第177話 犬猿の仲

 悶々とした清宏は結局眠れぬままに朝を迎え、手早く朝食を摂って日の出と共に出発する事になった。

 村の住人達は皆早くから起きており、出発の際にはお眠のマーサ以外の大人達に見送られ、また様子を見に来る事を約束した。

 ただ、木々が薙ぎ倒されて広くなってしまった門前で、ペインが飛び立つために竜の姿になったのを見た住人達が驚き、皆が腰を抜かしてしまったことを除けば和やかな雰囲気の別れだった。

 その後、村を出発してからはまたもや休憩無しの空の旅を続け、ペインは過去最速記録を更新して夕方には王都近郊の森の中に降りたった。


 「空腹に耐えてよく頑張った。感動した!」


 疲れ果てて無言のままうつ伏せに倒れているペインに対し、清宏は87〜89代総理大臣のように激励しているが、ペインは全く反応しない。

 不思議に思った清宏がペインを仰向けにすると、ペインは白目を剥いて気を失っていた。


 「返事がない、ただの屍のようだ・・・」


 「勝手に殺してんじゃないわよ。あんたが急かすから無理したんでしょ?」


 手を合わせて拝んでいる清宏に対し、周囲の確認をして戻って来たラフタリアが呆れて呟いた。


 「だってよぉ、門の建て替えなんかで時間食っちまったから急ぎたかったんだよ・・・」


 「それでペインが動けなくなってちゃ本末転倒でしょうが・・・ここから王都まで歩きで3時間は掛かるのにどうすんの?」


 清宏はそれを聞いてため息をつくと、ペインの頬をペチペチと叩いた。


 「おい、このバカやろー!よく聞け・・・いいか、ここをキャンプ地とする!」


 「しないわよ馬鹿!いくら森の中って言っても、ここは街道も近いんだから目立つでしょうが!」


 「言ってみただけなのに馬鹿呼ばわり・・・」


 「あんたのは全然冗談に聞こえないのよ!ったく・・・で、どうすんのよ。担いで行く?」


 ラフタリアにダメ出しをされ、清宏は残念そうに肩を竦めると、アイテムボックスから肉とヒロポンを取り出してペインの口に詰め込んだ。


 「雑な起こし方ね・・・」


 「まぁ、効果はあったみたいだから問題ないだろ?おーい、大丈夫か?」


 口の中にある肉とヒロポンを飲み干したペインを見て、清宏は苦笑しながら話しかける。

 ペインはゆっくりと目を開け、腹をさすりながら起き上がった。


 「腹が減ったのである・・・清宏よ、もう二度とあのような強行軍は勘弁して欲しいのであるよ」


 「悪かったな・・・王都に着いたらすぐに飯にしよう。今日は遠慮せずたらふく食え。

 ラフタリア、宿は飯の後からでも入れるか?」


 「私が普段使ってるところなら大丈夫だと思うけど・・・」


 歯切れの悪いラフタリアを見て、清宏は首を傾げた。


 「何か問題があるのか?」


 「たぶん、オーリック達も泊まってるわ・・・そうなると後は分かるでしょ?」


 「ルミネが居るのか・・・嫌だなぁ」


 清宏は苦虫を噛み潰したような表情で空を見上げて頭を掻き毟った。

 立ち上がったペインはラフタリアに近づいて耳打ちする。


 「何故清宏はあんなに嫌そうなのであるか?」


 「あんたが初めてルミネに会った時に言ったでしょ・・・こいつとルミネは反りが合わないのよ」


 「あぁ、確か似たもの同士とかなんとか言っていたのであるな・・・同族嫌悪と言うやつであるな」


 「似てねーし!誰があんな腹黒と・・・あいつは見た目は美人だが、中身は嫌味ったらしいから苦手なんだよ!

