第175話 ね、簡単でしょう?

 ラフタリアが逃げ出した清宏とローリエを追い、姿が見えなくなってから30分が経ったが、いまだに帰ってくる気配は無い・・・ただ、かなり離れた場所から轟音と魔獣達の断末魔の叫びが聞こえてくるため、まだ帰ってくる気は無いようだ。

 村に取り残されたペインは、騒ぎを聞きつけて集まって来た村の住人達と手分けして後片付けの真っ最中だ。

 ペインが門の柱だった物を担ぎ上げて運んでいると、ラフタリアの父であるハミルが破片を抱えて近づいて来た。


 「ペイン殿、お疲れのところお手伝いいただき感謝いたします。

 それにしても、これをあの子がやったとは信じられませんな・・・」


 ハミルは村の前に出来てしまった一直線の道を見て、目を伏せてため息をついた。

 ペインは柱の残骸を端に下ろすと、苦笑しながらハミルを見る。


 「彼奴は冒険者としても一流であるが、何より使っている弓が破格であるからなぁ・・・少なくとも、あの弓を超える物となると神代の遺物位の物であろうな」


 「神代の遺物ですか・・・まさか、冒険者とはそれ程稼げるものなのですか?」


 「いやいや、いくら何でも一介の冒険者では手が出ぬであろうよ・・・それに、ああ言った物は所有者を自ら選ぶと言われているのであるからな。

 ラフタリアの弓は、先日話した清宏という男が趣味で造った物であるが、採算度外視で性能重視の超が付く程の剛弓であるよ。

 我輩も一度だけあの弓で放った矢を受けたが、あれはとにかくヤバいの一言である・・・ヴァルカンとアルコーですら舌を巻く程の性能であるからな」


 ペインの話を聞いたハミルは顔を引きつらせ、抱えていた破片を地面に落とした。

 弓の性能は勿論だが、魔王2人の名が出た事に驚きを隠せないようだ。

 そんなハミルを見て、ペインは落ちた破片を拾って肩を叩いた。


 「心配せずとも良いのであるよ・・・貴様の娘はヴァルカン達にも認められているのである。

 それに、ヴァルカン達は自ら争いを仕掛けるような奴等ではないから心配はいらないのである」


 「そ、そうですか・・・もしあの子が魔王と敵対していたと思ったら、心配で心配で・・・」


 「ははは!まぁ、貴様が心配するような事は何一つ無いのであるよ!魔王も人と同じく性格があり、それぞれの思いもあるのである・・・現に、今彼奴が身を寄せているのも、我輩の主である魔王リリスのもとであるからな!」


 「ま、魔王のもとにですか・・・あの子は大丈夫なのでしょうか?いや、ペイン殿が主人と認め仕えている方なのであれば問題無いのでしょうが、やはり気が気ではないですな・・・」


