第185話 マレーヤの質問

 マレーヤは、数枚の紙を広げて清宏に差し出す。

 それは、清宏がオライオンへ宛てて書いた親書だった。

 自分の書いた親書を手渡された清宏は、理由が分からず首を傾げてマレーヤを見た。


 「これは私が書いた親書のようですが、何かご不明な点がありましたでしょうか?」


 「いいえ、私も何度か目を通させていただきましたが、書かれている条件などは我が国にとって非常に利になる内容でした・・・恐らく、これ程の好条件を断る国などまず無いでしょう。

 ただ、私はこの親書に書かれていない事についても話し合うべきだと思うのですが」


 マレーヤに指摘された清宏はもう一度親書に目を通し、ある事に気付いて唸った

 その反応を見たマレーヤは、書面を指して清宏を見る。


 「分かりましたか?今この時も、貴方の書かれたこの親書にも、そちらとの和睦でこの国の利益に繋がる事は話しとして上がってていますが、拒否した場合や裏切った場合にこの国が被る不利益について一切出ていないのです。

 本来、人族と魔族が和睦をするという事自体が前代未聞ですし、貴方もこちらを気遣って恐怖心を煽る様な事を書かなかったのかもしれません・・・ですが、これはなあなあで済ませて良い問題ではないのではないですか?」


 「殿下の仰る通りでございます・・・申し訳ございませんでした」


 清宏が非を認めて素直に謝罪すると、マレーヤは頷き今度はオライオンを振り返って睨んだ。

 オライオンはヤバいと思ったのか背筋を伸ばして咳払いをし、怒られるのを覚悟して腹を括った。

 

 「貴方も貴方です、気付いていながら何も言わないとは何事ですか!この件に関しては、清宏殿にだけ責任があるわけでは無いのですよ!!」


 「す、すまん・・・彼等との戦力差を考慮すれば、容易に想像がついてしまってな」


 「良いですか、これは貴方だけの問題では無いのです!国の問題なのですよ!!

 国とは多くの人の集まりですが、民を導く王侯貴族はその中でもごく少数・・・本来、国を支えているのは多くの民達なのです!

 今回清宏殿が提示して下さった条件は、国家単位で見れば非常に魅力的ではありますが、この国で暮らす多くの民にとってはすぐに不安を拭うのは難しい事でしょう・・・だからこそ私達が誠意を持って説明し理解を求めねばならぬのに、憶測だけで説明して齟齬があっては、あまりにも無責任ではないですか!!」


 「う、うむ・・・本当に申し訳なかった」


 オライオンはマレーヤに叱られ、玉座の上で小さくなってしまった。

 マレーヤはそれを見てため息をつくと、再び清宏に向き直った。


 「私も、わざわざ聞かずとも最悪の事態について想像は出来ていますし、それは他の者達も同じでしょう・・・ですがこの件に関しては、私達の憶測ではなく、清宏殿の言葉を聞き、それを民に説明して理解を得ねば意味が無いと思います」


 「はい・・・私が至らぬばかりに申し訳ございませんでした」


 「いえ、私こそ大事な客人である貴方に対して失礼を重ねてしまい申し訳ございません。

 では、この国が被る不利益について聞かせていただけますか?」


 マレーヤに尋ねられ、清宏は頷いて深呼吸をすると、彼女の目を真っ直ぐ見つめた。


 「まず今回の話が流れた場合ですが、これまで同様に我々から何かをすると言った事は一切ありません・・・ただ、攻めてくるのならば話は別です。

 次に和睦が成立した後にそちらが裏切った場合ですが、その際は攻めて来た時同様に相応の対処はさせて頂きます」

 

 「では、その相応の対処とはどの様になさるおつもりですか?」


 「もしこの国が私達を裏切り、私の仲間を傷付けると言うのであれば、その時は私自らの手で徹底的に排除します。

 それはリリスは嫌がるでしょうし、配下であるペインやアルトリウスは彼女の命令ならば不殺も聞き入れるでしょうが、私だけは別です・・・仲間に刃を向け、私の目的の邪魔をすると言うのなら、私はこの世界全てを敵に回す覚悟は出来ています」


 清宏が迷わず答えると、オーリック達は俯いたがマレーヤは変わらず清宏の目を見続けていた。


 「ペイン殿やアルトリウス殿の事を敢えて『配下』と仰いましたが、貴方は違うのでしょうか?

