って帰ります」
「ど、どこにしまってたんだ・・・」
「アイテムボックスですが何か?」
「アイテムボックス・・・倉庫の間違いじゃねーのか兄ちゃんのは。
まあ良い・・・取り敢えず、今後もこれに入る量で良いのかい?」
他の職員に指示を出して商品の確認をする男に尋ねられ、清宏は頷く。
「ですね・・・取り敢えず、月に2回くらいを考えています。
ところで、今更ですけどいくらくらいになりますかね?」
「そうかい・・・まぁ、今日のは余り物だから小金貨1枚と大銀貨5枚で構わぬーよ。
このコンテナなら、朝一の型の良い奴だったら小金貨2〜3枚ってところだろうな」
「了解です、じゃあ次からはそのくらいを目安に見繕ってください・・・ん?あそこのはダメなやつですか?」
価格の話をしていた清宏は、奥にある大きなカゴを指差した・・・そのカゴには、溢れんばかりの小魚が載せられている。
男はそれを見ると、困った様に頭を掻いた。
「あれは売り物にならねーんだよ・・・見た通り小さいし、何より見た目が気持ち悪くて買い手がつかねーんだわ」
「見せて貰っても?」
「構わねーけど、本当に気持ち悪いぞ?」
男は職員に頼んで小魚を持って来させ、清宏に差し出す。
清宏はその小魚を受け取ると、嬉しそうに笑った。
「これ、俺が買取ります!いくらですか!?」
「本当かよ・・・まぁ、捨てる手間が省けるのはありがたいからタダで良いよ」
「いえ、次からはこいつも欲しいので大銀貨1枚でどうです?漁師の方々も苦労して海に出てらっしゃいますし、その分はお支払いします」
「物好きな兄ちゃんだな・・・分かった、なら今後こいつは兄ちゃんに全部売るよ。
しかしだな、こんなのどうする気なんだ?」
男の質問に清宏は満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに答える。
「もちろん食べるんですよ!いやあ、こっちでも食えるなんて幸せだなあ・・・唐揚げ食い放題だ!!」
嬉しそうな清宏とは裏腹に、男と他の職員達は顔が引きつっている。
その後、清宏は積み込み作業が終わるのを待ち、確認を済ませると、支払いを済ませてコンテナを収納して事務所を出た。
来た道を戻りながらしばらく歩き、清宏は先程見つけた派手な店舗の前で立ち止まる。
「ふふふ、海ときたらこれを買わねばならぬでしょう・・・たのもー!!」
清宏は妖しい笑みを浮かべ、店の中に入る・・・その店の中には、布面積が少なく色鮮やかなデザインの衣装が所狭しと並んでいた。
「いらっしゃーい!あら可愛いお客さーん❤︎」
「お、おお・・・また強烈な店員だなおい」
店の奥から現れた筋骨隆々なオカマを見た清宏は若干気遅れしたが、咳払いをして壁を指差した。
「ここの水着全部おーくれ!!」
「はーい❤︎お買い上げありがとうございまーっす!!」
店員は素早く全ての商品を回収し、目にも留まらぬ速さで袋に詰めていく。
「沢山買ってくれたし、ちょっと値引きしてあげちゃう❤︎」
清宏はウインクをする店員に大金貨2枚を渡し、悪い笑みを浮かべながら店を出る・・・目指すはルミネ達の待つ料理屋だ。
しばらく歩いた清宏は、店の前に大勢の人集りを見つけて中を覗き込み、目当ての人物達が大量の皿に囲まれているのを確認して中に入って行った。
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