 ハミルの表情が若干曇り、ペインはどう説明したものかと唸った。

 ペインがしばらく答えに悩んでいると、出来上がったばかりの道の先から、ローリエを背中に乗せた清宏が全速力で戻って来た。

 清宏は素早くペインの肩を掴むと、今きた方向に向かって押し出した。


 「秘儀!ペインウォール!!」


 「あ痛ぁっ!?いきなり我輩を盾にするとはどういう了見であるか!!」


 盾にされたペインの額に矢が当たって砕け、ペインは涙目で蹲りながら清宏を睨んだ。

 睨まれた清宏は汗だくになって肩で息をしているが、その目はペインではなく道の先に立っている人物に釘付けになっている・・・ラフタリアだ。


 「そろそろ許してくれよ、何度も謝ってんだろ!?ローリエもそろそろ限界っぽいぞ!!」


 「うぅ・・・吐きそう・・・」


 「わーっ!?待て、そこで吐くな!!」


 清宏は嗚咽するローリエを降ろして背中をさするが、その間もラフタリアから目を離さない。

 ラフタリアは矢をつがえ、ゆっくりと歩きながら近づいてくる。

 ローリエを診ている清宏はその場から動けず、覚悟を決めてラフタリアの前に立ちはだかった。


 「鎮まれ!鎮まりたまえ!さぞかし名のある冒険者と見受けたが、なぜそのように荒ぶるのか!?」


 「いや、貴様のせいであるぞ?」


 「うっさい!一度は言ってみたい台詞ってあんだろーが!?」


 「まぁ、それはわからんでもないのである・・・だが、今の彼奴に冗談は通じぬのではないか?」


 ペインが指差すと、その先には可視出来る程の怒りのオーラを纏ったラフタリアが、目を血走らせて睨んでいる。

 それを見た清宏は息を飲み、その場で土下座した。


 「本当に悪かった!これ以上は体力的にも無理だから許してくれ!!」


 「・・・で?」


 「で?と言われましても・・・本当すんませんっした!!」


 しばらく沈黙が流れ、弓を構えたまま清宏を睨んでいるラフタリアの前にハミルが割り込んだ。


 「ラフタリア、そろそろやめなさい・・・彼も反省しているだろう。それに、君はこの惨状を見て何も思わないのかい?」


 ハミルはラフタリアの背後に広がる薙ぎ倒された森を指差す。

 ラフタリアは父親の顔を見て正気を取り戻すと、村の門と森を見て崩れ落ちた。


 「父様、ごめんなさい・・・私のせいで・・・」


 「ラフタリアよ、貴様が気にする必要は無いのであるぞ・・・清宏よ、本当に悪いと思っているのであれば、貴様がこの惨状を解決するべきではないか?」


 涙を浮かべたラフタリアの頭を撫で、ペインは清宏を見た。

 

 「分かってるよ・・・今回は本当に悪ノリが過ぎたって自覚してるからな。

 森については今すぐどうこうは出来ないが、門は俺が建て直そう。この際、セキュリティー重視の凄いのを造ってやる!あ、もちろん村の外観とかけ離れた物にはしないからそこは安心してくれ。

 それと、森に関しては一度帰ってからアリーをここに来させて、あいつに木を生やしてもらうように手配しよう・・・こんなところでどうだ?」


 「それだけであるか?この村の者達へも迷惑をかけたであろう・・・」


 「ぐっ!?確かにその通りだ・・・わかった、それについてもどうにかしよう!そうだな・・・ここの生活で役立ちそうな魔道具とかならどうだ?」


 「まぁ、そんなところであろうな・・・。

 ハミルよ、清宏の提案を受け入れて貰えたら嬉しいのであるが、どうであるか?」


 清宏が大人しく従ったのを見て頷くと、ペインはハミルに向き直って頭を下げた。


 「そうですね・・・私だけでは判断出来かねますので、返事は皆の意見次第でよろしいでしょうか」


 「まぁ、仕方のない事であるな・・・では清宏よ、取り急ぎ門の建て直しをするのである。いくらこの村が比較的安全とは言え、森の中には魔獣も多く生息しているのであるからな」


 「くっそー・・・自業自得とは言え、お前に正論吐かれると情けなくなって来るな。

 えっと、ハミルさんでしたか・・・倒れてる森の木って勝手に使っても良いですかね?」


 清宏は大きなため息をつくと両手で頬を叩き、ハミルに尋ねた。


 「本来なら長の許可が必要なのですが、このような状況ですし仕方がないでしょう。

 それと申し遅れました、ラフタリアの父のハミルと申します・・・妻と娘がお世話になりました」


 「これはご丁寧に・・・私は清宏と申します。

 マーサさんと娘さんにはお世話になっております・・・今回は私の悪ノリのせいでご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません」


