第191話 品のない女
自分の知らぬ魔道具を見せて貰えると聞いたベルガモットは、興奮冷めやらぬ様子で清宏に詰め寄っている。
清宏がベルガモットのあまりの圧力に辟易していると、応接間の扉がノックされ、執事から夕飯の支度が出来た事を聞いた清宏は、これ幸いと言葉巧みにベルガモットを丸め込み、夕食後に披露する事になった。
悔しがるベルガモットを放置して執事の案内で部屋を移動して席に着いた清宏達の前には、豪勢な食事が並べられていた。
皆が席に着いたのを確認したクリスは、ワイングラスを持って立ち上がる。
「先程はお見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳なく思っております・・・皆様もさぞ驚かれた事と思います。ですが、我が家の料理人達が腕を振るい、皆様を歓迎するための料理を用意してくれました。品の無いところをお見せしてお恥ずかしい限りではございますが、気持ちを切り替え、楽しんでいただけたら幸いに思います。
では、皆様との出会いと、益々のご活躍をお祈りいたしまして・・・乾杯!」
クリスがグラスを高く掲げ、皆も倣って掲げると、各々の注がれていた酒やジュースを飲んで笑顔になる。
「なんだこりゃ、凄え美味い酒だな!」
「アルトリウスのコレクションより美味いぞこれ・・・あいつに聞かせたら悔しがりそうだな」
「はっはっは、今日は奮発しましたからな!このワインは、私のコレクションの中でも指折りの一品なのですが、この年代の物は市場には殆ど出回らない希少な物なのですよ」
「おお・・・通りで美味い訳だ。ジル、少しは遠慮して飲めよ」
「それは俺じゃなくてカリスに言ってくれ・・・あいつは酒と見ると抑えがきかないからな」
隣同士で酒を楽しんでいた清宏とジルは、クリスの説明を聞いてペースを抑える。
クリスはそんな2人を見て笑うと、近くに居たメイドに新たな酒を用意させた。
「私は普段は嗜む程度にしか飲みませんし、一部を除けば殆どが接待用などで揃えておりますから、好きなだけ飲んで頂いて構いませんよ!まぁ、先程のワイン程の物ではありませんが、いずれも巷で銘酒と謳われる物ばかりです」
「うわ、マジだわ・・・これなんてオークションでなきゃ手に入らない奴だぞ」
「マジか・・・そりゃあ是非とも飲んでみたいですな!っと、こっちは焼酎と酒か?なんちゅう品揃え・・・羨ましすぐる!」
清宏とジルは席を立つと、メイドが運んで来た銘酒の数々を品定めし、クリスに確認してからそれぞれ自分の席に抱きかかえて行った。
「よし、ではいただきます」
「だな!美味い酒とそれに合う料理があるんだ、楽しまなきゃ失礼ってもんだからな!んじゃまあ、俺もいただきます!」
2人が揃って手を合わせて食事を始めると、それを見ていたローズマリーとラベンダーが首を傾げた。
「あの、清宏様・・・先程のはお祈りの一種でしょうか?」
「なんか・・・不思議です」
尋ねられた清宏はジルと顔を見合わせて笑うと、もう一度料理に向かって手を合わせた。
「これは、私の故郷の慣しです・・・『いただきます』という言葉には、命をいただく食材に対する感謝と料理を作ってくれた人や食材を得るのに携わってくれた人達に対する感謝が込められています。
そして、食べ終えたら『ごちそうさま』と言うのですが、それは命をいただいた食材に感謝し、作ってくれた人には美味しかった旨を伝える感謝の言葉になります。
今私達の前に用意されている料理一つをとっても、そこには多くの食材が使われています・・・ですが、彼等には彼等の生涯があったにも関わらず、我々は勝手にも彼等を食材と呼び、育て、狩り、生きる為に食しています・・・だからこそ、生きる糧となってくれた彼等に、そこに携わった人達に感謝するんです」
「素晴らしい思想ですわ・・・。
この世界にはいくつもの国がありますが、以前はもっと多くの国に分かれていました・・・そこから時に力ある国に吸収され、或いは滅ぼされ、魔族との争いで消えた国もありました。
ですが、私は人とは諦めない種族だと思っております。それは、いかに辛い境遇にあっても諦めず這い上がる者達が必ず存在し、そして自分達の歴史や文化を受け継ぎ、次の代へと繋げていく・・・それこそが人の力だと信じております。
現在この国を含め、他の国々も安定した国家体制を維持しておりますが、やはりどの国でも中央から離れた地域などでは、古くからの風習や言伝えなどが残っていると聞いております。
