第176話 清宏の恋愛感

 門を建て直した清宏とペインは、ナハルに連れられて村の集会所前の広場へと案内され、住民達から大いに歓迎された。

 清宏は森を傷付けた事で責められる覚悟をしていたのだが、マーサの為に魔道具を造った事を感謝され、森を傷付けた件に関してはお咎めなしとなったようだ。

 その後、広場で夕飯を食べながら皆と歓談した清宏とペインは、ラフタリアの実家に泊まる事になった。

 そして皆が寝静まった深夜、ラフタリアの実家にある一室の窓辺に小さな明かりが灯り、淡い光に照らされながら清宏がグラスに入った焼酎をちびちびとあおっている。


 「本当に良い村だなここは・・・まさに理想の暮らしってやつだな」


 窓辺から暗くなった村を眺め、清宏は小さく笑って呟いた。

 しばらくそのまま焼酎を飲んでいた清宏は、部屋の外から足音が聞こえて入り口を見た・・・すると、ゆっくりと扉が開いて見慣れたエルフの少女が顔を覗かせた。


 「何か物音がすると思ったら、やっぱり起きてたのね?」


 「ローリエが夜這いに来るのを待ってたんだが、まさかお前が来るとはな・・・何だかんだ言って、俺に惚れてたのか?」


 「馬鹿言ってんじゃないわよ。誰があんたなんかに・・・」


 「じゃあ何の用だよ?」


 清宏が顔を背けたラフタリアに尋ねると、しばらく沈黙が流れた。


 「おい、結局何の用なんだよ・・・」


 「・・・しに来たのよ」


 もじもじとしているラフタリアを見た清宏はニヤリと笑うと、近付いて顔を覗き込んだ。


 「あ?夜這いしに来たって?」


 「仲直りしに来たのよ!このまま私達が険悪な感じだとペインが可愛そうでしょ!?」


 ラフタリアは顔を真っ赤にして怒鳴ると、清宏を突き放す。

 清宏はその言葉を聞いて少し驚いたようだが、苦笑してため息をついた。


 「仲直りも何も、俺が馬鹿やったせいでお前が怒ったんだろ?お前が俺を許せなかったら意味無えんじゃねーの?」


 「それは・・・まぁ、そうなんだけどさ。

 でも、あの後ペインに言われたのよ・・・やり方はどうあれ、あんたは私の為にあんな事をしたってさ・・・だから、許すわよ」


 「あの馬鹿・・・本人に言ったら意味ないじゃねーか」


 「前にあんたに言われた通り、私は自分でも甘ちゃんだと解ってるわよ・・・でも、それはあんたにどうこうして貰うもんじゃないでしょ?これは、私自身がどうにかしなきゃいけない問題なの。

