第184話 清宏とオライオン

 城に連行された清宏達はそのまま謁見の間へと通されると、大理石で出来た硬い床の上で正座をさせられた。

 正座をしている清宏達の目の前では、青筋を立てた胡散臭い中年の近衛騎士団長サンダラーが不機嫌そうに見下ろしていた。


 「あのさ、お前等って暇なの?こっちは来月の為に朝から晩まで忙しく働いてるってのに、まさか馬鹿にしてんの?」


 「その様な訳ではないのですが・・・面目次第もございません」


 弁明しようとしたオーリックは、サンダラーに睨まれて小さくなる。

 サンダラーは深く正座をしている清宏を見ると、深く長いため息をついた。


 「清宏殿、ようこそお越しくださいました・・・と言いたいところなんですがね、この前の事と言い問題起こされちゃ困るんですよ」


 「それに関しては本当に申し訳なく思っていますよ・・・貴方が近衛騎士団長のサンダラー殿でしょうか?」


 「おっ、聞いてたんですか・・・いかにも、私がサンダラーです。

 それにしても、何が原因で喧嘩なんぞしてたんです?貴方が本気を出せば、この王都くらい簡単に消滅してもおかしくないんだからやめて下さいよ」


 清宏が謝罪して尋ねるとサンダラーは苦笑して手を差し出し、清宏を立ち上がらせた。

 

 「いや、流石にそこまでは・・・ぶっちゃけ、私は魔法は使えないので、ただぶん殴るくらいしか出来ませんよ」


 「そもそも、ぶん殴るだけで覇竜が気絶するってのが理解の範疇を超えてるんですけどね私は・・・まぁ、貴方の噂は彼等から聞いているので、機嫌を損ねないように気をつけますよ」


 「ははは・・・争う気は無いんですけどね。

 話は変わるのですが、準備が出来たと聞いていましたが、国王陛下はまだいらっしゃらないようですね?私達の喧嘩以外に何か問題でもあったのでしょうか?」


 清宏は苦笑しながら周囲を見渡して尋ねた。

 今、謁見の間には清宏達以外に近衛騎士団らしき姿しか見えない。

 サンダラーは指先で頭を軽く掻くと、誰も座っていない玉座を見てため息をついた。


 「陛下は今、修羅場の真っ最中なんですよ・・・申し訳ありませんが、もう少しだけ待っててくれませんかね?」


 「修羅場ですか・・・」


 清宏が小さく呟くと、サンダラーは苦笑して首を振った。


 「まぁ、修羅場と言ってもそこまで重い内容じゃないんですよ・・・ただ、王妃殿下も貴方に会いたいとごねられてまして、陛下はその説得中です。

 嫌な言い方になっちまいますが、貴方は魔王の副官ですから、まだ交渉中の貴方と自身の身を守れない王妃殿下を会わせるのは賛同出来ないって大臣達も結構居るんですよ・・・王妃殿下こそがこの国の正統な血筋ですから、流石にその意見は無碍にできないですからね」


 「そりゃそうでしょうとも・・・私だって信用出来ない者と魔王リリスを会わせようとは思いませんから。

 そもそも、今回は急な訪問にも関わらず時間を割いていただいただけでも有り難い事なのに、その上王妃殿下にまでお会いしたいなんて贅沢を言える立場にはありませんよ・・・」


 清宏が頷いて答えると、サンダラーはニヤリと笑ってもう一度手を差し出した。


 「そう言って貰えたら助かります・・・貴方がオーリック達から聞いていた以上に話の分かる人間みたいで安心しましたよ」


 「いえいえ、サンダラー殿こそ気さくな方で良かったです・・・正直、オーリックより強いって聞いていたので緊張してたんですよ」


 清宏がサンダラーの手を取り安堵すると、サンダラーはおかしそうに笑った。


 「私は近衛騎士団長なんかやってますが、うちの団員も含めて良い家柄の奴なんて殆ど居ないせいか、堅苦しいのが苦手なんですよ・・・結局のところ、いざと言う時に陛下を守れるのは家柄じゃなく忠誠心と腕っ節ですからね。

