第190話 熱い手のひら返し

 ベルガモットの無茶振りを自信満々で受け入れた清宏は、アイテムボックスから大きな布を取り出してテーブルに敷くと、その上にいくつかの工具や素材、魔石を並べた。

 清宏が必要な物を確認して顔を上げると、目の前に座っていたクリスとローズマリーの後ろにはラベンダーやオーリック達まで並んで興味深げに始まるのを待っていた。

 それを見て苦笑した清宏は、用意した魔石を持って皆に見せる。


 「では、今日はこの魔石で日常生活でも使える魔道具を造りたいと思います」


 清宏がそう言うと、クリスとベルガモットが揃って手を挙げた。

 2人は一瞬だけ目を合わせたが、クリスは娘に譲って手を下ろす。

 ベルガモットはクリスに頭を下げると、清宏に向き直った。


 「お父様、ありがとうございます・・・では私から質問させていただきます。

 清宏(仮)様、今持ってらっしゃるのは雷属性の魔石のようですが、それが8種の中で最も扱いの難しい属性である事を知っていて尚それを選ばれたのですか?」


 ベルガモットの質問を聞いた清宏は、わざとらしくため息をついて頷いた。


 「そりゃあもう、嫌になる程知ってますよ・・・私も何度か感電しましたからね。

 現状雷属性の魔石は、その殆どが属性剣や耐性を上げる為の防具などの武具、装飾品、戦闘用魔道具でしか使用されていません。

 皆さんも普段から使われていると思いますが、雷以外の魔石の場合、数こそ多くはありませんが、これまでにも日常生活で使用出来る魔道具は少なからず存在していました・・・ですが、雷属性の物を見た事がありますか?」


 清宏が尋ねると皆揃って首を振り、清宏はそれを確認して続きを話し始める。


 「先程ベルガモットさんも仰っていましたが、雷属性は扱いが難しい・・・それは、用途が単純であるにも関わらずです。

 雷属性の場合、武器であれば相手を電撃で攻撃し、防具は耐性を上げ、状態異常であれば相手を麻痺させる事が出来ますが、今まではそれ以外の使い道が無かったのです・・・同じく危険視されている火属性の場合であっても、焼く以外に温めるなどの使い道があるにも関わらず、雷属性にはそれすらも無かったのですよ。

 だからこそ、私は今回この雷属性の魔石に付加価値を付けられる魔道具を披露したいと思います」


 清宏は質問に答え終わると、布の上に置いてあった鉄の棒と銅線を手に取り、ベルガモットに差し出した。


 「この棒に、両端1cm程だけをあけて隙間なく銅線を巻いていっていただけますか?いい機会ですし、貴女も実際に造ってみましょう」


 「は、はい!」


 ベルガモットは自分も携われる事に喜び、元気に返事をして道具を受け取る。

 清宏は黙々と作業を進めているベルガモットを見て微笑むと、魔石をはめ込む土台に魔術回路を掘り始めた。


 「凄い・・・あんな小さな土台に、あれだけ精緻な回路を彫れるなんて・・・」


 「うむ、流石は清宏殿だ。我々では、まだあれ程の物をあの速度で彫る事は不可能だよ・・・」


 感嘆の声を上げたラベンダーに、クリスは自嘲気味に笑って答えたが、その目には自分達も負けていられないという確固たる信念が映し出されている。

 そんなクリスを見てローズマリーは小さく笑うと、先程とは打って変わって無言で作業をしている清宏の手元に目を向けた。


 「清宏様は、もし彫金師になったとしても腕利きの職人になりそうですわね」


 「いやいや、清宏殿は彫金だけでなく建築の腕も素晴らしいものを持っているからね、一つの職種に縛られて良い器では無いだろう」


 「私にも何か造ってくださらないかしら?」


 「私も・・・欲しい・・・です」


 「・・・まぁ、後で頼んでみよう」


 妻と娘の目が輝いていたため、クリスはそれ以上何も言えなくなってしまう。

 父親は愛する家族に弱いというのは、異世界であってもそう違いは無いようだ。


 「それにしても、ベルガモット殿に頼んでいた物・・・あれは何に使うのだろうか」


 「ワイヤーを巻いた鉄の棒にしか見えませんわよね・・・」


 「まぁ清宏の頭の中なんて、あいつ自身にしか分からないんだし黙って見ときましょ」


 魔道具マニアであるクリス達の後ろにいたオーリック達も、何が出来上がるのか期待の眼差しを向けながら待っているようだ。

 そして、清宏とベルガモットが作業を始めて10分程が経ち、2人同時に手に持っていた物をテーブルに置いた。


 「さてと、こっちは完成だな」


 「私も出来ましたので、確認をお願いします!」


 清宏はベルガモットが造っていた道具を受け取り、状態を確認して笑顔で頷く。


 「大丈夫みたいですし、今から使ってみましょう」


 清宏は、まず自分が造っていた物を皆の前に置いて説明を始める。


 「まずこっちなんですが、これだけでも完成された魔道具です・・・ただし、これだけでは何の意味もありません」


 清宏の言葉に、皆揃って首を傾げた。


 「これは、他の物と一緒に使う事で真価を発揮するんです。

 では、先程ベルガモットさんに造って貰った道具にこれを繋いでみましょう」


 清宏は、魔石のはめ込まれている土台とベルガモットの造った道具にケーブルで繋ぐと、それをクリスに渡した。


 「はい、完成です」


 「・・・え、これで完成なのですか?