 2人がお辞儀合戦を始めてしまい、ペインは呆れて清宏の肩を叩いた。


 「清宏よ・・・」


 「お、おう・・・悪い。

 さてと、んじゃまあ始めますかね!」


 清宏は改めて気合いを入れ、アイテムボックスから魔道具を取り出す・・・見慣れない魔道具に、ペインとハミルは首を傾げている。

 清宏の取り出した魔道具には、小さな刃が大量に付いたチェーンが取り付けられていた・・・そう、林業や製材で活躍するあの道具だ。


 「何であるかそれは・・・」


 「魔石チェーンソー!」


 「何故ダミ声になるのである?」


 「様式美ってやつだな!」


 某猫型ロボットの様な声で答えた清宏が笑いながら魔道具を作動させると、刃が高速で回転を始めた。

 周囲にチェーンの回転する音が響き、それを聞きつけた他の者達も珍しそうに様子を伺っている。


 「ふはははは!どうだ俺特性チェーンソーの性能は!?」


 「ほほーっ・・・これは便利ですね」


 得意気な清宏は、近くにあった丸太をチェーンソーで片っ端から加工していく。

 ハミルは清宏の邪魔にならぬよう加工の終えた木材を見てしきりに頷いている。


 「本当、魔石って便利ですよね・・・本来ならチェーンソーを動かすには燃料が必要なんですが、魔石さえあれば問題ないですからね!燃料使わない分手入れも楽だし、基本的にはチェーンを掃除して油差しておけば良いので維持もしやすいんですよ。

 ここは森の中ですし、見たところ家の造りも大木の幹を利用してるみたいですから、良かったらこれを差し上げましょうか?」


 「それはありがたいですね、皆も喜ぶでしよう」


 「なら練習がてらちょっと使ってみます?

 使用する時は、人が周りに居ないのを確認して下さいね・・・刃単体の切れ味はそこまで良くはありませんが、高速で回転するので人に当たれば悲惨な事になります。

 あと、知ってるとは思いますが立木を切る時には倒れる方向にも気をつけてください」


 「確かに、これで斬られたら傷口が酷いことになりそうですね・・・わかりました、皆にも周知徹底させましょう。

 では、お言葉に甘えて使わせていただきます」


 ハミルはチェーンソーを受け取ると、深呼吸をして作動させ、倒木の枝を切り落とした。

 チェーンソーは細かい作業には向かないが、木を倒したり枝を落とす時には非常に重宝する。

 しばらく使い心地を確認していたハミルは、何度も頷いて笑顔で清宏を見た。


 「これは素晴らしいですね、今までの苦労が嘘のようです!」


 「ね、簡単でしょう?」


 清宏は、どこぞの絵画教室の講師のように笑うと、ハミルからチェーンソーを返して貰い作業に戻る。

 自室や風呂場を造った経験とスキルの性能もあり、清宏は尋常でない速度で木材を加工し、組み上げていく。

 そして陽が傾き始めた頃、村の入り口に見事な門が完成した・・・その大きさたるや元の1.5倍、厚さに至っては2倍にもなる巨大な門だ。

 清宏は額の汗を拭い、達成感に満ちた表情で集まった住民達を見た。


 「これならどうでしょう?」


 「しゅ・・・しゅばらしい!見事な出来でごじゃいましゅじょ!!」


 集まっている者達を掻き分け、小さな老人が転がり込むように清宏の前に飛び出してくると、清宏は目が点になった。


 「後日、森の木に関しても手を打ってくだしゃるとハミルから伺っておりましゅ!」


 「えー・・・あーっと・・・つかぬ事をお聞きしますが、貴方の名前はヨーダでは無いですよね?」


 テンションの高い老人に、清宏は困惑しながら尋ねた。

 その老人は肌の色こそ緑ではないし指も3本ではないが、某SF映画に出てきた銀河系最高と謳われた剣士に瓜二つだったのだ。

 老人は首を傾げ、清宏を見てニッコリと笑う。


 「私の名はヨーダではなくナハルと申しましゅ。

 貴方が清宏しゃまでごじゃいましゅね?今回のしょうどうの発端は清宏しゃまと伺っておりましたが、落ち着いたラフタリアからマーシャの件も聞き及んでおりましゅ・・・今回の件をしゃし引いても、余りあるご厚意に感謝の念に絶えましぇん。

 見ての通り木々に囲まれてしゃっ風景ではありましゅが、どうぞ疲れを癒してくだしゃいましぇ!」


 「お、おぉ・・・助かりますヨーダ・・・じゃなかった、ナハルさん」


 「どうじょこちらへ、しゅくないでしゅが夕飯もご用意しておりましゅ!米や味しょ、醤油もしゃけもごじゃいましゅぞ!!」


 相変わらずサ行の言えないナハルに手を引かれ、清宏は困惑したまま大人しくついて行く。


 「ジャバ様の次はヨーダかよ・・・何だこの世界?」


 誰に言うでもなく、清宏はため息をついて考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

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