第183話 修羅場
ジルが城に向かって1時間程が経ち、暇を持て余してしまった清宏は、またもやアイテムボックスから自作したゲームを取り出して皆で遊び始めていた。
まず、正方形のテーブルを4人で囲み、そのテーブルの上には船・馬・竜の三種類の絵柄の牌が並んでおり、それぞれに赤・青・黒の色違いの物が9枚ずつ用意されている・・・いわゆるポンジャンと言う物だ。
清宏は皆にルールブックを渡すと、手本を見せながら壁牌を積み、席に着いていたルミネ、オーリック、シャーリーの3人も見様見真似で壁牌を積み終えた。
「さてと、ジルがいつ帰ってくるか分からないし東風戦でやってみますかね」
「東風戦ですか・・・それはどう言う意味なのでしょうか?」
壁牌を積み終え、ルールブックに目を通していたルミネは、聞き慣れない言葉に顔を上げて聞き返しす。
清宏はそれに頷くと、ルミネの持っていたルールブックのページをめくって基本的な内容が書かれたページを指差した。
「まず、本来は一荘戦て言って、東・南・西・北でそれぞれ四局の計16戦するんだが、それだとかなり時間が掛かるし、最近ではその半分の半荘戦が基本になっている。東風戦て言うのはさらにその半分で、東一局から四局までの点数で勝敗を決めるものだ・・・まぁ、親の連荘なんかで必ずしも四局で終わるとは言えないんだけどな」
「親と子があるのですか?」
「親が1人と子が3人で、親があがれば連荘で一本場って感じで場数が増えていき、子があがれば局が進むんだよ。
まぁ、習うより慣れろだ!これは言っちまえば絵合わせゲームだし、難しく考える事は無いよ。
役や点数に関しては、今お前達が持ってるルールブックを見ながら覚えれば良い」
3人は自信なさげに頷いたが、清宏は構わずサイコロを振った。
ゲームが開始され、まず清宏の下家に座っているシャーリーの親から始まったが、不慣なため清宏がフォローをしながら場が進んで行く。
開始から30分経ち、清宏以外は初めてであったため少し時間は掛かってしまったが、なんとか東四局・・・清宏の親に入った。
現在の順位はシャーリー、清宏、オーリック、ルミネの順だ・・・まさかのルミネがドベである。
最下位のまま最終局を迎えたルミネは、涙目で清宏を睨みつけている。
「き、清宏さん・・・何故私しか狙わないのですか!?」
「俺はな、捨て牌の種類や枚数、手牌のどこから何を捨てたかで、お前の待ちや浮き牌を予測してんだよ」
「ならば、オーリックからもあがれば良いではないですか!!」
「嫌だね!俺はな、お前が凹むのが見たいんだよ!!」
清宏はルミネを揶揄うようにアカンベをして牌を自摸ると、本日一いやらしい笑みを浮かべて手牌から黒い竜の牌を捨てた。
「あ、それです・・・やっと1回あがれましたよ」
オーリックが苦笑しながら手牌を倒すと、清宏は満面の笑みでガッツポーズをした。
「やったなオーリック!シャーリーちゃんも1位おめでとう!・・・ルミネはざまぁw」
「清宏兄ちゃん、ありがとー!」
清宏がシャーリーとハイタッチをして頭を撫でると、清宏の上家に座っていたルミネが勢いよく立ち上がった。
「卑怯ですわよ!今、わざとオーリックに振り込みましたわね!?」
「私も最後まで掌の上で踊らされていたのは気付いていたが、それも清宏殿の経験と読みの鋭さがあってのことだろう・・・まぁ、まさか最後にわざと振り込まれるまであがれないとは思ってもいなかったが」
涙目で地団駄を踏むルミネを宥めながらオーリックは肩を落とす。
それを見た清宏は、懐いてきたシャーリーを椅子に座ったまま膝の上に抱き上げて苦笑した。
「ポンジャンくらいならこの程度余裕だよ・・・まぁ、本格的な麻雀になると流石に難しくなるんだけどな。
今遊んでたポンジャンは、麻雀って言うゲームを子供でも楽しめるように簡略化した物なんだ・・・麻雀は牌の数も種類も増えるし、役の数も4倍くらいになった上に点数計算も細かくなるよ」
「清宏殿は麻雀も結構されていたのですか?」
「飲み会の支払い額を決めたり飯代を賭けたりしてほぼ毎日やってたよ。
まぁ、俺は仲間内では勝ち越してたけど、プロなんかには流石に勝てる気はしないよ・・・」
「そうですか・・・まぁ、やはりどの道であっても、それを職として生きている人と言うのは一筋縄ではいかないものですからね。
それにしても、このゲームはジルが知ったらハマりそうで怖いです・・・」
「俺が何だって?」