 それに貴方の目的と仰いましたが、それは何なのでしょう?」


 マレーヤに尋ねられ、清宏はルミネを見た・・・目が合ったルミネはすぐに目を逸らす。

 清宏は、それを見てルミネが自分の事をオライオン達に話していない事に気付き、マレーヤに向き直った。


 「私は魔王リリスに召喚されて副官になりましたが、配下ではなく協力者として対等な立場である事を彼女に認められております。

 ですから、彼女の和睦したいという考えについては私も賛同していますし協力も惜しみませんが、もし敵意を持った者が現れた場合は私自分の意思を最優先します。

 私まで彼女の配下として忠誠を誓ってしまえば、守りは堅固に出来るでしょうが攻め手が無く何の解決にもなりません・・・だからこそ、私は対等な立場として自分の意思で行動出来る協力者であり続けています」


 マレーヤは清宏の答えを聞いて俯いたが、しばらくして顔を上げた。


 「そうですか・・・では、貴方の目的とは?」


 「殿下・・・無理を承知でお願いしたいのですが、私の目的についてお話する前に人払いをしていただけませんでしょうか?」


 「人払いですか・・・」


 マレーヤは清宏の頼みを聞いて迷いオライオンを見た。

 オライオンは頷くと、控えていた近衛騎士達に指示を出して退出させ、清宏を見た。


 「清宏殿、すまぬがサンダラーだけは念の為控えさせてくれ」


 「構いません・・・私も、サンダラー殿には聞いていただいた方が良いと思っておりますので」


 「感謝する・・・して、其方の目的とは?」


 清宏は頷き、オライオンとマレーヤを交互に見て目を閉じ、深呼吸をした。


 「私の目的は聞くだけなら単純なものです・・・故郷に帰りたいというだけです。

 まぁ、最近ではこっちも良いかなと思ってはいますが、やはり家族や友人に会いたい気持ちは抑えようがありません」


 「清宏殿はこうしてペイン殿と共に王都まで来られたのですし、故郷に顔を出す事は可能なのではないですか?」


 マレーヤに尋ねられ、清宏は首を振った。


 「そうですね・・・確かにこの世界なら何処へでも行けるでしょうが、私の故郷だけは絶対に不可能なのです」


 「それは何故でしょう?」


 「私の故郷はこの世界中の何処にも存在していのです・・・私は、いわゆる異世界と呼ばれる場所から召喚されたのですよ。

 私の目的はリリスとの契約を解除し、元居た世界に戻る事・・・その為には、リリスの協力が必要不可欠なのですよ・・・だからこそ、私は何が何でも彼女を守らねばなりませんし、その為なら殺しも辞さない覚悟です」


 清宏は包み隠さず話し、オライオンとマレーヤを見る・・・2人は驚愕し、言葉を発せずにいるようだ。

 そして、清宏は念の為オーリック達に振り返ると、事情を知っていたルミネとラフタリア以外もオライオン達同様の反応を見せていた。

 それを見た清宏は苦笑すると、わざとらしく肩を竦めた。


 「驚かれるのも無理はありません・・・何せ、リリス自身も異世界からの召喚は過去に例がないと言っていましたから。

 過去に例がないという事は、帰り方も分からないという事です・・・帰れるのかすら定かではありません。

 ですが、だからと言って私は諦めるつもりはありません・・・この世界の人々には悪いと思いますが、私は自分の目的の為に我を通させてもらいます。

 その代わりと言ってはなんですが、私の居た世界の道具などを再現し、こちらの世界の人々の生活をより良いものにする為の協力は惜しまないつもりですから、その点はご安心を」


 驚愕している2人に対し、清宏はわざとらしく戯けたように笑う。

 それを見たオライオンは、俯いて小刻みに震え出したかと思うと、笑いながら立ち上がった。


 「ふっ・・・ははははは!これは驚いた!まさか、魔族との和睦以上に信じられぬ話を聞く事になるとは思いもしなかった!

