第182話 リンクス②

 張り詰めた空気の中、リンクスは清宏が話し始めるのをただじっと待っている。

 清宏は腕を組んで目を伏せたままもう一度座り直すと、大きく息を吐いて頭を下げた。


 「まずはお前に謝罪したい・・・今回、俺達の無茶な頼みのせいでお前の大事な家族を巻き込んでしい、本当に申し訳なく思っている。

 無事に保護され、元気な姿を見る事ができて俺自身安堵してる」


 清宏が謝罪すると、リンクスは困ったようにオーリック達を見て苦笑した。


 「皆から聞いていたのか・・・。

 貴方は気にするなと言われても難しいのだろうが、陛下を始め仲間達のおかげで、子供達は怪我もなく無事に保護する事が出来た・・・確かに私自身不安や焦り、迷いはあったが、別に貴方達を怨んだりなどはしていないから安心してくれ」


 「すまない・・・そして、ありがとう。

 今回の件はリリスにも報告し、改めてお詫びをさせて貰うよ・・・流石に黙っとく訳にはいかないし、話せば絶対気にするだろうからそれだけは受けてやってくれると助かるよ」


 「ははは、確かにあの方ならそうなるだろうな・・・何せ、魔王とは思えない程に純粋で、お人好しだからな」


 リンクスが小さく笑うと、少し緊張が解れたのかオーリック達も釣られて笑う。

 だが、リンクスはすぐに真面目な表情で清宏を見て居住まいを正した。


 「清宏殿、貴方が私に言いたかったのは謝罪だけでは無いのではないか?」


 「まぁな・・・子供達も移動させちまったし、こんな空気じゃ分かるよなそりゃあ」


 清宏は自嘲気味に笑うと、深呼吸をしてリンクスを見た。


 「なぁ、お前はいつまで冒険者を続けるつもりなんだ?

 俺が言うのも何だが、今回は本当に運が良かった・・・マグラーが子供達を他にも利用しようと考えていなければ、無事に帰って来なかったかもしれないだろう」


 「やはりその話か・・・まぁ、だいたい予想はしていたよ。

 私も、今回の件で色々と考えさせられたし、夫の両親も言葉にこそ出さないが心配しているのが分かるからな・・・だが、私も正直迷っているんだ」


 リンクスは苦笑すると、俯いたまま呟いた。

 清宏は、昨夜オーリックと話をした時とは違い、優しい表情をしている。


 「何を迷う必要があるんだ、お前だって本当はどうすべきか分かってるんだろう?」


 「あぁ、分かってはいるさ・・・でもな、いざとなると答えが出せないんだ・・・S級と持て囃されていながら、情けなことだよ」


 「まぁ、それも仕方ないのかもしれないな・・・長年苦楽を共にした仲間と家族を天秤に掛けなきゃならんとなると迷いもするだろう。

 だがなリンクス、俺はもうちょっと考え方を変えた方が良いと思うぞ?」


 清宏の言葉を聞き、リンクスは顔を上げて首を傾げた。


 「いやな、お前は悩み過ぎて見えてないものが多過ぎるって思うんだよ。

 まず、前提として比べるものが間違ってると思うんだ・・・お前は、駆け出しの頃からずっと一緒だった仲間達と愛する家族、どちらとも忘れられない思い出があるし、どちらも大切なんだろう?だが、そんなもんを比べたって答えが出せるはず無いんだよ・・・だって、本当なら比べる事なんて出来ないものなんだからさ。

 だがな、俺はお前が一番見なきゃならないと思うところは、どちらを守るべきかだと思うんだ。

 オーリック達はジルを除いて皆んなS級でお前と一緒だ・・・こいつらは、お前が守ってやらなきゃならないくらい弱いのか?もしお前がそう思ってるのなら、お前はこいつらの実力を信頼していないって事になるだろう。

 次にお前の家族だが、まだ小さい子供達は、お前が居なくても身を守れるのか?もしそうだとしたら、今回の様な事にはならかったはずだろ?」


 清宏は話の合間にリンクスの様子を伺いながら話を続ける。

 リンクスはただ黙って清宏の話に聞き入っているようだ。


 「俺はな、1人で守れるのはどんなに多くても二つが限界だと思うんだ・・・一つは大切なもの、もう一つは自分自身だと思ってる。

 人によって大切なものは違うし、沢山ある奴もいるだろうけど、本当にいざと言う時に守れるのは、一つだけが精一杯なんじゃないかな?

