第181話 リンクス①

 朝食を済ませて気持ちを切り替えた清宏達は、歓楽街を抜け、リンクスの家のある居住区に向かう。

 城に近づくにつれ大きな屋敷が多くなっていき、歓楽街では殆ど見かけなかった馬車が行き来している。

 清宏は馬車とすれ違うたびに小さな声で何やら呟いているようだが、前を歩くオーリック達は邪魔をして機嫌を損ねないように口を挟まないようにしているようだ。


 「うーん、やっぱりもう少し改良した方が良いかな・・・」


 「何がであるか?何やらさっきから悩んでいるようであるが、また面倒な事ではあるまいな?」


 ペインに尋ねられ、清宏は苦笑しながら首を振る。


 「別に面倒ごとって訳じゃないんだが、お前に運ばせるゴンドラの型で悩んでてな・・・。

 さっきから馬車とすれ違うだろ?あの装飾を見てたら、もう少し豪華にしようかどうかで迷ってるんだよ」


 「むう、やはり我輩に運ばせるのであるか・・・どうせ断れないのであろうから言わせて貰うのであるが、派手な装飾は嫌なのである」


 「ふむ、理由を聞こう!」


 「まず、貴様は我輩に人や物を運ばせたいのであろう?ならば、求められるのは第一に強度、次に居住性や容量であるから、装飾に拘る必要性は低いと思うのである。

 次に、もし装飾を豪華にした場合、我輩の負担が大幅に増えるからである。

 運ぶとなれば、落とさぬように気を張らねばならぬからそれだけでも大きな負担であるのに、装飾を傷付けないよう気を配る余裕は無いのである・・・どうせ貴様の事であるし、装飾を傷付けたら『俺の力作に何しやがる!!』などと言って怒るのであろうが」


 ペインが理由を話すと、前を歩いていたルミネ、ラフタリア、ジルの3人が吹き出した。

 オーリックとカリスは小さく笑い、清宏も想像して肩を竦めた。


 「うん、今のままにしとこう・・・それにしても、俺の真似上手いなお前」


 「毎日のように怒られていれば、嫌でも覚えるのであるよ・・・」


 「そりゃあお前、怒られる方が悪いだろ」


 「むう、返す言葉もないのである・・・おっ、確かあれではなかったか?」


 藪を突いて蛇を出してしまったペインは苦笑して前を見ると、道の先に見えて来た屋敷を指差した。

 

 「あら、もう覚えたのね?」


 「・・・ラフタリアよ、貴様は我輩をただの馬鹿と思っているのではないであろうな?」


 「実際馬鹿だろ?」


 清宏は、ラフタリアを睨んでいるペインに追い討ちをかけると、先頭を歩いているオーリックの隣に並び、リンクスの家を見て冷や汗を流した。


 「なぁ、なんかデカくね?」


 「えぇ、彼女の夫の実家はかなりの資産家ですからね」

 

 「マジか・・・良い物件を見つけたんだな」


 「良い物件とは言い得て妙ですね・・・彼女の夫の実家は、この王都でも一二を争う程の不動産屋ですから」


 「・・・馴れ初めが気になり過ぎる」


 「それは、直接聞いてみてください」


 「やめとくよ・・・絶対嫌がりそうだからな」


 清宏が項垂れるのを見てオーリックは苦笑し、門の前まで着くと皆を振り返った。


 「朝食の時に話した通り、ルミネとラフタリアは子供達を見ていてくれ・・・話は私と清宏殿、ペイン殿とカリスはいざと言う時の為に待機しておいてくれ」


 「何かあったら呼んでくださいね?清宏さんもよろしくお願いいたします」


 「了解・・・上手くいく事を祈ってるわ」


 オーリックから手短に指示を受け、朝食時に決めた事を確認して門を開く。

 門を潜って庭を通り抜けると、オーリックは扉の前で深呼吸をして頷いた。


 「リンクス、私だ・・・オーリックだ」


 大きな扉を叩いて声を掛けると、屋敷の中から人の気配が近いてきた。

 それを察した清宏は何故か後ろに下がり、ペインの影に隠れる・・・驚かそうとしているのだろう。

 清宏が後ろでこそこそとしていると、扉が開いて普段着姿のリンクスが笑顔で出迎えた。


 「おはよう皆んな、今日はやけに早いな?何だ、ラフタリアとペイン殿も一緒だったのか・・・なぁラフタリアよ、来てくれるのは嬉しいんだが、まさか暇なのか?」


 「馬鹿言ってんじゃないわよ、滅茶苦茶忙しいっての!ねぇペイン!?」


 「うむ!我輩、今回も飛びまくって来たのであるぞ!!」


 「そうか、それは悪かった。ん?もう1人いるの・・・か」

 