 まぁ、正直陛下は私なんかより遥かに強いですし、私以外の殆どの団員は王妃殿下や王太子殿下の護衛がもっぱらの仕事ですよ」


 「確か、陛下は氷狼王フェンリルを討伐して英雄となり、この国の王となったんですよね?それからも研鑽を重ね、今でも現役時以上の腕前をお持ちとお聞きしています・・・老いては益々壮んなるべしを体現したようなお方ですね」


 「老いては益々壮んなるべしですか・・・どのような意味なんです?」


 「年老いても志は堅固にして意気盛んでなければならない・・・肉体と志は年齢に関係無いのだから、逆に年月の分だけより一層盛んにならなければならないって意味の言葉です」


 「はっはっは!そりゃ良い、陛下にピッタリな言葉だ!俺等なんかよりよっぽど元気でヤル気に満ちてるからな!!」


 清宏の言葉を聞き、サンダラーは腹を抱えて笑い出した。

 オーリック達と他の近衛騎士達も思い当たる節があるのか、サンダラーとまではいかないが皆笑いを堪えているようだ。


 「ふむ、余が居らぬ間に何やら盛り上がっているようだ」


 皆が笑っていると、玉座のある方向から声が聞こえ、皆一斉に振り返った。

 玉座の横には、いつの間にかやって来ていたオライオンが疲れ切った表情で立っていた。


 「陛下、気配を消していきなり現れないでくださいよ・・・心臓にわるいじゃないですか」


 「それはすまなかった・・・して、何を話しておったのだ?」


 「陛下はいつまで経っても元気だって話してたんですよ・・・それより、王妃殿下はどうでした?」


 サンダラーに尋ねられると、オライオンは掌で両眼を押さえてため息をついた。


 「其方も知っておろう、あれが大人しく引き下がってくれるようなしおらしい性格ではない事くらい・・・」


 「あー・・・やっぱりですか」


 「何が『あー・・・やっぱりですか』ですか!?サンダラー、貴方は本当に相変わらずですね!!」


 サンダラーが諦めたように呟くと、それを聞いていた50〜60歳程のドレスを見に纏った女性が怒鳴りながらオライオンの隣に並んで立った。

 サンダラーは背筋を伸ばすと、慌ててその女性に頭を下げた。


 「うへっ、聞かれてた・・・申し訳ありません王妃殿下!!」


 「何度注意しても貴方と言う人は・・・いくらこの人のお気に入りとは言え、限度というものがあるでしょうに!たまには貴方からもしっかりと言っていただかないと困ります!!」


 「う、うむ・・・サンダラーよ、今後は気をつけよ・・・」


 「それだけですか!?貴方がそうやって甘やかすからサンダラーはいつまで経っても・・・」


 「あー・・・すまんが、今は大事な客人も居ることだし、そのくらいにしては貰えぬか・・・続きなら後からいくらでも聞いてやるから・・・」


 オライオンは冷や汗を流しながら王妃を宥め、チラチラと清宏達を見る。

 清宏は苦笑してため息をつくと、片膝をついた。


 「お初にお目に掛かります・・・私は魔王リリスの副官を務めております清宏と申します。

 この度はお忙しい中、急な訪問にも関わらず謁見をお許しいただき恐悦至極に存じます」


 王妃は清宏の挨拶を見て慌てて姿勢を正すと、優しく微笑んだ・・・オライオンは安堵すると、清宏に感謝するように小さく頷いている。

 いくら英雄と呼ばれる王とは言え、愛する伴侶には弱いようだ。


 「清宏殿、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ない・・・余がこの国の王オライオン、隣が王妃のマレーヤだ。

 先程、其方は急な訪問で申し訳ないと言っていたが、余は今日会えた事を心から嬉しく思っている」


 「身に余るお言葉、恐れ多くも有り難く存じます」


 「そう謙遜せずともよい・・・余は、其方に是非とも会ってみたいと思っておったのだ。

 其方は来月開かれる魔王リリス殿との会談の席には出席しないと聞いていたのでな・・・正直半ば諦めておったのだが、この様な形で訪ねて来てくれて感謝するのは余の方だ。

 非公式ゆえ其方を大々的にもてなす事が出来ぬが、我等は本来ならば敵同士・・・この様な形で会わねばならぬ事を許していただきたい」

 

