第174話 馬鹿の末路

 夜が明け、早めの朝食を済ませた4人は、鬱蒼とした森の中を進む。

 鼻歌まじりに軽快な足取りで歩く清宏の前では、疲労と寝不足でフラフラのラフタリアが小石を蹴って八つ当たりしながら歩いている。

 

 「清宏よ、貴様はどうしてそうやり過ぎるのであるか・・・ラフタリアを見てみよ、あそこまで荒れているのは今までに無いのであるぞ?」


 まだ眠たげなマーサを背負い、とばっちりを避ける為2人から距離を取っていたペインは、ラフタリアが不機嫌そうなのを見かね、小声で清宏に尋ねた。

 ペインに尋ねられた清宏は歩くペースを落とし、ラフタリアを見失わない距離まで下がった。


 「何だよ急に・・・俺だってな、別にあいつが嫌いで揶揄ってる訳じゃねーんだぞ?

 あいつに俺の事を話した時にも言ったが、あいつは普段は荒いが根は優しい性格だろ?あまりこっち側に感情移入させちまったら、いざと言う時に困るのはあいつだ・・・あいつに世話になったのは確かだし感謝もしてるが、だからってそれに甘えて優しくし過ぎるのも考え物だ。

 どんなにやりたくなかろうが、嫌われ役にならなきゃいけない時ってのもあるんだよ・・・まぁ、それが俺にとっては揶揄うって方法なだけだな」


 「そうであったか・・・我輩はてっきりただの嫌がらせだと思っていたのである」


 「それもある!だが、俺だって出来れば嫌われたくはねーよ・・・あいつと馬鹿やってるのは楽しいからな。

 でもよ・・・仮にやり合う事になった時、そんな気持ちのままで戦えるか?あいつやオーリック達とやり合うなら、恨まれてた方がこっちも気が楽だからな・・・だからこうやって適度に恨みを買ってガス抜きしてんだよ」


 清宏はそう言うと、再度歩くペースを早める。

 そんな清宏を見たペインは苦笑し、完全に寝落ちしたマーサを背負い直してその後を追った。

 そして、それから2時間程歩き続け、村の入り口まで辿り着いた。

 4人が入り口の門をくぐると、それに気付けたエルフの少女が駆け寄り、ラフタリアと抱き合って無事を喜んでいる・・・前回は見かけなかった顔のようだが、2人はやけに親しげな様子だ。

 その少女は髪型は軽いウェーブのかかったショートボブで、服装は動き易さを重視したノースリーブのシャツとベスト、ショートパンツ、膝上まであるブーツを嫌味なく着こなしており、幼く見えるラフタリアよりかなり大人びている。


 「おかえりラフタリア!この前はせっかく帰って来てくれたのにごめんね・・・」


 「良いわよ別に・・・それに、こうやってすぐに帰って来るつもりだったしね!

 あのさローリエ、帰って来てすぐで悪いんだけどさ、父様と長達を呼んできてくれないかしら?」


 ローリエと呼ばれた少女は、ラフタリアの後ろに並んでいた清宏達を見比べると、含み笑いをしてラフタリアの肩を軽く叩いた。


 「ねぇ、あそこにいる人間って貴女の彼氏だったりするの?」


 ローリエの言葉を聞いた途端、ラフタリアは耳の先まで真っ赤になった。


 「そんな訳ないでしょ!何が悲しくてあんな陰険クソ野郎と付き合わなきゃならないっての!?」


 ラフタリアが全力で否定すると、清宏は真っ直ぐローリエの前まで行って立ち止まり、胸の前で掌を合わせてオジギをする。


 「ドーモ。ローリエ=サン。ラフタリアの彼氏の清宏です」


 「ドーモ。清宏=サン。ラフタリアの幼馴染みのローリエです・・・何これ、新手の挨拶か何か?」


 清宏がいたって真面目な表情でオジギし、アイサツをすると、それに倣ってローリエもオジギとアイサツを返す・・・ニンジャ同士のイクサに欠かす事の出来ない礼儀作法にすぐさま適応するとは、この少女はなかなかの手練れのようだ。

