第173話 美味い物

 ヴァルカンとアルコーが帰った翌日、清宏はマーサを故郷の村に送るため、ペインとラフタリアと共に朝早くに城を発ち、陽が沈んだ頃には村近くにある飛竜の暴れた跡に辿り着いた。

 そこから村までは3時間程の距離なのだが、森を知っているラフタリアと違い、不安定なマーサと普段引き篭もりがちの清宏、腹ペコのペインを連れて夜の森を進んでは逸れてしまう可能性があるため、大事をとって一晩休む事になった。

 清宏とラフタリアは、腹ペコで動けないペインにマーサを預け、火起こしとテントの準備を始める。


 「やべえな・・・オラ、わくわくしてきたぞ!」


 「野宿でテンション上がるとか、子供みたいだからやめなさいよ・・・」


 清宏が某戦闘民族のようにウキウキとしながらテントを張っていると、火起こしをしていたラフタリアが呆れたように呟いた。

 だが、清宏は聞こえていないのか鼻歌を歌っている。


 「ご機嫌なのは良いけどさ、夕飯はどうするの?」


 「ん?あぁ、一応持って来てはいるんだが、出来ればその辺にある食べられる物も使いたいんだよな・・・せっかくだし、新鮮な食材が欲しい」


 「新鮮な食材ねぇ・・・って、ちょっと!勝手に動き回らないでよね!?」


 清宏が近くの藪をかき分けて森の中に入ろうとし、唸っていたラフタリアは慌てて引き留めた。

 だが、清宏は悪びれもせず笑顔で振り返る。


 「煙が見える範囲にしか行かねーよ!それより、キノコ類は任せて良いか?」


 「なら良いけどさ・・・キノコと山菜なら、私が採ってくるわよ?あんたは何を探すの?」


 「虫」


 清宏ぐ何気なく答えると、ラフタリアは採取用に持っていたナイフを落として固まった。


 「・・・今、何て言ったのかしら?」


 「だから、食える虫だよ・・・意外と美味いんだぞ?まぁ、生き物を食わないお前には一生理解出来ないだろうけど」


 「いや、そうじゃなくてさ・・・鳥とか野ウサギとか色々と他に選択肢がある中で、何で虫なのかって聞きたいんだけど?」


 「そんなん簡単だ・・・鳥やウサギなんて罠張って捕まえるか、探して弓で射るしかないだろ?だが、虫はその辺に結構いるから見つけやすいんだよ。例えば、そこにデカい栗の木があるだろ?」

 

 清宏はラフタリアの背後にある栗の木に近づくと、幹を調べてニヤリと笑った・・・清宏の視線の先には、いくつもの穴が開いている。

 ラフタリアはそれを見て顔を引きつらせたが、一応話を聞くため近付いてきた。


 「いくつか虫が食った痕があるだろ?これはカミキリムシの幼虫の仕業だな」


 「あぁ、確かデカい幼虫よね・・・」


 「そうそう!栗の木には他にもアブラムシとか色々と害虫はいるんだが、このサイズの穴を開けるのはカミキリムシの幼虫だな。そして、そいつがめちゃくちゃ美味いんだよ!

 俺は罠とか好きだろ?それで、狩猟免許を持ってる親戚の叔父さんに頼んで山について行く事が多かったんだが、その時に色々と虫を食ってダントツで美味かったのがシロスジカミキリの幼虫だったんだよ・・・あれはな、昆虫ってのを抜きにしても美味だぞ。

 見た目はともかく、食感は脂肪分が多くてクリーミーなんだが、ナッツの様な風味とトウモロコシのような優しい甘さがあるんだ」


 「・・・それ、幼虫よね?」


 ラフタリアは半信半疑で尋ね、首を傾げた・・・正直、彼女が疑いたくなるのは理解出来る。

 だが、清宏はそんな事を気にも止めず得意げに頷いた。


 「成虫も美味いんだが、幼虫には敵わないな。

 他に美味い虫なら、蜂と蜂の子、蝉、イナゴ、ざざ虫なんかも結構美味いぞ」


 「いや、知りたくもない情報なんだけど?って、何してるのよ・・・まさか、本当に食べる気!?」


 バールのような物を取り出して木の皮を剥がし始めた清宏を見て、ラフタリアは血相を変えた。

 清宏は作業を止めて振り返ったが、水を差されて不機嫌そうだ。


 「いれば食う!いなければ諦める!」


 「何であんたは食に対してそこまで必死になれるのよ・・・私達エルフは偏食気味だとは思いけど、何でも食べるのも色々とアレよね」

 

