第192話 シャバネットのもと

 楽しそうな会話が聞こえてくる中、部屋の片隅では、清宏に監視されているベルガモットがシクシクと涙を流しながら汚したテーブルクロスや椅子の掃除をしている。

 ベルガモットは濡らした布巾でソースのシミを落とそうと悪戦苦闘しているようだが、水を吸ったソースが逆に広がってしまい、明らかに先程よりも酷い有り様だ・・・だが、清宏は悪化した状態を見ても無言のまま監視を続けている。

 このままでは埒が明かないと判断したベルガモットは、長時間座って痺れた足でフラフラと立ち上がると清宏に深々と頭を下げた。


 「ごめんなさい師匠・・・私じゃ無理みたいです」


 謝罪を聞いた清宏はしばらく黙って彼女を見ていたが、しばらくして深いため息をついた。


 「反省したか?お前が汚しちまったこのテーブルクロスなんかは、いつも働いてくれている使用人達が額に汗して綺麗にしてくれている物だ。

 彼等にとっては給金を貰ってるから仕事の一環なのかもしれないが、だからと言って無駄に仕事を増やすんじゃねーよ・・・お前の自分勝手に彼等の貴重な時間を使わせるなんざもっての外だ」


 「はい、以後気を付けます・・・」


 「よろしい。後は俺がやってやるから見てろ」


 清宏はゆっくりと立ち上がると、アイテムボックスから3種類の魔道具を取り出して床に並べた。

 魔道具を見たベルガモットが目を輝かせたが、流石に反省しているのか先程までの様に食い付きはしないようだ。

 取り出した魔道具の確認を済ませた清宏が、ハンディタイプの如雨露のような魔道具に水を入れてスイッチを押すと、3分程で中の水が沸騰し出した。

 清宏が魔道具に付いているノズルをテーブルクロスの汚れに近付け、持ち手にあるトリガーを引くと、ノズルから蒸気が吹き出した。


 「あの、それは・・・」


 「ん?ああ、これはスチームクリーナーって言ってな、高温の蒸気を汚れに吹き付ける事で、シミや汚れを浮かして落し易くしてくれるんだが、同時に除菌も出来るからかなりの優れ物だ」


 「しゅ、しゅごい・・・」


 説明を聞いたベルガモットは、ヨダレを垂らしそうになるのを啜って耐えると、みるみるシミが抜けて行くテーブルクロスを見て嬉しそうに笑った。


 「これが見せようと思ってた魔道具の1つ目だな。まぁ、良い機会だし他のも実演してやるよ」


 「ちなみに、このスチームクリーナーに使っている魔石は何ですか?」


 「火と風だな。火属性で水を沸騰させ、風属性でその蒸気を吹き出しているだけだよ。

 まぁ、雷属性のやつはまた後で見せてやるから心配するな」

 