 2人のやりとりを見ていたラフタリアは、口をパクパクと魚のように動かすと、涙目で清宏を睨んで弓を構えた。


 「何で否定しないのよ!変な噂されて帰って来れなくなったらどうしてくれんの!?」


 「その場のノリだ!空気を読んだだけだろーが!?」


 「こら清宏、我輩を巻き込むとは卑怯であるぞ!?」


 清宏はペインを挟み、ラフタリアから逃げ回る。

 それを見ていたローリエは楽しそうに笑い、ラフタリアの頭を撫でた。

 ローリエが口元を押さえて笑う仕草は、エルフ特有の美しさも相まってとても様になる。


 「そんなに怒らなくても良いじゃない・・・なんだか面白い人達じゃないの?」


 「私は面白くないの!ったく・・・清宏、次変なこと口走ったら警告無しで射殺すわよ!?」


 「ほう・・・面白い、やれるもんならやってみな?」


 「ねぇ、貴女達って仲が良いの?それとも悪いの?」


 睨み合う2人を見てローリエが首を傾げて尋ねると、ラフタリアは盛大なため息をついた。


 「逆に聞くけど、今の会話のどこを見たら仲良さそうに見えるの?」


 「お前こそ何言ってんだ?俺達はかなり親密な関係じゃねーか・・・」


 「えっ?それってつまり・・・本当にそういう関係!?」


 ラフタリアに馴れ馴れしく肩を組んだ清宏を見て、ローリエは目を輝かせた・・・そして、ローリエに向かって清宏はニヤリと笑った。


 「そりゃあもう、下着の色や胸のサイズまでしっかりバッチリチェック済みですよ・・・」


 「まさかそんなに進んでたの!?ラフタリアに先を越されるなんて・・・何だかショックだわ!

 でもね・・・ラフタリアにそんな素敵な相手が現れたなんて、ちょっと感激しちゃう私がいるの!」


 キャーキャーと騒ぐ2人に強烈な殺気が突き刺さる・・・だが2人はそんな事には目もくれず、どんどん盛り上がっている。

 そしてラフタリアの怒りが爆発すると同時に、清宏のこめかみの辺りで火花が散った・・・ラフタリアが無警告で弓を放ち、清宏が事前に用意していた見えざる壁に当たって砕け散ったのだ。


 「まぁ怖ーい!お友達も一緒でしょー!?」


 「下手な芝居ね・・・覚悟は出来てるんでしようね?」


 笑いながら身体をくねらせている清宏に対して吐き捨てるように呟いたラフタリアは、再度弓を構える・・・ローリエは悪ふざけが過ぎた事に気付き、清宏の後ろに隠れた。

 流石に清宏もラフタリアの剣幕に気圧され、すぐさまジャンピング土下座をした。


 「ちょ、待てよ!俺が悪かったって!!お前の友達も怖がってるから今だけは抑えてくれよ・・・なっ!?」


 「言い残す言葉はそれだけかしら?あんた達の墓標には『馬鹿の末路』とだけ刻んどいてあげる」


 ラフタリアは4本の矢をつがえ、2人に狙いを定めた・・・明らかにオーバーキルだが、そんな事は今の彼女には関係ない。


 「駄目だこりゃ!逃げるぞローリエさん!!」


 「ラフタリア、私だけは許してー!!」


 「卑怯だぞ!あんたとは出会ったばっかだけど、一緒に笑い合った仲じゃないか!?」


 ローリエをお姫様抱っこをして逃げ出した清宏の背後から矢の雨が降り注ぐ。

 ラフタリアの放った矢は門を木っ端微塵に破壊して正面の森を薙ぎ払った。


 「だからやり過ぎだと言ったのである・・・」


 ペインの呟きなど聞こえていない3人は、薙ぎ払われて見通しの良くなった森の中を全速力で駆け抜けて行った。


 

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