私は以前からその様な古い風習や歴史などに興味があり、書物に目を通したりしておりますが、やはり良いものですわね・・・自分の知らなかった物事の中に、心を震わせるものと出会えるですから」
ローズマリーは、清宏に微笑んで持っていたナイフとフォークをテーブルに置くと、改めて『いただきます』と言って再度食事を始めた。
ラベンダーも母に倣って手を合わせてお辞儀をすると、若干恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を浮かべていた。
清宏がそんな2人を嬉しそうに見ていると、ジルが肩に手を回して脇腹を小突いた。
「布教ご苦労さん!ダンナもルミネの前でよーやるわ」
「なんだよ、別に悪い事じゃないだろ?」
「まぁ、そうなんだけどな・・・正直、これは俺も気に入ってるぜ?なんか飯が美味くなる感じがするからな」
「そう言えば、皆さんもされてらっしゃいましたな・・・確かルミネ殿も。
私も最初清宏殿がされている時に気になってはいたのですが、残念ながら城では聞きそびれてしまいましてな・・・やっとスッキリとしました」
ジルが清宏を揶揄っていると、リンクスの夫と挨拶を交わしていたクリスが戻って来た。
リンクスの夫の父親とは仕事の関係で付き合いがあるらしく以前から顔見知りではあったようだが、クリスは国を跨ぐ大商会の代表、かたやリンクスの夫は王都で最大手の不動産会社の次男で歳が近いとは言え、クリスの方が立場は遥かに格上だ・・・やっと解放されたリンクスの夫は、緊張からか青い顔をしている。
清宏はそれを見て苦笑すると、リンクスに夫のフォローをするように目配せをし、クリスに向き直った。
「気が利かずに申し訳ないです・・・習慣になってるので、自然とやってしまって気が回っていませんでした」
「いやいや!妻も言っていましたが、素晴らしいと思いますよ。私も今後は取り入れて働いてくれている料理人達に感謝したいと思います」
「ごちそうさまーっ!これで良いですかね師匠!?早く魔道具を!!カモン魔道具!!」
せっかく仕切り直されて和やかになっていた空気をぶち壊し、大人しくなっていた嵐が勢力を取り戻して清宏に迫って来た。
勢い良く肩を叩かれた清宏は、持っていたグラスの中の焼酎を自分の顔にぶちまけてしまった。
それを見たペインは食べていた肉の塊を放り投げ、やらかしたベルガモットを慌てて清宏から引き離した。
「娘よ、今すぐ清宏に謝るのである!!この男に対して、食事中と風呂場での無作法はご法度なのであるぞ!?」
「えっ・・・ごめんなさい師匠・・・怒った?」
謝罪を聞いた清宏はゆっくりとベルガモットを振り返ったが、不気味な程に満面の笑みを浮かべている・・・だがしかし、こめかみに青筋が浮かんでいるのがはっきりと分かる。
粗相をした娘を叱ろうとしたクリスも、清宏の怒気に当てられて素早く避難した。
「師匠・・・大丈夫?」
「これが大丈夫そうに見えるなら、君は眼科に行く事をお勧めするよ・・・」
「あははー・・・本当にごめんね・・・許してくれますよね?」
笑顔を崩さずに怒っている清宏に戦慄したベルガモットは、目を潤ませながら顔の前で手を組み合わせると首を傾げて精一杯の可愛さアピールをしたが、急いで料理を食べたせいか、その指と口の周りにはソースがべっとりとこびり付いている。
ベルガモットのあまりの品の無さに清宏は顔をしかめ、チラリと彼女の座っていた席を見て真顔になった・・・食器が汚れているのは仕方がないが、白いテーブルクロスにもソースが飛び散っており、更にはどう食べればそうなるのか、椅子の背もたれにまでソースが付いていた。
清宏は汚れるのも構わずにベルガモットの手を取ると、悲惨な状態になっている彼女の席へ引っ張って行った。
「これが感謝してる食べ方に見えるかな?」
「・・・急いで食べました」
「シャラーップ!何やったら背もたれが汚れんだよ!?正直、あんたの汚さよりそっちにビックリしたわ!!まずは掃除!誰がこれを綺麗にすると思ってんだ!?俺を師匠と呼びたいなら、自分で汚したら自分で綺麗にすんのが基本だと覚えとけ!!」
「は、はいーっ!!わ、私がやりますです!!」
怒鳴られたベルガモットは、条件反射的に背筋を伸ばして敬礼すると、清宏監視の元汚れたテーブルの掃除に取り掛かる。
呆然としていた他の者達は、使用人達によって新たに用意されたテーブルに移ると、清宏の罵倒に泣きながら掃除をするベルガモットの哀れな姿を視界に入れないようにして食事を続けることにした。
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