 清宏、お願いよ・・・今後、あんな風に恨みを買う様なやり方はしないで・・・」


 真剣な表情のラフタリアを見た清宏はしばらく黙っていたが、諦めたように肩を竦めた。


 「分かったよ・・・俺が悪かったよ」


 「じゃあ、これで仲直りね!ふぅ、何か喉が渇いちゃったわ・・・ねぇ、何か飲み物無いの?」


 「んあ?まぁ、焼酎ならすぐに出せるが」


 「じゃあ、今あんたが飲んでるの貰うわね」


 清宏がグラスと氷を準備していると、待ちきれなかったラフタリアは清宏が飲んでいたグラスを奪って一気に飲み干した。


 「あのさ、エルフって潔癖なイメージがあったんだけど、間接キスとか平気なのか?」


 「今更何言ってんのよ、別に知らない仲じゃ無いでしょ?他の人はどうかは知らないけど、私は別に気にしないわよ。

 んーっ・・・それにしても、やっぱり実家で飲むお酒は格別だわぁ!」


 あっけらかんと答えたラフタリアは、早くも2杯目を飲んで上機嫌になっている。

 清宏は呆れていたが、ある物を見つけて凝視している。


 「ラフタリアよ、いくら実家だからって気を抜きすぎは良くないんじゃないか?」


 「何がよ?」


 意味がわからず首を傾げているラフタリアに対し、清宏は黙って胸元を指差した。

 ラフタリアは指差された場所を確認する為に視線を落とすと、目を疑った・・・ゆったりとしたタンクトップの肩紐が片方だけずれ落ち、胸が見えていたのだ。


 「い・・・いつから?」


 「さっき俺の焼酎を奪って飲み干した時だな」


 「早く教えなさいよ馬鹿!」


 耳まで真っ赤になっているラフタリアは肩紐を戻すと、持っていたグラスを投げつけた。


 「俺の所為じゃねーだろ!?お前が見せてきたんだから無罪だ!!」


 「くそっ・・・まったく、油断した自分が恥ずかしいわ。

 ねぇ、ちょっと一つ聞きたいんだけど良い?」


 ラフタリアは照れ隠しのつもりなのか、床を拭いている清宏に尋ねた。


 「何だよ?」


 「やっぱり、女の裸を見ても何とも思わないの?

 正直、夜這いがどうとか冗談言うから気になるのよね・・・」


 清宏は作業を中断してラフタリアに向き直る。


 「まぁ、何も感じないって訳じゃねーよ・・・さっきのお前の胸だって、見えてラッキー程度には感じるよ・・・あ、勘違いすんなよ?別にその程度だとかお前に魅力が無いとか馬鹿にしてる訳じゃないからな?」


 「それだけなの?他には何も無いの?」


 「他にはって・・・何も感じないと言うか、そういった欲求が湧かないから、ムスコは寝たままだし抱きたいとかって感情も無いよ。

 俺がラッキー程度には感じるのは、たぶん性欲ってのは人間の三大欲求の一つだし、完全に無くす訳にいかないからだと思う・・・まぁ、実際効果はあるみたいだから詳しくは聞いてないんだけどな」


 清宏は説明を終えると、新たに用意した焼酎を口に含み、苦笑した。


 「へぇ・・・あんたが性欲が無いって言う割にはセクハラ紛いの事をしてくるから不思議に思ってたんだけど、そういう理由だったのね」


 「元々はリリスの親父のためだったんだが、便利な道具を造ってくれたアルコー様には感謝しても仕切れないよ。

 さてと、他に聞きたい事はあるか?この際だし聞きたい事があるなら暇なうちに聞いてくれ」


 清宏が聞き返すとラフタリアは腕を組んで唸り、しばらく考えて顔を上げた。


 「ついでと言ったらなんだけどさ、恋愛感情とかはどうなのかしら。あんたって見た目と性格の割に意外と女性陣からの評価高いじゃない?」


 「あのな、さらっと失礼な事を言うんじゃないよ・・・性格はまだしも、生まれ持った見た目は変えようが無いんだからな。

 まぁ、恋愛感情はあるにはあるんだがなぁ・・・正直、俺の周りには見目麗しい女性が多すぎて困ってるよ」


 「確かに私が見ても凄いと思うわ・・・リリやビッチーズ達サキュバスは男を誘惑するために美形揃いなのは分かるんだけど、シスとレティは人間の中でもかなり美人だし、アンネに至ってはエルフの私も息を呑む美少女よね」


 「そうそう、他にリリスとアリーも大人しくしてれば人形みたいだし、ペインとコーラルは美女の類いだな・・・まぁ、俺はこの4人は女とみなしてないんだけどな」


 清宏がため息をつくと、ラフタリアは笑いながらグラスをあおって一息ついた。


 「ねぇ、あんたの好みって誰なの?」


 「うわぁ、嫌な質問が来やがった・・・」


 「別に良いじゃない?」


 しばらく唸っていた清宏は、肩を竦めた。


 「見た目はやっぱりアンネが一番かなぁ・・・でも、性格はリリかお前だな」


 「・・・は?マジで言ってんの?」


 ラフタリアは、清宏の意外な答えに二度見して聞き返した。


 「アンネは甲斐甲斐しくしてくれるんだが、色々と気を使うんだよ・・・落ち着かないって言ったら良いのかな?

 だが、お前とリリには気を使わなくても良いと言うか、本音で話せるところが良いとは思うな・・・まぁ、本命は別にいるんだけども」


 「ほほう・・・で、誰なのよ?」


 「レイスだな」


 「ぶほっ!は、鼻から焼酎が・・・てか、レイスってスケルトンじゃない!?」


 清宏は咽せているラフタリアにハンカチを渡し、首を傾げた。


 「何を当たり前の事を言ってんだお前は?

