第193話 電動機

 お馬鹿とは言え、可愛い娘を邪険に扱われたクリスの呟きに聞こえぬふりを貫いた清宏は、アイテムボックスから手の平に収まるサイズの円筒形の道具を2つ取り出し、クリスとベルガモットに渡した。

 2人は渡された物を隅々まで観察すると、揃って首を掛げる。


 「これは一体・・・」


 「それらは、さっきの掃除機とポリッシャーの動力源・・・電動機ってやつですよ。

 電動機は電気エネルギーを力学的エネルギーに変換するんですが、いくつか種類のある中で、それらは電磁力により回転力を生み出す物になります。

 先程の掃除機は、その電動機にファンを取り付けた上に風の魔石で吸引力を底上げする事で電動機への負担を抑え、ポリッシャーはその電動機よりも大きめな物にバフを取り付けて回転させています」


 清宏の説明を聞いていた2人は、口を開けたまま動かなくなった。

 そんな2人を見て笑った清宏は、再度アイテムボックスを開き、いくつか魔道具を取り出した。

 すると、取り出された魔道具に見覚えのあるラフタリアが近づいて来た。


 「あら、それって私の村に寄付してくれたやつよね・・・確か魔石チェーンソーだったかしら?」


 「そうそう、なかなか良かっただろ?ちなみに、こいつの動力源もこの電動機だな。

 こいつは電動機の力で刃付きのチェーンを回転させて木を切るって感じだ」


 「ふーん・・・まぁ、聞いたところでサッパリ理解出来ないんだけどさ。

 邪魔して悪かったわね、どうぞ続けてちょうだい」


 ラフタリアは苦笑しながらお手上げのポーズを取ると、手を振ってルミネ達の元に戻って行った。

 清宏がラフタリア達の方を見ると、彼等は彼等でローズマリーとラベンダーに冒険の話をして楽しそうにしているようだ。

 清宏はクリス達に向き直ったが、彼等はなかなか自分の世界から戻って来ないため暇を持て余してしまい、資材や工具を取り出して何やら造り始めた。


 「ここをこうして・・・こっちは・・・よし、完成!!」


 「はっ!?あまりの事に思考が停止しておりましたぞ!申し訳ありません・・・」


 清宏の声で我に返ったクリスは、恥ずかしそうに頭を下げる。


 「あはは、構いませんよ」


 「そちらは何を造ってらしたのですか?」


 「まぁ、何と言いますか・・・電動機の可能性と言えば良いですかね」


 「可能性・・・ですか」


 「ふおぉぉぉ!何ですかそれはぁぁぁっ!?私の意識がぶっ飛んでる間に何をやってるんですか!ずるいっ!!」


 クリスが真面目な表情で清宏の持っている魔道具を見つめていると、騒がしいのが目覚めてしまった。

 ベルガモットのあまりの声量に、清宏とクリスは耳を塞いで顔をしかめる。


 「やかましい!唾が汚えだろうが!!ったく、せっかく静かになったと思ったのに・・・。

 まあ良い・・・今から良い物見せてやるが、騒いだら容赦なく拳骨喰らわせるから覚悟しとけよ」


 「善処します!」


 「あの、清宏殿・・・一応嫁入り前なのでお手柔らかにお願いいたします」


 隙を見ては魔道具を触ろうとするベルガモットの手を叩きながら、清宏は下部にあるスイッチを入れた・・・すると、魔道具に付いていた4つの車輪が高速で回転を始める。

 清宏は車輪の動き出した魔道具を手に持ったまま、離れた場所に居るルミネに手を振った。


 「おーいルミネ!これキャッチしてくれー!」


 「はぁ?何なんですの一体・・・って、まさかGですの!?」


 清宏を振り返ったルミネの足元を、黒い物体が高速で駆け抜けた。

 ルミネは驚いた拍子に転けてしまい、盛大に尻餅を着いた。

 黒い物体はそのまま壁に打つかり、その衝撃で方向を変えて走り続けている。


 「おいおい何なんだ一体!でっけーゴキブリか!?」


 「やめてよバッチいわね!!」


 他の面々も慌てて椅子の上に登り、走り回っている魔道具を目で追う。

 走り続けていた魔道具はさらに方向を変え、ペインに向かって突進を開始した。


 「ぺいっ!!」


 「あーっ!俺のブロッケンGがーっ!?」


 ペインは迫り来る魔道具をチョップで叩き潰し、それを見た清宏が叫んで床に崩れ落ちた。

 床の上では、ペインのチョップで真っ二つになった黒い魔道具・・・ミニ四駆が無残な姿になっている。


 「何であるかこれは・・・馬も無しに走るとは、また奇天烈な物を造ったのであるな」


 「速攻でお前に潰されたけどな・・・あぁ、俺の一番大好きなミニ四駆だったのに」


 「紛らわしい見た目にするのがそもそもの間違いであろう?」


 「赤より黒の方が強そうじゃん!お前、次壊したらハンマーGクラッシュの刑だかんな!!」


 「まぁ、落ち着くのである清宏」


 「落ち着け!!ハマーD!!みたいに言うんじゃねーよコンチクショー・・・」


 哀愁漂う清宏が砕けたミニ四駆を涙目になりながら回収していると、突然何者かに突っ込まれて盛大に吹き飛んだ。

