第171話 師匠と弟子

 メジェド騒動から2日が経ち、ヴァルカンとアルコーが帰る日が訪れた。

 昨夜はお別れ会と称した大宴会が催されたのだが、昼の間にパンツァーとグレン、ウィルに街へ買い出しに行かせて店という店の酒を買い集めて貰い、魚しか食べないと言うコーラルの為に川魚も大量に仕入れて来た。

 宴の最中は、皆それぞれヴァルカン達との別れを惜しみ、何かと話題を振っては楽しそうに会話をして過ごしていた。

 そして夜が明け、朝食を済ませていよいよ2人が帰る時間となった。

 広間には、相変わらず動かない餓者髑髏と、寝続けている砂鯨の寝太郎以外の全員が集まっている。


 「世話になったな・・・また会う事もあるだろうが、皆達者でな」


 「清ちゃんとリリスには近いうちにまた会うだろうけどぉ、皆んなも元気でねぇ。

 まぁ、また暇が取れたら遊びにくるわねぇ!」


 ヴァルカン達がそれぞれ手短に挨拶をすると、皆名残惜しそうに頷き、笑った。

 皆が2人に声を掛け終えるのを待ち、清宏とリリスが2人の前に進み出た。


 「会談の日取りについてはまた連絡をくれ・・・何かと任せきりになってしまって申し訳なく思っとるよ」


 「まぁ、乗り掛かった船だしねぇ・・・それに貴女達もしばらくは忙しいだろうからぁ、準備とかする暇無いでしょう?」


 「こっちの事は気にするな・・・貴様達は、己の為すべきことを優先すれば良い。

 それよりも清宏、全てが落ち着いたら風呂の件は頼んだぞ?」


 「任せて下さい!今回のお礼もかねて、豪華仕様の特製風呂を造ってみせますよ!!」


 「それは楽しみねぇ、今から待ち遠しいわぁ!」


 意気込む清宏を見て2人は嬉しそうに笑う。

 清宏も笑って応えたが、急にもじもじとしだした。


 「お2人が帰る前に、一つお願いがあるんですが・・・」


 「どうした?」


 「清ちゃんのお願いならぁ、私は何でも聞いてあげるわよぉ?」


 2人が笑って頷くと、清宏は恥ずかしそうに俯いた。


 「今更なんですけど、俺をお2人の弟子にして欲しいなぁ・・・なんて思ってるんですが」


 「それは・・・無理だな」


 「無理ねぇ」


 2人に拒否され清宏はその場に崩れ落ちた。


 「今、アルコー様自身が何でも聞いてくれるって言ったのに・・・せめて理由を教えて貰いたいんですが」


 「それはぁ・・・まぁ、申し訳ないと思ってるわよぉ?でもぉ、清ちゃんには教える事なんて殆ど無かったじゃなぁい?

 全ての魔道具作製に必要な事はぁ、偶然とは言え身に付けてたしねぇ」


 「あぁ・・・貴様は、既に自分の努力で必要な事を学んでいた。

 唯一足りなかったのは経験だけだが、それはこれから先いくらでも積めるだろう?

 それに俺は、貴様は我等以上の知識と才能を持っていると思っている・・・その様な者を弟子にするのは俺としてもプライドがな・・・互いに切磋琢磨するライバルとしてならまだ良いのだがな」


 2人の答えを聞いた清宏は、見るからに残念そうに肩を落として涙ぐんでしまった。

 そんな清宏を見た2人は困り果て、しばらく見つめ合うと互いにため息をついた。


 「何でそんなに弟子にこだわるのよぉ・・・その気持ちは嬉しいとは思うんだけどねぇ。

 でもぉ、少ないながらも私達から学んだのは事実だしぃ、仕方がないからこれをあげるわぁ」


 アルコーは胸元に着けていたブローチを外すと、清宏の作務衣の左胸に着けた。


 「何の準備もして無かったからこれしか無いけどぉ、私が造ったお気に入りのブローチよぉ。

 まぁ、免許皆伝の証とでも思ってくれたら良いわぁ・・・」


 「おぉ・・・ありがとうございます!」


 恥ずかしそうにしているアルコーに、清宏は満面の笑みで礼を言い深々と頭を下げる。

 そして、次にヴァルカンが二振りの短剣を清宏に差し出した。


 「俺からはこれだ・・・好きな方を選べ」


 二振りの短剣は見た目からは違いが判らないが、清宏はじっくりと観察し、ヴァルカンが左手に持っていた方を受け取る。


 「む・・・そっちを選ぶのか」


 ヴァルカンが心なしか残念そうに呟くと、それを聞いたアルコーが呆れて軽く小突いた。


 「そんなに残念ならぁ、最初から出さなきゃ良いんじゃないのぉ?」


 「すまん、ついな・・・」


 ヴァルカンが苦笑すると清宏が遠慮がちに短剣を返そうとしたが、彼はそれを首を振って受け取らなかった。

 そして、ヴァルカンは清宏を真っ直ぐに見つめた。


 「清宏、何故そっちを選んだのか聞いても良いか?」


 ヴァルカンが尋ねると、清宏は短剣を眺めながら遠慮がちに口を開いた。


 「いえ、見た目は殆ど同じなんですが、なんと言うかこっちの方はもう片方に比べてあまり出来が良くないなと思いまして・・・。

 ヴァルカン様にもこの様な物を造っていた時期があったんだなと思うと、励みになるなぁと」


 「なかなか言ってくれるじゃないか・・・まぁ、貴様の言う通りなんだかな。

 貴様が選んだのは、俺が停滞から抜け出そうと基本に戻る決意をし、最初に打った物だ・・・もう片方は、その後、初めて納得のいった物だな。

 見てくれは変わらないように見えても、貴様が選んだ方には迷いがある・・・俺は、戒めのためにそれを常に持っていたのだ。

 正直名残り惜しくは思うが、貴様にならばそれを託せる・・・貴様も精進し、俺の二の舞にならぬよう気を付けろ」


 ヴァルカンは清宏の頭を少し強めに撫でると、笑って背を向けた。


 「では、改めて世話になった・・・また会える日を楽しみにしている」


 「それじゃあ皆んな元気でねぇ!」


 2人は振り返らずにバルコニーに向かう。

 清宏はスキルで扉を開くと、2人に深々と頭を下げた。


 「またいつでも遊びに来ると良いのである・・・2人共達者でな」


 最後にペインが小さな声で呟くと、2人は迎えの飛竜に乗り、小さく頷いて飛び去って行った。




 

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