第170話 豆腐メンタル覇竜

 清宏がグレンにコブラツイストを掛けていると、ペインの看病をしていたアンネが広間に戻って来た。それに気付いた清宏はグレンを解放し、アンネに駆け寄る。

 解放されたグレンは床に転がったまま気絶しているようだ。


 「お疲れさん、ペインの容態はどうだ?」


 「今しがた目を覚まされましたが、まだ全快には程遠いようです・・・」


 「そうか、あんな見た目でも流石は神って事か・・・しばらく掛かりそうか?」


 「身体の方は良いのですが、精神的に参ってるようです・・・あんなのに負けたと言いながら、シーツにくるまってらっしゃいます」


 心配していた清宏は、アンネの報告を受けて苦笑した。


 「まぁ、メジェド様は見た目がアレだからなぁ・・・取り敢えず、話せる状態なら慰めてくるよ」


 「ならば、妾も行こうかのう」


 清宏とリリスは、念のため静かに部屋に入ってペインの様子を伺う。

 ペインは、アンネが言っていた通りシーツにくるまっているようだ。

 静まり返った室内に、ペインが鼻をすする音が響く・・・悔しさからか、泣いているようだ。


 「おう、起きてるか?」


 「・・・我輩を笑いに来たのであるか?」


 「そんなんじゃねーよ・・・一応心配して見に来てやったんだ。

 リリスも来てんだし、顔くらい見せろよ」


 清宏の言葉を聞き、ベッドの上で饅頭のようになっていたペインが恥ずかしそうに顔を出した。

 ペインはポーションのおかげで傷一つない美しい顔をしているが、泣いてしまっているため涙と鼻水で美女が台無しになっている。

 それを見た清宏は苦笑すると、ハンカチを取り出してペインの顔を拭く。


 「そんなに落ち込むなよ・・・あんなのに勝てるのは、たぶんこの世界には存在しないぞ?

 もし勝てるとしたら、それは神か魔神くらいのもんだろうな・・・だろ、リリス?」


 「うむ!清宏だって何も出来んような相手じゃからな、お主が気に病む必要は無いぞ!

 それより、身体の方はどうじゃ?もし辛いなら、しばらくは休んで安静にしとっても良いぞ?」


 2人に慰められ、ペインはまた涙を流した。


 「身体は大丈夫である・・・元より頑丈であるし、何よりポーションが効いてくれたから全快と言っても良いのであるよ。

 だが、我輩は普段からデカイ態度をとっておきながら、あの様な奴にやられるなど屈辱である・・・せめてあの2人にだけは、あんな無様な姿を見せたく無かったのである」


 相当悔しかったのか、ペインはまたシーツにくるまってしまった・・・恐らく、ペインの言う2人とはヴァルカンとアルコーの事だろう。

 清宏とリリスが困り果てていると、部屋の扉が静かに開き、ヴァルカンとアルコーが入って来た。

 ヴァルカンはペインに近付きシーツを引っぺがすと、胸ぐらを掴んでベッドから引きずり下ろす。

 清宏とリリスは驚いたが、何か考えがあるのだろうと2人を信じ、何も言わずにただ様子を見る事にした。


 「その名を聞いた者は皆恐れおののくと言われる程の覇竜が、ここまで繊細だったとはな・・・。

 戦闘狂の貴様が、一度敗れた程度で何をいじけている・・・貴様は手強い相手を求めていたのだろう?ならば更に精進し、奴を超えるくらいの気概を見せて欲しいものだな」


 「その通りよぉ・・・まったくぅ、清ちゃんにはヤラレっぱなしでもめげない癖にぃ、一体ここで何をやってるのかしらぁ?」


 2人に責められたペインは、泣き顔見られまいとベッドの下に隠れようとしたが、足を掴まれて阻止されてしまい、慌てて両手で顔を隠す・・・それを見た2人は深いため息をついた。


 「正直、私は貴女のこんな姿は見たくなかったわねぇ・・・」


 アルコーが小さな声で呟くと、ペインは顔を隠しながら首を振った。


 「清宏にやられるのとは訳が違うのである・・・清宏という男は、主や貴様達は元より、あの自分第一主義であったアルトリウスまでもが信を置き、口では面倒臭いと言いながらも常に努力をしている男なのである・・・我輩もそれを認めておるし、だからこそ我輩もこのまま負けてはいられないと思えるのである。