 見たところ、ただ2人が造った物を繋げただけのようですが」


 「ええ、まさにその通りですよ・・・まぁ、これに近づけてみたら分かりますよ」


 受け取った魔道具を困ったように眺めているクリスの目の前に、小さな鉄釘を出して清宏はニヤリと笑う。

 クリスは清宏の指示に従って魔道具を鉄釘に近づけると、起こった現象を見て目を見開いた。

 様子を伺っていた他の面々も皆、我が目を疑っているようだ。


 「これはまさか・・・磁石でしょうか?」


 「はい、これは電磁石という道具です。

 この電磁石は、磁性材料にコイルを巻いて通電する事で磁力を発生させる物なんですが、通電をやめると磁力が失われてしまいます」


 「いや、それにしても・・・何故感電しないのでしょう?」


 「あぁ、それは銅線を絶縁コーティングしたからなんですが、それを見つけるのに結構苦労しましたよ・・・試しては感電し、また次を試すの繰り返しでしたからね」


 「絶縁コーティングですか・・・それはどの様な物なのですか?」


 「絶縁性の物は色々とありますが、特定の木の樹液から取れるゴムであったり紙なんかもそうですが、今使った銅線は低融点ガラスでコーティングしてあります」


 「ガラス・・・ですか・・・何というか、理解の範疇を超えてしまっていてどう言ったら良いものか困りますな」


 清宏は、完全に言葉に窮してしまったクリスを見て笑うと、テーブルに置かれた電磁石から魔石のはめ込まれた土台を取り外して目の前に掲げた。


 「先程、私はこれを完成された魔道具と言いましたが、これに名前を付けるなら電池と呼んだら良いでしょうか・・・これは、雷の魔石に溜め込まれた電気を利用し、機器を動かすための燃料の役割を持っています。

 この魔道具はこれだけでは何の役にも立ちませんが、機器と合わせる事で他の属性よりも優れた物を作り出す事が出来る・・・その可能性が非常に高い物だと思っています。

 さてベルガモットさん、こんなところでどうでしょうかね、私こそが清宏(真)だと信じていただけましたか?」


 ぽかーんと口を開けていたベルガモットは、いきなり話を振られたことで慌ててヨダレを垂らしてしまい、急いで口元を拭うと、立ち上がって胸を張った。


 「ま、まだまだ負けていませんわ!私はまだやれるはず・・・いいえ、やらねばならぬのです!勝つまでは!!」


 「・・・ねぇ、それだと俺が本物だってどうしたら信用してくれんのさ?」


 「黙らっしゃい!だって・・・だって、認めちゃったら勝負が出来ないじゃないですかー!そんなのヤダー!!得られる知識は得られるだけ得たいのー!!」


 「姉様・・・正直かなり見苦しいのです」


 駄々をこねる実姉を虫を見る様な目で見ているラベンダーに対し、清宏は背筋に薄寒いものを感じて身震いすると、仕方なくベルガモットの手を取って床に座らせた。


 「ベルガモットさん、貴方の気持ちは私にも良ーく分かりますが、私の持つ知識の全てを教えるには、余りにも時間が少な過ぎるのです・・・ですが!貴女の熱意に免じて、未発表の魔道具をいくつかご覧に入れましょう!」


 俯いていたベルガモットは、清宏の言葉に顔を上げる。


 「そ・・・それはまさか、雷の魔石の物ですか?」


 「いかにも!」


 「ほ、本当ですかっ!?」


 「清ちゃん嘘付かない!」

 

 「ありがとうございます!ありがとうございますっ!!」


 ベルガモットは跪き、清宏を崇めだす。


 「では、本物だと信じていただけますか?」


 「ヤダー、もう疑う余地なんて1mmも無いですよー!よっ!あんたが大将!!」


 「わぁ・・・初めて見たけど、ここまで見事なまでの熱い手のひら返しってドン引きだわ・・・」


 流石の清宏も、ベルガモットのあまりの変わり身の早さに呆れて顔をしかめている。

 そんな2人のやり取りを見て、両手で顔を覆っている人物がいる・・・クリスだ。


 「熱意があるのは良い事なのだがなぁ・・・こんなんだから嫁の貰い手が見つからないのだ・・・どこで育て方を間違ったのだろう」


 「あなた、気にしたらキリが無いわ・・・最悪、清宏様に面倒を見ていただきましょう」


 「姉様・・・最低です・・・」


 項垂れるクリスを慰めるローズマリー、そして実姉に蔑んだ目を向けるラベンダー・・・そんな彼等の後ろでは、完全に存在を忘れられたオーリック達が長く深ーいため息をついていた。

 

 

 

 

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