 「日本人の食に関するこだわりをナメんな!」


 ラフタリアは作業に戻った清宏を見て諦め、山菜採りを開始する。

 そして30分程が経ちラフタリアが戻ると、丸々と太った幼虫を串に刺し、焚き火の前で嬉しそうに笑っている清宏が座っていた。


 「おぉ・・・正直、キツい絵面だわ」


 「5匹もいたんだぜ!」


 「それはようござんすね・・・で、本当に食べるの?」


 「食わなきゃ取らんだろ?取ったのに食わないのは、頂く命に失礼だからな!」


 「良い事言ってるはずなのに、食べるのは虫っていうのがねぇ・・・アルトリウスやアンネが知ったら卒倒しそうだわ」


 もう何も言うまいと諦めたラフタリアは、採って来た食材を手早く調理し、自分とマーサの夕飯を用意する。

 すると、匂いに釣られたペインとマーサがテントから這い出て来た。


 「やっと夕飯であるか・・・腹ペコで死にそうなのである」


 「美味しそうなのよー」


 「む・・・清宏よ、貴様が焼いているのは何であるか?我輩の目が確かであれば、何かの幼虫に見えるのであるが」


 ペインは串焼きにされている幼虫を見て目を擦ると、冷や汗を流して清宏に尋ねた。


 「そりゃあ幼虫だからな!良かったな、お前の目が確かで」


 「まさか、それが夕飯と言う訳では無いであろうな・・・?」


 「そのまさかと言いたいところだが、肉もちゃんと用意してあるよ。

 まぁ、絶対に美味いから、ちょっとだけでも食ってみろって」


 「むぅ・・・だがなぁ、流石に虫はなぁ・・・」


 「んじゃあ、俺が先に食う!・・・美味にございまするー!!」


 「うわぁ・・・これはキツいわ」


 「清宏ちゃん、凄いのよー」


 清宏は、ちょうど焼き上がった幼虫の串焼きを1本だけペインに差し出すと、自分の分を躊躇なく口に放り込んだ・・・ラフタリアとマーサはドン引きしているが、清宏はお構いなしに2匹目を食べる。

 ペインは食べようかどうしようかと悩み、口に近付けては離すという事を何度か繰り返していたが、美味しそうに食べる清宏を見て意を決し、少しだけ齧って飲み下すと、目を見開いた。