 くそっ・・・寝不足では会いたくないが、ここで野宿する訳にはいかねーし、行くしかねーか」


 清宏は、舌打ちしながら地面を蹴り歩き出す。

 それを見たラフタリアは、呆れて清宏の襟首を掴むと逆方向へと引っ張った。


 「王都は逆よ・・・あんた、今わざと逆方向に歩いて行ったでしょ?どんだけ嫌なのよ」


 「だって、会いたくねーんだもん・・・どうせ会った瞬間『あら清宏さん、何をしにいらしたのですか?引き篭もりの貴方が王都に来られるなんて、どういう風の吹き回しですの?道に迷うのが関の山ですわよ?』とか言って馬鹿にする未来しか見えねーからな」


 「言いそうね」


 「だろ!?」


 「でも、行って会わなきゃ陛下への謁見は難しいわよ?私は今はあんた達との連絡要員って立場だし、無いとは分かってても洗脳の可能性とかも考慮しなきゃいけないから、私では謁見の許可は出ないと思うわ・・・せめて私達のリーダーのオーリックだけでも居ないと難しいでしょうね。

 だから、オーリックに合うって事はルミネにも会うって事なんだし諦めなさい」


 「清宏よ、我輩は腹が減ったのである・・・」


 「・・・分かったよ」


 泣きそうなペインに見つめられた清宏は、やっと観念して自分で歩き出した。

 森から街道に出てからしばらくの間、清宏は何度となくため息をつき続け、さらには空腹のペインの腹の虫が鳴りやまなかったため、イラついたラフタリアは耳栓をしながら歩き続けた。

 そして3時間後、3人の前方に巨大な建造物が現れ、俯いていた清宏は顔を上げて息を飲んだ。


 「あれが城壁か?この距離から見てもデカいな・・・いや、てかマジでデカくね?」


 「城門も竜の姿のペインが楽々通れるくらい大きいわよ。ほら、あと少しなんだからさっさと歩きなさい」


 耳栓を外したラフタリアは、立ち止まった清宏の背中を押し、力尽きてしゃがみこんでいるペインを肩に担いで歩き出した。

 城門に着いたラフタリアは、いつも通り門番と軽く挨拶を交わして門をくぐり清宏を振り返る。


 「王都へようこそ!で、感想は?」


 「何もかもがデカいな・・・それに、綺麗な街並みだ」


 「でしょ?今日はもう遅いし、また明日時間があったら案内してあげるわ!さてと、それじゃあ夕飯にしましょう」


 「だな。ペインは勿論だが、正直今日は俺も腹が減ったよ・・・店はお前に任せる。味はそこそこで良いが、出来れば安くて量が多いところが良い」


 「全然私に任せてないじゃないの・・・まぁ良いわ!じゃあ着いて来なさい」


 ラフタリアが苦笑して歩き出すと、清宏は大人しく後を追う。

 王都に入ってすぐの街並みは土産物などの店が多く並んでおり、訪れた者達の興味を引き、財布の紐が緩みそうな物が溢れている。

 そこから少し歩くと、商店街を抜けて飲食店が徐々に増えていき、脇道の奥には大人のお店なども見えてきた。

 大人のお店の前には、気分良く酔っ払っている男性冒険者数名が際どい服装の女性達相手に何やら話しかけているようだ。


 「この店に入るわよ!・・・って何見てんの?」


 「いや、飯屋の近くにああいう店があるんだなと思ってな・・・」


 「まぁね・・・この辺は酒場と料理屋が多いから、酔っ払って財布の紐が緩くなった人達を呼び込む為ね。確か、飲食店街に近いところは女性と一緒にお酒を飲むお店が多くて、奥に行くほど大人のサービスを売りにしたお店が多くなるって言ってたわね」


 「キャバクラ、ピンサロ、ソープみたいな並びか?」


 「何を言ってるのかは分からないけど、話の流れから察するにそんな感じでしょうね」


 ラフタリアはさして興味がなさそうに答えると、店の扉を開いて中に入る。

 清宏も中に入って店内を見渡すと、見覚えのある背中が見えてラフタリアの肩を叩いた。


 「なぁ、あのズングリした体系ってカリスじゃないか?」


 「どれよ・・・あぁ、そうみたいね。

 どうする?せっかくだし話しかけてみる?」


 「まぁ、気付いたのに見て見ぬ振りってのもアレだしな・・・どうかルミネが居ませんように!」


 「誰が居ませんようにですって?」


 清宏が祈るように手を合わせていると、背後から不機嫌そうな声が聞こえ、慌てて振り返る・・・そこには、清宏の天敵ルミネが腕を組んで立っていた。


 「どちら様でしょうか、私は貴女の事は存じ上げません・・・なのでサヨウナラ」


 清宏が踵を返して店を出ようとすると、ルミネは目の前に立ち塞がってニヤリと笑った。


 「今私の名前を呟いていたのは貴方ではなかったですか?