 オライオンが謝罪すると、清宏は慌てて首を振った。


 「いえ、話し合いの場を設けさせていただけるだけでも我々にとっては大いなる第一歩でございます・・・我々の掲げる魔族と人族の和睦・・・それは世迷言と笑われても何ら不思議ではありません。

 ですが、陛下はその様な我々の提案を検討し、そして話し合いという形で応えてくださった・・・感謝こそすれ、もてなしに不満を持つ事などあろうはずがございません」


 「其方にそう言って貰えると余も助かる・・・。

 して、清宏殿は今日どのような要件で参られたのかをお聞きしたいのだが宜しいか?」


 「はい・・・今日私が伺いましたのは、来月開かれる会談の前に我々の計画の詳しい内容を前もってご説明させていただく為でございます。

 オーリック達に託した親書にて計画や我々の要求等は書かせていただいておりましたが、全てを伝えるには親書でお伝えするよりも、直接ご説明させていただいた方がよりご理解いただけるかと思いお伺いした次第です。

 もう一つの理由としましては、開催場が我々の城に近いとなれば陛下へご負担をお掛けする事になってしまいます・・・前もってご説明させていただく事で会談を円滑に進め、長旅の疲れを少しでも癒す時間を設けていただけたらと思ったからにございます」


 清宏の言葉にオライオンは驚きの表情を見せたが、すぐに苦笑して俯いた。


 「心遣い感謝する・・・この様に言っては失礼になってしまうが、魔王の副官である其方にここまで気遣っていただけるとは思ってもいなかった。

 理不尽に命を奪われた仲間を想ってフェンリルとなったあの氷狼と出会って以降、余は魔族にも仲間を想う心がある事を知った・・・だが、その事を完全には受け入れ切れず、これまで何もして来なかった・・・だが、余は其方達からの親書を読んだ時やっとその事を受け入れる覚悟が出来たのだ。

 人族と魔族の和睦・・・我々は互いに殺し合いの歴史を歩みはしたが、中には和睦の声を上げる者が居なかった訳ではない・・・だが、それも異端とされ排除されてきた・・・生半可な道ではないのは重々承知しているが、この国に魔王リリスが現れ、あちらから和睦を持ち掛けて来たのも運命なのであろう。

 これは、フェンリル以上に難儀ではある・・・だが、だからこそやり甲斐があり、何より余の人生最大最後の試練とあれば燃えると言うものだ。

 清宏殿、余から其方に頼みがある・・・どうかこの過酷な試練を共に乗り越えては貰えぬか?」

 

 オライオンに見つめられ、清宏は頷く。


 「これが茨の道である事は我々も元より覚悟しておりましたが、我々だけでは困難な事でございました・・・ですが、それを陛下が共に乗り越えて下さると言うならばこれ程心強い事はございません」


 「協力感謝する・・・」


 オライオンが頭を下げたのを見て、清宏は苦笑して首を振った。


 「陛下、一国の主である貴方がその様に頭を下げないでください・・・私は魔王リリスの名代ではありますが、我々は協力し合うのですから上も下もないのです・・・どうか堂々となさって下さい」

 

 「そうか、そうであるな・・・確かにこれでは、また大臣達に小言を言われてしまうな・・・若い頃からの癖というのは、なかなか直らぬから困ったものだ。

 さて、前置きが長くなってしまったな・・・では清宏殿、話を始めていただけるかな?」

 

 「ちょっと待っていただけるかしら、私からも清宏殿にお聞きしたい事がございますが宜しいでしょうか?」


 清宏はオライオンに頷き説明を始めようとしたが、それまで黙っていたマレーヤに急に尋ねられて出鼻を挫かれた。

 笑みを浮かべているマレーヤを見て清宏は背筋に寒いものを感じたが、平静を装って頷く。

 清宏の後ろで正座をさせられていたオーリック達は、心の中で『まだ続くのかよ!』と愚痴をこぼしていたが、マレーヤはそんな事など気にも留めず清宏を真面目な表情で見つめた。

 



 

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