 「・・・美味いのである」


 「えっ・・・マジで?」


 「だから言ったろ?」


 「いや、一口だけなら気のせいかもしれないのである!」


 ペインはそう言うと、疑っているラフタリアと嬉しそうな清宏を見比べ、再度串焼きにかぶりついた。


 「悔しい!でも美味いのである!!」


 「そうかそうか!なら、特別にお前には3匹やろうじゃないか!」


 「うわぁ・・・興味はあるけど絶対に食べたくないわねぇ」


 「食ってみりゃ良いじゃん」


 「だから、私達は生き物は食べないの!」


 ラフタリアは、串焼きを差し出す清宏を見て慌てて後退る。

 だが、清宏はそんな彼女の反応を見てニヤリと笑った。


 「生き物は食べないねぇ・・・ラフタリア、お前は気付いていないようだが、お前はすでに生き物を食べているんだ!それも日常的にな!!」


 「な、なんですってー!!?」


 驚愕の事実を耳にし、ラフタリアは立ち止まる。

 清宏はゆっくりと近付いて肩を軽く叩くと、彼女の耳にそっと囁いた。


 「醤油、味噌、酒が発酵する事で出来るって話はしたよなぁ・・・発酵が微生物のおかげって話もしたはずだよなぁ?」


 清宏の悪魔の囁きを聞いたラフタリアは、ガタガタと震えだした・・・それを見た清宏は、串焼きをラフタリアの目の前でユラユラと振り、ニヤニヤと笑っている。


 「な、何であの時気付かなかったのかしら・・・私達は、もう何百年も前から生き物を口にしてたって事・・・?」


 「ご名答!俺はな、お前が酒を飲んでるのを見てからずっと気になってたんだよ・・・何で微生物の入っている発酵した物は口に出来るのに、他の生き物は駄目なのかってさ。

 でもな、俺はお前に美味い物を食って欲しいからこそ今ここで言わせて貰う・・・ねぇ、今どんな気持ち?」


 清宏が手で口を隠しプークスクスと笑うと、それを聞いたラフタリアは頭を抱えて蹲った。


 「ぬあぁぁぁぁぁっ!マジでぇぇぇぇぇぇっ!?全っ然気付かなかったんですけどぉぉぉっ!!

 そんな事より、気付いてたんなら何で今まで黙ってたのよおぉぉぉぉぉぉっ!?」


 「俺も、お前がいつ気付くかなーとは思ってたんだけどね!

 いやぁ、ワインを飲んで頬を染めるラフちゃんは可愛いかったですぞ?微生物が入っているとも知らずに可愛い奴めと何度教えてやろうか悩んだ事か!!」


 「本当、良い性格してるわねあんた!?」


 ラフタリアが殴り掛かると、清宏はそれを難なく回避してニヒルに笑った。


 「別に食ったって良いじゃねーか・・・知らなかったとは言え、お前達の生活の助けになったんだろ?なら、俺は頂いた命に感謝して生きていけば良いだけだと思うんだがな。

 俺達ゃ、ただ生きてるだけで他者の命を奪ってんだ・・・気付かずに日常的に蟻を踏み潰してるし、お前達冒険者は魔物なんかを殺して生きてる・・・まぁ、冒険者は人の役に立ってはいるが、狩られる側からしたら堪ったもんじゃないだろう?だから互いに憎み、殺し合うんだ。

 なぁ、他者を食べて生きるのと殺し合うのは、どっちがより命を無駄にしないかなんて語るにも値しないと思わないか?

 せっかく今気付けたんだし、これからは色々と試したら良いんじゃないか?世界には、お前の知らない美味い物が馬鹿みたいに溢れてるんだぜ?」


 清宏はもう一度串焼きを差し出し、優しく微笑む。

 ラフタリアは迷いながらも手を伸ばしたが、マーサに腕を掴まれて思いとどまった。


 「ラフちゃん、騙されちゃダメなのよー・・・清宏ちゃんは、ただラフちゃんに食べさせたいだけなのー」


 「あら、まだ魔道具の効果は出てなかったのか・・・てか、バラすんじゃねーよ!せっかくラフタリアに虫を食わせるチャンスだったのに!!」


 頬を膨らませたマーサに睨まれ、清宏は2人から距離を取る・・・ラフタリアが耳まで真っ赤にして震えているのだ。


 「清宏・・・あんたねえ!!」


 「微生物食ってんのは事実だろ、そんなに怒んなよな!?」


 「やり方が気に食わないのよ!このっ、逃げんなクソ野郎!!」


 弓を構えたラフタリアと逃げ回る清宏の追いかけっこが始まってしまい、マーサはペインの隣で大人しく夕飯を食べ始める。


 「なぁ、我輩はそろそろ肉が食いたいのであるが・・・」


 「我慢なのよー・・・たぶん、朝まで続くのよー」


 ペインはそれを聞いて涙を浮かべ、残った串焼きをちびちびと食べて飢えを凌ぐ。

 結局、2人の追いかけっこはマーサの予想通り明け方近くまで繰り広げられ、ペインは飢えのあまり、清宏が幼虫を手に入れるために倒した栗の木の皮を齧っていた。

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