オーリックが唸っていると、リビングの入り口から声が聞こえて来た。
そこには、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるジルが立っていた。
「おう、おかえり!で、返事はどうだった?」
「大丈夫だってよ・・・まぁ、いきなり来られても対応に困るって愚痴を言われたけどな。
取り敢えず、今から先客を迎えにゃならんから昼過ぎに来てくれって言ってたぜ」
「それは、正直すまんかった!としか言いようがないな・・・本当、無理そうなら断ってくれても良かったんだがなぁ」
報告を受けて清宏が苦笑すると、ジルは呆れてため息をついた。
「そんな訳にも行かねーって・・・何せ、あんたは魔王リリス以上に警戒されてはいるが、それ以上に利益を生み出す可能性がある存在なんだから、そりゃあ直接会って話してみたいと思うだろ。
それと、あんたに限って心配ないだろうけど、これも前もって言っとくか・・・陛下に会うなら、傍に控えてる胡散臭いおっさんにはくれぐれも気を付けてくれ。そいつは今じゃあ近衛騎士団長って偉い地位に就いてはいるが、元々は裏では知らない奴は居ないってくらい腕の立つ殺し屋だった男で、剣の腕はオーリック以上だからな」
「マジか・・・下手に買いかぶられるより、そのおっさんの方が怖いわ。
ちなみに、フェンリル倒したっていう王様はどんなもんなんだ?」
「それ以上だな」
即答された清宏は、身の回りの物を素早く片付けて席を立ってリビングの入り口に向かって歩き出した。
「よし、帰ろうか!」
「ここまで来てドタキャンは無えだろ・・・」
ジルにダメ出しを食らった清宏はトホホと項垂れ、虚な目でオーリックを見た。
「なぁ、何か対処法とかって無い?」
「申し訳ありませんが、はっきり言って私がお伝え出来るような対処法は無いですね・・・。
まず、陛下はお年を召されているとは言え、剣の稽古は毎日欠かしておりませんから、体力的には全盛期に比べて衰えてはいるでしょうが、鍛錬と経験を積み重ねている分その剣技は全盛期以上と言われています・・・実際、私も手合わせしていただいた事がありますが、全く手も足も出ませんでしたよ。
私が見た陛下の戦い方は、正攻法の極地という印象でした・・・搦手などは一切通用せず、例えどの様な相手であっても真正面から圧倒します。
次に、近衛騎士団長のサンダラー殿は陛下とは真逆で型と言えるものが無く、性格同様に全く掴み所がありません・・・リズムと言うか、攻守のタイミングを敢えて狂わせて相手を翻弄します。
以前私が手合わせした時は、一挙手一投足ことごとくを監視されているような嫌な気配を常に感じ、プレッシャーで焦りを誘われて背後を取られました・・・攻撃をいなされて体勢を立て直そうとした時には、一瞬で目の前から消えていましたよ。
正直、私は陛下とならば何度でも手合わせを願いたいと思いますが、サンダラー団長とは二度とごめんです・・・」
「な、なる程・・・ただただヤベェ奴等ってのだけは理解出来たわ」
「そうですか、なら良かったですよ・・・」
オーリックが澱んだ虚な目で答えると、清宏は気圧されて若干引き気味に頷く。
オーリックがドツボにハマって魂が抜けそうな程に長く深いため息をついていると、ルミネが優しく彼の肩に手を添えて微笑んだ。
「オーリック、難しく考える必要はありません。清宏さんには、ただ一言こう言って差し上げれば良いのです・・・陛下はオーリックの上位互換、サンダラー団長は清宏さんそのものと言えば察してくれますわよ。
良いですか、何も貴方が嫌な事を思い出してまで清宏さんに助言をする必要なんて無いのです・・・だって、所詮は清宏さんですもの!何かあったとしても、私達には全くもって関係ありませんもの!むしろ、一度くらい斬られてしまえば良いのです!」
「ざっけんなコラ!!何が一度くらい斬られてしまえば良いだ!?戦争か?お前、俺達と戦争したいのか・・・?」
「別に、私は戦争をしたいだなんてそんな野蛮な事は言っておりませんわよ?あぁ、清宏さんは野蛮で助平でいやらしい性格をしてらっしゃいますから、そんな考えに至ってしまっても何ら不思議はありませんでしたわねぇ・・・」
「お、おいルミネ・・・流石に言って良い事と悪い事が・・・子供達も見てるんだから」
急速にヒートアップしていく清宏とルミネの喧嘩に、今まで凹んでいたオーリックが我に返って仲裁に入るが、2人の目に彼は映っていない。