 「うひひ・・・楽しみ過ぎて変な笑いが出ましゅ・・・」


 「やめろ気色悪い・・・」


 「ほほーっ、これはまた良い道具ですな!何やら静かになったと思ったら、私を仲間外れにするとはいただけませんな!」


 2人が話をしていると、魔道具に気付いたクリスがいつの間にか背後に立っていた。

 クリスは言葉とは裏腹に、笑いながら2人を見ている。


 「ああ、何かすみません・・・掃除の延長で見せる流れになってしまいました。

 良かったら、使用人の方達も呼んでいただけたら助かります・・・これらの魔道具は全て掃除に役立つ物ですし、使い方をお見せした後はそのまま差し上げるつもりですから」


 「おお、それはありがたい!では、早速集めさせましょう!」


 クリスは頷くと、給仕をしていたメイドに用件を伝え、普段清掃を担当している使用人達を呼び集めた。

 清宏は揃った使用人達に改めてスチームクリーナーの説明をすると、次に細かい食べこぼしの残っていた椅子を目の前に移動させ、次の魔道具を手に取った。

 新たに手に取った魔道具は、キャスター付きの箱から長いホースが伸び、ホースの先には取り外し可能なノズルが付いている物だった。

 皆の注目を浴びた清宏は、咳払いをして椅子を指差す。


 「はい注目!『シャバネットのもと』のお時間がやってまいりました!皆さんどうですかこの椅子、汚いと思いませんか?」


 清宏が何故か甲高い声で尋ねると、使用人達は一瞬だけベルガモットを見て遠慮がちに頷いた。

 見られた事に気付いたベルガモットは、口笛を吹きながら顔を背けている。

 そんな彼女を鼻で笑った清宏は、もう一度咳払いをして注目を集め、説明を開始した。


 「皆さんは、誰がやったかなんて言われなくても分かっているでしょうから省きますが、こんな状態にされたら困りますよねー本当・・・そこで、今日皆さんにご紹介したいのがこの魔道具、その名も掃除機!!

 これもスチームクリーナー同様かなりの優れ物でして、先端のノズルを付け替える事であらゆる場所のゴミを吸い取る事が出来ます!」


 まず隙間用の細いノズルを付けた清宏は、椅子の座席面と背もたれに付着していた食べカスと隙間に溜まっていた埃を吸い取り、次に床用ノズルで下に落ちたゴミを吸い取って見せた。

 固唾を飲んで見守っていた使用人達は、瞬く間に綺麗になっていく椅子を見て歓声を上げた。

 清宏はそれに気分を良くし、仕上げにスチームクリーナーでシミ抜きと除菌をして皆に見せた。


 「どうです、凄いでしょう?これさえあれば、椅子だけでなく、フローリングや絨毯の砂だろうと、ベッドに落ちた髪の毛だろうと綺麗に吸い取ります!あ、ちなみに集めたゴミは箱の中に集まっているので、溜まったらゴミ箱にポイっで完了ですよ!」


 「でも、お高いんでしょう・・・?」


 40代程の使用人の女性に尋ねられ、清宏は顔の前で人差し指を数回振り、それに合わせて舌を鳴らしてニヤリと笑った。


 「それはもう、まだ市場には出回っていない商品ですし、これ程の性能であれば結構なお値段になるんですけどね・・・ですが、お姉さんは運が良い!私と貴女の雇主であるクリスさんは良き友人としてお付き合いさせていただいておりますから、今回は特別に!何と!無料で差し上げまーす!!」


 「ありがとうございます!ありがとうございます!!」


 「ふふふ、お礼ならクリスさんに言ってあげて下さいよ・・・何せ、私の様な癖のある人間を友と呼んでくれる程の器の大きな方なんですから!」


 清宏の言葉を聞いた使用人達に次々とお礼を言われたクリスは、困ったように笑いながら何度も頷き返している。

 そんなクリス達のやり取りを満足そうに見ていた清宏は、不意に袖を引かれてそちらを見た・・・そこには、目にハートマークを浮かべているベルガモットがペタリと床に座り込んでいた。


 「ししょー・・・これしゅごい・・・しゅごくイイ❤︎」


 「・・・ヨダレを拭きなさい」


 「じゅるっ・・・はぁ・・・これは雷の魔石ですか?」


 清宏に注意されてヨダレを啜ったベルガモットは、興奮しているのか鼻息荒く聞き返す。


 「そうだよ。まぁ、中に使っている装置については、次の魔道具の後に説明するよ」


 「はい・・・あっ、またヨダレが」


 「汚ねーなぁ、床に垂れてんじゃねーか・・・まぁ丁度良い、最後の魔道具の説明するからそこを空けてくれ」


 ベルガモットはもそもそと這うように移動し、清宏は彼女の座っていた場所に一番大きな魔道具を置いた・・・その形は清宏の趣味を前面に押し出しており、多少の違いはあるがR2D2と瓜二つだ。

 清宏が準備を終えて手を叩くと、クリスにお礼を言っていた使用人達が再度注目した。


 「はい、では今日最後の商品のご紹介でーす!