 いや、其方の造った魔道具や計画などを見る限り、それは誠の話なのであろうな・・・」

 

 「私も驚きましたわ・・・。

 あの、ひとつお聞きしたいのですが、清宏殿は魔王リリスに快く協力なさっているようですが、召喚された事を恨んだりはしていないのでしょうか?」


 清宏はマレーヤの問いかけに対し、腕を組んで首を傾げて苦笑した。

 一国の王と王妃を目の前にして不遜な態度ではあるが、オライオン達は気にせず清宏の言葉を待っている・・・この礼儀や作法に捉われない親しみやすい姿こそが、民に絶大な指示を受けている理由だろう。


 「最初はそりゃあ頭に来ましたよ・・・でも、魔王リリスは事実を隠さず話してくれましたし、私が帰る方法を共に探すと約束してくれました。

 それに、魔王とはいえ見た目が10歳くらいの子供が、人間に父親を殺され、自身の命も危機に瀕している状況であってなお不殺を貫き、恨みを晴らすのではなく、敵であるはずの人族と協力して乗り越えようとしてるんです・・・そんな姿を見せられたら、大人としてはやってやらない訳にはいかないですからね」


 優しい表情で答える清宏に対し、マレーヤは優しく微笑んだ。


 「どうやら愚問だったようですね・・・。

 清宏殿、正直に話をしていただきありがとうございます・・・私は、貴方が自分の意思を語る姿、魔王リリスやお仲間を気遣う姿は、偽りなき真実であると感じました。

 うまい話には裏があると思ってしまうのが人であり、下心を隠そうと思ってしまうのもまた人なのです・・・ですが、貴方は全て正直に話して下さいましたね?私は、それは人として本来あるべき姿であると思います。

 色々と無礼な質問をしてしまいましたが、私は貴方真摯に答える姿を見て、信頼するに値する方であると判断します。

 数々の無礼を働いておきながら厚かましくもお願いいたします・・・どうかこの国・・・いえ、この世界に住う人々の為、より良い世にすべくご協力いただけたら嬉しく思います」


 微笑んでいるマレーヤは、清宏が笑顔になったのを見て満足そうに頷いた。


 「先程もお伝えしましたが、私と魔王リリスは、この国が我々と共に歩んでいただけるなら協力を惜しみません。

 私は、約束というものに関しては一度痛い目を見ているので、必ず守りますから安心してください。

 では話を戻させていただきまして、今後の計画などについて詳しくご説明いたします」


 「うむ、かなり話が逸れてしまったが、思いがけず良い話を聞く事が出来た・・・では清宏殿、よろしく頼む」


 オライオンが笑顔で清宏に促すと、今まで黙って話を聞いていたオーリックが、申し訳なさそうに手を上げた。


 「も・・・申し訳ありませんが、そろそろ立ってもよろしいでしょうか?流石に足が痺れて・・・」


 「ふむ・・・余は構わんが、そもそも何故其方達は正座をしているのだ?」


 「無謀にも魔王の副官と喧嘩した罰ですよ。

 ほれ、陛下のお許しが出たんだからさっさと立て馬鹿共!」


 オーリックに代わって答えたサンダラーは、正座のし過ぎで動きが鈍っているオーリックの足を軽く蹴った。

 足を蹴られたオーリックは、その場で転倒して悶えている。


 「あ痛たたた!痺れてるんですから足は狙わないで下さい!!」


 「自業自得だ馬鹿!お前等全員そこで悶えてろ!!」


 サンダラーは、オーリックだけでなく全員の足を次々と小突いていき、皆その場でのたうち回った。


 「ぎゃーっ!何すんのよクソジジイ!!」


 「ひ、酷いですわ!元はと言えば清宏さんが!」


 「言い訳すんな!」


 オーリック達が悶えているのを見ていた清宏は、大きなため息をついて項垂れた。


 「し、締まらねえな・・・」


 「清宏殿、すまぬがもう少しだけ待っていてくれ・・・」


 「本当、賑やか過ぎるのも考えものですね・・・私達の前だという事が分かっているのかしら?」


 3人は揃ってため息をつくと、オーリック達が落ち着くまでの間、世間話に花を咲かせて待つ事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る