 ペインの後ろに気配を感じたリンクスは首を傾げ、覗き込んで動きを止めた。

 オーリック達も何事かと振り返り、目を疑った・・・ペインの背後には、鳥の嘴の様な型をしたマスクを被った全身黒尽くめの不審者が立っていたのだ。


 「コーホー・・・コーホー・・・久しぶりだなリンクス!」


 「・・・誰だ?声が篭っていて分かりにくいのだが」


 「俺だよ俺!」


 清宏がマスクを取ってニヤリと笑うと、リンクスは驚きと喜びで目を見開いた。


 「まさか・・・清宏殿か!?」


 「ご名答!来たぜコンチクショー!!」


 「まさか貴方まで来てくれるとは思わなかった!変な格好をしていたから、不審者かと思って叩き出すところだったじゃないか!」


 「こ、怖い事言うなよ・・・」


 「ははは、すまなかった!立ち話もなんだし、皆も是非上がっていってくれ!」


 リンクスは嬉しそうに笑うと、清宏達を居間に通してお茶の用意を始める。


 「私も手伝ってきますわね」


 「茶なら俺が用意すんのに・・・」


 「貴方は何を言ってますの?貴方は今お客様なんですから、黙ってもてなされるのが礼儀でしょうに・・・」


 ルミネに釘を刺された清宏はソファーに座って室内を見渡していたが、何もしていないのが気が気でないらしく、オーリックの隣にしゃがみ込んだ。


 「なぁ、俺やリリスの所為で巻き込まれたんだよな?なんか、ここまで歓迎されると申し訳ないんだが・・・」


 「ははは、清宏殿は心配性ですね・・・彼女や我々は、貴方達の所為などと思った事などありませんよ。むしろ、我々こそあの時歓迎して頂いた事に感謝しているのです。

 あの日まで、我々にとって魔族とはただ倒すべき相手でした・・・ですが、貴方達はそんな我々に歩み寄り、同じ目線で見て下さったのです。

 我々にとって、あの城で過ごした数日間は多くのものを知り、そして学ぶ事の出来た良い機会でした」


 「そうだぜダンナ!本来、あんた達にとっちゃ俺達は敵だが、あんたはそんな俺達を信用して依頼してくれたんだからよ、期待に応えるのは当然ってもんだ!その中で何か巻き込まれたとしても、それを恨むなんて筋違いも良いとこだぜ」