 吹き飛んだ清宏は、近くにいたペインまでも巻き込み、きりもみしながら床に激突した。


 「しゅごいしゅごいしゅごい!!わ、わたしも欲しいでしゅっ!!」


 「いってーな、何しやがんだ!?」


 「どうやって・・・どうやって動いてるんでしゅか!?電動機の数は!?どうやって力を4輪全てに分配したんでしゅか!?」


 「待て、ヨダレが汚い!近くなっての!!」


 正気を失ったベルガモットのヨダレ塗れになった清宏は、纏わり付かれて床の上で悶えている。

 流石に見て見ぬ振りは出来ないと判断したオーリックとジルは、慌てて清宏を助け出す。

 引き剥がされたベルガモットは、鼻息荒く清宏を見つめ続けている。


 「き、清宏殿・・・大丈夫でしょうか?」


 「何とか・・・おいペイン、生きてるか?」


 「気絶してるみたいよ?」


 「俺とぶつかったからか?間接的でもダメージ喰らうんだな・・・」


 クリスからタオルを受け取った清宏はペインの様子を確認したが、ラフタリアが苦笑しているのを見てため息をついた。

 清宏にタオルを渡したクリスは、ベルガモットの頭に拳骨を喰らわせている。


 「い、痛い・・・」


 「痛いのはお前の存在だよまったく・・・」


 清宏は頭を押さえて蹲るベルガモットに軽く拳骨をすると、粉々になってしまったミニ四駆を修復し、クリスに渡した。


 「これは、ケース内を通っている細い金属の棒と歯車で力を分配しているのですね・・・1つの電動機の力を無駄なく利用するとは、素晴らしい構造ですな」


 「4つでも良いんですけど、それだと大きく重くなりますし、回転数とかの制御が難しくなりますから」


 「これを人が乗れるサイズに出来れば・・・いや、このままでは難しいですな」


 「何がです父様?」


 正気を取り戻したベルガモットに尋ねられ、クリスは車輪を指差した。


 「先程見た限りでは、この魔道具は方向転換が全く出来なかっただろう?これではただ真っ直ぐにしか走れないし、何よりあの速度で走った場合、曲がれるかという不安と、止まるにはどうするかという不安もある・・・ただ、それさえ解決出来ればこれは移動手段に革命を起こす物になるだろうね」


 「て言うか、そもそも何でこんな滑りやすい床の上であんなに早く走れたんでしょう・・・」


 「それは、たぶんこの車輪に付いている黒い輪っかのおかげではないかな・・・触った感じ、滑りにくい材質のようだ」


 「ふむふむ、それが床を掴んで力を無駄にせず伝えてるんですねー・・・凄いなぁこれ、いや凄すぎじゃないです?」


 クリスとベルガモットは、周りの目も気にせず話に没頭し始める。

 2人の世界に入り込んでしまったため、他の面々は散らかってしまった室内の掃除を開始した。

 清宏がベルガモットのヨダレを拭いていると、ルミネが近づいて耳打ちをしてきた。


 「それにしても清宏さん、よく電動機なんて複雑そうな物を造れましたわね?」


 「ん?ああ、昔から子供の玩具であったんだよ」


 「ミニ四駆でしたかしら?」


 「そうそう、俺が気になり出したら止まらない性格だってのは知ってるだろ?電動機・・・モーターって言うんだが、それの構造が知りたくてな、分解しては組み立ててってのを繰り返してたから構造は知ってるんだよ。

 まぁ、中に使ってる部品をこっちの技術で造るのに結構時間が掛かっちまったけどな」


 「それでも造ってしまうのが貴方らしいと言うかなんと言うか・・・呆れますわね」


 「だけど便利だろ?なら、造った甲斐はあったって事だ。

 ちなみに、まだこれはあの2人には内緒だが、モーターを使って簡単な空を飛ぶ道具も造れるぞ」


 「まだって事は、いずれは造るつもりなんですのね・・・」


 「当然だろ?移動手段はあって困らないからな・・・それがあれば、もっと頻繁にラフタリアも故郷に帰れるだろ」


 「そういう時折見せる優しさが、貴方の掴めないところですわ・・・本当、嫌になります」


 「せっかく家族皆んな生きてんだ・・・もっと大事にしてやんなきゃ、いつ何があるかわからんからな」


 「そうですわね・・・お互い嫌と言う程身に染みていますから。

 さてと、取り敢えず明日の予定を教えてくださらない?」


 清宏の考えを聞いたルミネは、苦笑して話を切り替えた。

 床を拭いていた清宏は、動きを止めた。


 「明日は朝一で海の近くの街に行って海の幸の調達と、海に住む魔物か何かをスカウトして夕方までには帰るつもりだ」


 「分かりました、ではそのつもりで準備しますわね・・・ただ、貴方の場合はあのお2人からいつ解放されるか分かりませんが」


 「今日も徹夜かな・・・」


 「いつも通りという事ですわね・・・」


 そう呟いた2人は、未だに語り続けているクリスとベルガモットを見てため息をついた。

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