他の者達はトバッチリを避けるため、既に部屋の隅に避難している。
「この腐れアバズレ・・・」
「誰がアバズレですって!?」
「昨夜酔っ払って俺にキスした挙句、服の中にゲロ撒き散らしやがったお前の事だ!あの後大変だったんだからな!俺が食事代・清掃代・迷惑料・来てた客の口止め料にいくら出したと思ってんだ!?」
清宏が怒鳴った瞬間、ルミネの顔から表情が消えて完全に無になった。
部屋の隅に避難していたオーリック達も皆静まり返っている。
「ち・・・ちょっと待ってくださる?今、何とおっしゃいました?」
「あ?聞こえなかったなら、何度でも言ってやるよ・・・お前は!昨夜!大勢の客の目の前で!泥酔して!俺にキスして!服の中にゲロを吐いたんだよ!!」
ルミネは真っ青になり、ギギギと音が聞こえてきそうな程にぎこちない動きでオーリック達を振り返る。
「嘘・・・ですわよね?」
「・・・」
「何故皆んな黙ってるんですの・・・ねえ、ラフタリア・・・嘘ですわよね?」
尋ねられたラフタリアは、千切れんばかりに首を背け、事情を知らないリンクスと子供達以外は皆誰一人としてルミネと目を合わせようとしない。
皆の反応で全てを察したルミネは、ふらふらと覚束ない足取りでキッチンに向かい、包丁を手に取ると、感情の篭っていない暗い目で清宏を見た。
「父様・・・母様・・・姉様・・・私もそちらへ参ります・・・ですが、その前にどうしてもやらねばならない事があるのです・・・」
「お、おいルミネ・・・そこまで思い詰める必要は・・・」
「退いてくださるかしら・・・生恥を晒して生きてなどいけませんわ・・・」
ただならぬルミネの行動にオーリックが止めに入ったが、ルミネは下から睨め付ける様に殺意の篭った目で彼を見て清宏に近づいていく。
清宏がファイティングポーズをとり、シュッシュッと拳を突き出して笑っているが、彼も目が完全に座っている。
「ヘイ、カモンカモン!ルミネビビってる!?やるってんなら、俺の必殺技ファイブ・フィンガー・デス・パンチが火を噴くぜ!呼び方は五指死拳でも可だこの野郎!!」
「清宏殿も煽らないで下さい!って、コラ!本当にやめないかルミネ!!」
「オーリックどいて、そいつ殺せない!!」
「おい、お前達も見てないで2人を止めてくれ!私だけでは無理だから!!」
振り解こうとするルミネを必死に羽交い締めにしながら、オーリックは涙目で助けを求めて叫ぶ。
「な、なぁ・・・ルミネは良いとして、誰がダンナを止めんだよ?」
「私、まだ死にたく無いわよ・・・」
「同じく」
「私は今日で引退した身だからな・・・と言うか、私もまだ死にたくはない」
ジル、ラフタリア、カリス、リンクスは互いに押し合いながら一向にその場から動こうとしない。
その間もオーリックは必死に頑張っているのだが、いくら相手が刃物の扱いに慣れていないルミネとは言え、流石に全ての攻撃は抑えきれずに何度か斬り付けられて血を流しているようだ。
「本当、誰でも良いから早く・・・!」
「むぅ、このままでは家が無くなってしまうのであるぞ・・・それに、オーリックもそろそろヤバいのではないか?」
子供達を抱き上げ、他人事のように呟いたペインにオーリック達の視線が刺さる。
「あんた、何でここに逃げて来てんの?」
「トバッチリは嫌であるからな!逃げるなら早いに越した事は・・・ん?何故我輩を押すのであるか?子供達は・・・あれ?」
ラフタリアはペインをジト目で睨み、ジルとカリスは背中を押し、リンクスは子供達を素早く奪って3人の背後に隠れる・・・素晴らしいチームプレーを見せている。
「わ、我輩は嫌であるぞ!?何が悲しくてあの状況に首を突っ込まねばならんのであるか!!」
「清宏はあんたの上司でしょうが!!」
「か・・・返す言葉も無いのである!ええいままよ!我輩が死んだら、アルコーとヴァルカンに立派な死に様だったと伝えて欲しいのである!!」
ペインは意を決して走り出し、清宏に正面から迫る・・・そして、目にも留まらぬ強烈なゲンコツをくらって呆気なく撃沈してしまった。
その後、清宏達は揉めに揉めた挙句約束の時間を過ぎてしまったため、様子を見に来た騎士がオライオンに報告し、またもや騎士団が動き全員仲良く城に連行されてしまった。
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