 あのな、わざわざ言われなくたって俺もそんな事は百も承知なんだよ・・・だからさっきは敢えて候補に挙げなかったんだ。

 レイスはな、俺がこっちに来て初めて出来た友人なんだよ・・・最初は男だと思ってたし、全く意識してなかった。

 でもな、あいつは常に俺やリリスの為に尽くしてくれるし、自分に足りない所を補おうと努力している・・・それが女と来たもんだ。

 あいつと居るとな、本当に落ち着くんだよ・・・俺の話をただ黙って聞いてくれるだけの事が多いけど、楽しんでくれてるのが分かるのが嬉しいんだ。

 たぶん、あいつに肉体があったならガチで惚れてたと思うよ」


 「確かに、聞いてみたらレイスは理想の女性って感じね・・・気配りも出来るし聞き上手だし、料理も出来るものね。

 ねぇ、もしレイスに肉体があって見た目が好みじゃなくても、好きになる自信ある?」


 「俺は、他人を本気で好きになる時ってのは見た目じゃねーと思うぞ?

 見た目が良いからって性格が合わなけりゃ長続きはしないだろ・・・そんな奴といつまでも一緒に居るなんてどんな苦行だよって思うわ。

 お前は見た目が幼いのがコンプレックらしいし俺も胸の事でお前を揶揄ったりもするが、正直胸の大きさなんて関係ないだろ・・・惚れた女の胸が大きかったか小さかったか程度の問題なんだよ」


 「ねぇ、何でそこで胸の話に持っていく必要がある訳?」


 拳を握って力説していた清宏は、ラフタリアに睨まれて大人しく正座をする。

 ラフタリアはため息をつくと、真面目な表情で清宏の前にしゃがみ込んだ。


 「ねえ清宏・・・あんたが誰を好きでも構わないけどさ、アンネに関しては責任取りなさいよ?」


 「何だよいきなり・・・責任も何も、そのうち俺よりもっと良い奴が現れると思うぞ?まぁ、俺もなるべく気には掛けておくつもりだけどな」


 清宏の答えを聞いたラフタリアは首を振り、睨みつけた。


 「甘いわね・・・と言うか、あんたは吸血鬼について詳しく知らないようだから教えてあげる。

 吸血鬼ってのは子孫を残せない代わりに、一度愛した人間を生涯思い続ける種族なのよ・・・アンネにとっては、あんたがその対象ね」


 清宏はラフタリアの言葉を聞き、持っていたグラスを床に落として深刻な表情で俯く。


 「アルトリウスを見て吸血鬼が執着心の強い種族って事は知ってたんだろうけど、そこまでは考えが至らなかったかしら?

 でも、このままじゃアンネが可哀想だから敢えて言わせて貰うわ・・・あんたは約束や責任ってものに拘っているなら、あの娘にもちゃんと向き合ってあげなさい。

 あんたはメジェド様ってヘンテコな神様に心臓を取られた代わりに時間を得られたんだし、少しくらいあの娘の為に時間を割いてあげても良いんじゃないかしら・・・そうじゃなきゃ、いつまで経っても報われないあの娘が可哀想よ?」


 ラフタリアはそう言って清宏の肩を軽く叩き、残っていた焼酎を飲み干して立ち上がった。


 「でもよ、やっぱりそんな事は不誠実なんじゃって思うんだよ・・・どうすりゃ良い?」


 清宏は俯いたままラフタリアに尋ねる。


 「正直、あんたの気持ちも分からなくはないけどさ、私はあの娘の気持ちを無碍にしないであげて欲しいってだけよ。

 別に想いに応えて一生添い遂げろって訳じゃないし、あの娘の為に時間を作って一緒に居てあげるとかその程度でも良いんじゃない?好きな人と過ごす時間って幸せなものだと思うわよ・・・アンネみたいな純粋な娘なら特にね。

 それに、あんたが管理職を自負してるなら、たまには部下のプライベートの心のケアもしてあげるのも役目でしょ!」


 「勝手に俺の仕事を増やさんでくれ・・・まぁ、教えてくれて助かったよ。

 アンネについては、今後はもう少し真剣に考えてみるよ」


 「せいぜい頑張りなさい!じゃあ、私はそろそろ戻るわね」


 「あぁ、おやすみ・・・」


 清宏は手を振って部屋を出ていくラフタリアを見送り、最後にもう一杯だけ焼酎を飲んでベッドに入ったが、結局朝まで悶々としてしまい一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。

 


 


 


 


 


 




 


 

 



 

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