 この商品はスチームクリーナーや掃除機程多くの機能こそ有りませんが、これはフローリングなどの広い床を磨くための道具で、その名もポリッシャーと言いまーす!

 皆さんは普段からお掃除をされてらっしゃると思いますが、やはりこれだけ大きな屋敷だとモップ掛けはさぞかし大変でしょう・・・ですが!このポリッシャーさえあれば、モップを持って何往復もせずとも1回で綺麗にする事が可能なのです!!」


 清宏がポリッシャーのスイッチを押すと、本体下部に取り付けられていた円盤状の布製のバフが高速で回転し始めた。

 見守っている使用人達は、清宏が押しているポリッシャーの動きに合わせて首を左右に振り、床がピカピカに磨かれているのを見て拍手した。


 「これは、フローリングなどにワックスを掛ける時にも使えるので便利ですよ!

 これは私事なのですが、私の住んでいる所も床掃除が大変でして、こいつを使い始めてからは大分楽になりました。

 皆さんにも今日ご紹介した商品を是非活用していただき、日々のお仕事に役立てていただけたら私も嬉しく思います!」

 

 拍手が巻き起こり、清宏はそれぞれの魔道具を使用人達の代表に手渡して握手をする。

 使用人達は清宏にお礼を言って頭を下げると、自分達の持ち場へ戻って行った。

 騒ぎが落ち着き、清宏は一息付いて椅子に腰掛ける。


 「ふう・・・やっぱり、喜んで貰えると嬉しくなるな」


 「清宏殿、本当にありがとうございました」


 「いえいえ、彼等には今日歓迎していただきましたから、そのお礼ですよ。

 あぁ、それとクリスさんにはさっきの3種類の魔道具の設計図と権利書をお渡ししときますね」


 何気なく渡された書類の束に、クリスは困惑して清宏を見る。


 「良いのですか?」


 「約束してたでしょう・・・今後俺の造る魔道具の設計図と権利は貴方に差し上げるって」


 「いえ、ですが・・・それは、今後の状況次第だと思っておりましたので」


 困った様に苦笑しているクリスに対し、清宏は笑顔で返した。


 「今後の状況とか、正直俺にはそんなの関係無いんですよ・・・貴方との約束に関しては特にね。

 俺は、向こうで親友との約束をすっぽかした前科がありますし、例えやり過ぎでも破るよりかはずっと良い・・・まぁ、それでもクリスさんの気が引けるって言うんなら、うちの奴等が魔石とかの買取を依頼した時に色を付けてやって下さい。俺には、それだけで十分ですよ」


 「この御恩は必ずお返しいたします・・・」


 頭を下げたクリスは顔を上げると、清宏に笑顔を向けた。

 清宏もそれに笑顔で返し、2人の間には互いを信頼し合う者達特有の空気で満たされている。

 だが、そんな空気をまたもやぶち壊す不届き者が1人・・・言わずもがなベルガモット嬢だ。

 清宏は魂が抜け出て来そうな程のため息をつき、汗だくの手で袖を握っているベルガモットを心底面倒臭そうに見下ろした。


 「はいはい説明ですね・・・ちっとは空気を読むって事を知らんのかこのお嬢様は」


 「申し訳ありません・・・我娘ながら、お恥ずかしい限りです」


 「いえ、クリスさんは気にしないで下さい・・・で、何から聞きたいんだ?」


 清宏に尋ねられ、ベルガモットは完全にトリップした目で見上げた。

 

 「しゅ、しゅべてを・・・しゅべてを教えてくだしゃいっ!もう、教えて貰えるならなんでもしましゅからー!!」


 「ん?今、何でもって言ったよね・・・なら、その手汗のヤバい手を離して貰える?」


 「清宏殿、それは流石に酷い・・・」

 

 お馬鹿であっても彼にとっては可愛い娘なのだろう・・・クリスは肩を落として娘に対し憐憫の目を向け、ベルガモットの手汗で濡れた袖を拭いている清宏にボソリと呟いた。


 

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