 そんな事より清宏さん、何をしにいらしたのですか?引き篭もりの貴方が王都に来られるなんて、どういう風の吹き回しですの?道に迷うのが関の山ですわよ?」


 「ほらな!俺が言ってたのと完全に同じ事言っただろ!?」


 「えぇ、正直鳥肌が立ったわ・・・あんた達本当は姉弟かなんかなんじゃないの?」


 『失礼な!』


 「どの口が言ってんのよ?ほら、バレちゃったんだから皆んなの所に行きましょ。ここだと目立って居心地悪いわ・・・」


 清宏とルミネは口を揃えてラフタリアに怒鳴り、その声に店員や客達が驚いて静まり返った。

 ラフタリアは呆れて首を振ると、2人を残して歩いていく。

 2人はしばらく睨み合っていたが、同時に舌打ちをして奥のテーブルに向かった。

 そのテーブルにはオーリック、カリス、ジルが苦笑しながら待っており、清宏を見て手を上げた。


 「お久しぶりです清宏殿、またお会いできて嬉しいですよ」


 「ようダンナ!相変わらず不機嫌そうな顔してるじゃねーか?ダメだぜ、せっかくの王都なんだから楽しまなきゃな!」


 「まぁ飲め、お前と飲むのを楽しみにしていた」


 3人に歓迎され、清宏は勝ち誇ったようにルミネを見た。


 「ほら見ろルミネ、これが普通の対応ってもんだだぞ!?出会って早々皮肉を言うのは、お前みたいな猫被りの性悪くらいのもんだ!!」


 「あら、貴方こそ女性に対して居なければ良いなんて言葉を使うなど、男性にあるまじき発言ではありませんこと?まぁ、期待する方が間違いでしたわね・・・だって、清宏さんですもの」


 「あんた達、仲が良いのは分かったから早く席につきなさいよ・・・ペインがまた白目剥いてるわよ?」


 ラフタリアはオーリックの隣の席に座り、その隣にペインを座らせる。

 今彼等が使っているテーブルは円卓であり、左からペイン、ラフタリア、オーリック、ジル、カリスの順番で座っている・・・残る席は2つだが、何をどうしようと清宏とルミネは隣同士になってしまう並びだ。

 それに気付いた清宏はペインを退かそうとしたが、ラフタリアに手を掴まれた。


 「何勝手な事してんの?」


 「いや、だってさ・・・」


 「ペインには私が食べさせるから、カリスの隣にに座れば良いでしょ?あいつもあんたと飲みたがってたじゃない。

 あぁ、それとペインを間に挟むのも無しよ・・・どうせ酒飲み始めたら面倒見ないでしょ?」


 ラフタリアに睨まれ、清宏は反論出来ずに席に着く。

 ルミネはそれを鼻で笑うと、ラフタリアの背後に立って優しく肩に手を置いた。


 「なら、私がオーリックの隣に座りますわ・・・それなら貴女もペインさんの面倒を見られるでしょう?」


 「疲れてるし動きたくないからヤダ」


 「そ、そんな!?」


 ラフタリアがそっぽを向いてしまいルミネが涙目になると、オーリックが大きなため息をついた。


 「ルミネ、もう諦めろ・・・こうなったラフタリアは、テコでも動かないのは知っているだろう?

 それに、清宏殿もルミネも互いへの態度が色々と酷い・・・せっかくだし、親睦を深めたらどうだろう?私は、2人がいつまでもこのままでは今後に支障が出る可能性もあると思うんだ」


 「まぁ、この状態で支障が無えってこたぁ無えだろうな・・・ルミネよぉ、お前さんまさか陛下の前でもダンナに対してそんな態度とるつもりか?

 俺達はダンナと良好な関係を築けてるとは思うが、国としてはまだまだだ・・・陛下はダンナ達を極力刺激しないようにって考えてんのに、お前がそんなんじゃ余計な心労を掛けんじゃねーのか?」


 オーリックだけでなく、ジルにまで真面目な表情で諌められたルミネは俯くと、小さく頷いて大人しく席に着いた。


 「よ、よろしくお願いしますわね清宏さん?」


 「お、おう・・・お前もなんだか大変だな」


 2人は引きつった笑顔で挨拶を交わし、ギクシャクした空気の中夕食を食べ始めた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る