 時には自分の命と大切なものを天秤に掛けなきゃいけない時もあるかもしれないが、大切なもの同士を天秤に掛けて迷っちまったら、どっちも失う可能性だってあるし、そんな事になったら悲しみどころか絶望しか残らないだろう。

 正直お前の場合は、自分を守る術を持つオーリック達と、自分では身を守れない子供達か・・・天秤に掛けずとも答えは明白じゃないか。

 もしお前がオーリック達と一緒に行けば、子供達とは離れ離れになって守れない・・・まさか、子供達を危険な冒険に連れ回す訳にはいかないだろ?仮にそうしたとしても、身を守れない子供達はお前が守ってやらなきゃならん。

 結局、今一番お前に必要なのは、頼もしい仲間達を信頼して後を託す事と、子供達の為に強く優しい母親として一緒に居てやる事なんじゃないか?」


 清宏は語り終え、リンクスを見て優しく笑う。

 リンクスは小さく頷くと、前のめりになっていた身体を起こして伸びをした。

 姿勢を正したリンクスは、憑物が落ちたようなスッキリとした表情をしている。


 「まさか、10も歳の離れた人間に背中を押されるとはな・・・やはり潮時なのだろうな。

 私も本当は答えを出してはいたんだが、やはり皆には言い出し辛くて、誰かに背中を押して貰いたかったのかもしれない・・・それが清宏殿で本当に良かった」


 「そう言って貰えると嬉しいよ。

 それにしても、お前に昨日のこいつ等の顔を見せてやりたかったわ・・・こいつ等、お前をどうやって説得しようかって悩んでべそかいてやがったからな」


 ニヤニヤと笑う清宏を見て、オーリックは慌てて立ち上がると全力で首を振った。


 「なっ!?そこまではなってなかったでしょう!!」


 「いーや、俺に叱られて反論出来ずに今にも泣きそうだったのを見たね!」


 「ぐぬっ・・・確かに反論は出来ませんでしたかま、断じて泣いておりません!!」

 

 オーリックに詰め寄られて素早く回避した清宏は、念の為待機していたペインの背後でニヤニヤと笑う。

 リンクスはいつもの調子に戻った皆を見て苦笑すると、わざとらしく大きなため息をついた。


 「はぁ・・・これでは、後を託して引退などと言ってはいられないな」


 「ちょっ、リンクス!?」


 リンクスの発言に驚いたオーリックは、清宏そっちのけでリンクスに詰め寄る。

 リンクスは声を出して笑うと、深呼吸をして皆を見渡した。


 「冗談だよ・・・皆、すまないが私は今日限りで引退させて貰う。

 オーリックとルミネとは30年近い付き合いだし、ラフタリアとカリスは15年、ジルは10年程になるか・・・思えば長いようで短く、辛い事も有ったが、楽しく濃い時間を過ごせたのは皆んなのおかげだった・・・本当にありがとう」


 微笑んでいるリンクスの頬を涙が伝い、オーリックはそれを拭いて優しく抱き締める。


 「礼を言うのは私達の方だ・・・君のおかげでどれほど助けられた事か・・・本当は、君が家庭を持った時に私達が言うべきだったのに、不甲斐ないばかりに清宏殿に頼ってしまった。

 これからは、君が安心して見ていられるように皆で力を合わせて頑張っていくよ」


 「今生の別れって訳じゃねーんだし、俺は堅苦しい事は言わねーけどよ・・・これからは、今まで出来なかった分家族サービスしてやんな!んで、俺等が無事帰ってきた時にはまた一緒に飯でも食おうぜ!」


 「たまには一緒に酒でも飲もう・・・愚痴くらいなら聞いてやる」


 ジルとカリスもリンクスに言葉をかけて笑顔で抱き締め合い、清宏とペインは4人の邪魔をしないように黙って見守った。

 しばらくして落ち着いたリンクスは、清宏に手を差し出して握手を求めた。

 清宏は快くそれに応えると、握手をしたままリンクスの肩を軽く叩いた。


 「清宏殿、本当にありがとう・・・付き合いが長くなると、本当に伝えたい言葉が伝えられず心苦しく思っていたんだ・・・貴方に間に入って貰えてたすかったよ」

 

 「気にすんな・・・付き合いが短い方が話しやすい事なんていくらでもあるからな。

 冒険者としては短い付き合いだったが、これからはフリーなんだしいつでも遊びに来い・・・リリスも喜ぶし、アリーとオスカー、それに新しくうちに来たヴィッキーって氷狼の子が居るからシャーリーとアーリンも退屈はしないはずだ」


 「ははは、それは楽しみだ!だが、流石に往復で1ヵ月も掛かるとなると頻繁には難しいな」


 「そん時はペインを迎えに寄越すよ」


 「それはありがたい!」


 「また我輩そっちのけで仕事が増えたのである・・・」

 

 ペインが項垂れるのを見て皆が笑うと、笑い声を聞きつけたラフタリアとルミネ、子供達がリビングに戻って来た。

 その後、ジルはオライオンへの謁見の許可を得る為に城に向かい、清宏達はジルが帰ってくるまでゲームを楽しんだ。

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