 「気にするな」


 3人に笑顔を向けられた清宏は、恥ずかしそうに俯くと、ソファーに戻ると大人しくなった。

 しばらくの間リンクスとルミネがお茶を用意している姿を眺めていると、リビングの扉がゆっくりと開き、2人の女の子が中を覗き込んできた。


 「おっ、ちびっ子達がお目覚めだぜ!」


 「シャーリー、アーリン、2人共おはよう」


 「よく眠れたか?」


 真っ先に子供達に気付いたジルの言葉を聞き、オーリックとカリスは優しい笑顔で2人に話しかける。


 「あーっ、ジルがいるー!!」


 「オーリックさん、カリスおじさん、おはようございます!ラフ姉ちゃんもお帰りなさい!」


 シャーリーとアーリンはオーリック達を見て満面の笑顔を浮かべると、嬉しそうに駆け寄ってきた。


 「ちゃんと元気にしてるようで良かったわ」


 「子供は元気が一番であるからな!2人共久しぶり?であるな!!」


 ラフタリアは微笑みながら2人に手を振り、ペインは疑問形になりながらも笑顔で2人の頭を撫で、豪快に笑い。

 だが、嬉しそうに笑っていた2人は、初めて会う清宏を見て首を傾げ、顔を覗き込んだ。


 「お兄さん誰ー?」


 「お母さんのお友達ー?」


 「はじめまして、俺は清宏だ。君達のお母さんとは・・・友達で良いのか?どんな関係って言えば良いんだ?」


 清宏は答えに困りオーリックに助けを求めたが、苦笑して首を傾げられてしまった。

 ジルとカリスも2人にどう説明するべきか悩んでいると、お茶の用意を終えたリンクスとルミネが戻って来た。


 「こら!ちゃんと挨拶しないと駄目だろう?その人は私達がお世話になった方だから、失礼のないようにな!」


 「はーい!私はシャーリーです!」


 「アーリンって言うのー!」


 リンクスに注意され、2人は元気よく清宏に挨拶をする。

 清宏はソファーから立ち上がって2人の前にしゃがむと、手を差し出した。


 「お世話になったのはお互い様だから、あまり気にしないでくれ・・・それより、これからよろしくな!」


 「はーい!」


 「よろしくお願いします!」


 清宏と握手をした2人は笑って頷くと、リンクスの隣にお行儀良く座った。

 それを見た清宏は優しく笑うと、ソファーに座り直してお茶を飲み、リンクスに向き直った。


 「良い家だな・・・あ、もちろん家族も含めての事な!」


 「ははは、ありがとう・・・私には勿体無いくらいの良い家族に恵まれたよ。

 それより、今回は貴方まで来るなんてどうしたんだ?城の方は平気か?」


 「羨ましい限りだよ・・・大切にな。

 今回は、俺は国王との会談に参加出来ないから挨拶をと思って来たんだ。

 あと、城の方はアルトリウスもいるし、あれから仲間も増えたから心配無いよ」


 「そうか、本当に律儀な男だな貴方は・・・兎にも角にも、私も貴方に会えて嬉しいよ」


 「私は会いたくなかったですけどね!」


 「何だよ、俺とリンクスの会話に入ってくんなよ・・・構ってちゃんかお前は」


 「事実を言ったまでです!」


 清宏とリンクスの会話に入って来たルミネは、清宏に嫌味を言われて口を尖らせ、そっぽを向く。


 「相変わらず2人は啀み合ってるな・・・まぁ、その方が賑やかだが」


 「賑やかじゃねーだろ・・・あぁ、そうだった!お前に会ったら渡そうと思って持って来た物があるんだが・・・」


 リンクスの言葉に苦笑した清宏は、手を叩いてアイテムボックスを開いて手を入れる。


 「私にか?」


 「おう!まぁ、お前にって言うか子供達にだな!あと、作務衣のストックも持って来たぞ!!」


 清宏はアイテムボックスから次々と自作の玩具やゲームを取り出し、テーブルの上に積み重ねていく。

 初めて見る玩具やゲームに、最初こそ子供達は目を輝かせていたが、あまりの量に圧倒されて目を丸くしている。


 「よし、これで最後かな?これだけあればしばらくは楽しめるだろ!!」


 「いや、流石にこれは多過ぎるじゃないか?何でここまで・・・」


 「約束したろ?お前の子供達にプレゼントを用意しつやるってさ」


 清宏が得意げに笑うと、リンクスはハッとして涙ぐんだ。


 「そうか、そうだったな・・・あんな口約束でも本当に守ってくれるとはな・・・ありがとう。

 ほら、2人も清宏殿にお礼を言いなさい」


 「お、お兄さん・・・ありがとうございます」


 「ありがとうございます!ねぇ、これどうやって遊ぶのー?」


 アーリンが無邪気に尋ねると、清宏はラフタリアに目配せして合図をした。

 ラフタリアは頷くと、子供達の前にしゃがんだ。


 「よし、ではこの私がこのイヤになる程積み重なった玩具やゲームの数々の遊び方を教えてあげようじゃないの!何人かでやるのもあるから、今後の為にルミネもやり方を覚えなさい!」

 

 「そうですわね、では場所を移しましょうか?」


 「やったー!」


 「ラフタリア、ルミネもすまないな・・・」


 「このくらい構いませんわ」


 子供達が喜んで立ち上がると、ラフタリアとルミネはテーブルの上の玩具類を抱えてリビングを出て行く。


 「さてと、そんじゃあ本題に入りますか」


 「はい・・・」


 清宏がお茶の入ったティーカップを置いて座り直すと、オーリックも頷いた。

 リンクスは首を傾げたが、2人の表情を見て察したのか真面目な表情で2人を見返した。

 

 


 

 


 

 


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