 だがな、奴は違うのである・・・我輩に油断や慢心があった事は紛れも無い事実であるが、あんなぽっと出の訳の分からぬ相手に無様を晒すなど、主を守護する者としてあるまじき失態である・・・更には、そんな姿を貴様達に見せてしまった事が、何よりも悔しくて仕方ないのであるよ」


 ペインは顔を隠したまま鼻をすすり、心情を吐露した。

 その場に居た4人はどう声を掛けて良いか分からず、しばらく沈黙が流れた。

 普段はよく清宏に怒られているが、本来、ペインはこの世界ではかなりの実力者だ・・・長い時を生き、己の力を磨き上げ、そこには自信もプライドもあっただろう・・・だが、見ず知らずの相手に遅れを取り、我が子同然と思っていた者達にその姿を見られた事で、完全に心が折れてしまったのだ。

 見る者によってはくだらない理由と思う者も居るだろう・・・だが、それがどれ程の苦痛かは人によって違い、本人にしか分からない事だ。

 4人はすすり泣くペインをしばらく見守っていたが、居た堪れなくなったアルコーがペインの隣に腰を下ろした。


 「さっき清ちゃんが言ってたけどねぇ、さっきの奴は異世界の神だったらしいわよぉ・・・貴女はそんな奴の攻撃を受けても死ななかったんだからぁ、そこは誇りに思って良いんじゃないかしらぁ?

 それにぃ、仮にも貴女が私達の親を自称するならぁ、あのくらいの事で凹んで欲しく無いわねぇ」


 「そうだな・・・いかに貴様が召喚されて死なない身体になっているとは言え、あの攻撃を受けても五体満足でいられたのは貴様の防御力あっての事だろうからな。

 アルコーの言う通り、貴様も我等を我が子同然と謳うのであれば、それなりの心構えを持って貰いたいものだ・・・我等は魔王なのだからな」

 

 2人に優しく諭され、ペインはやっと顔を上げた・・・その目には、先程までの悔し涙とは違うものが溢れていた。


 「我輩を認めてくれるのであるか?」


 ペインが嬉しそうに尋ねると、2人は耳を赤く染めてそっぽを向いた。


 「まぁ、自称するのは勝手よねぇ・・・」


 「あぁ、認めたとは言っていないな・・・」


 2人が気まずそうに呟くと、ペインの顔が青ざめる。


 「酷いのである!上げて落とすなんて清宏みたいな真似は嫌なのであるぞ!?」


 青ざめてはいるが、ペインは元気が出たのか徐々にいつもの調子が戻って来ているようだ。

 清宏はそれを見て安堵すると、ニヤリと笑ってペインの首根っこを掴んだ。


 「おいおい、俺みたいな真似って何だろうなぁ?教えてくれよペインちゃぁん・・・」


 「げえっ、清宏!こ・・・これは言葉の綾とかそんな感じのアレなのである!あ痛っ!我輩、ちょっと身体の調子が・・・」


 「あれぇ?さっき、身体は大丈夫って言ってたよなぁ?」


 「ひいっ!?わ、我輩が悪かったのである!!」


 ニヤニヤと笑っている清宏は蹲るペインの前にしゃがむと、頭を軽く叩いた。

 ペインは一瞬だけ身体を強張らせたが、ゆっくりと頭を上げた。


 「まぁ、今日は病み上がりだからな・・・このくらいで勘弁してやるよ。

 それに、お前がやられた後の事も話とかないといけないから、気絶されたら意味がないしな」


 「た、助かったのである・・・」


 涙目で安堵するペインを見て4人は苦笑し、それぞれベッドや椅子に腰掛ける。

 その後、ペインがやられた後の出来事を簡単に説明したが、それを聞いたペインは改めて自分が誰に喧嘩を売ったのかを理解してガクガクと震えだし、清宏の身に起こった事については呆れながらも心配そうにしていた。

 そして、消灯時間を過ぎてそれぞれの部屋に戻ろうとした時、アルコーが手を上げた。


 「そうそう、私は明日には帰るわねぇ」


 「それもそうだな・・・ならば俺も帰るか」


 アルコーの突然の発言に清宏は立ち止まったが、ヴァルカンが賛同したのを見て慌てて2人に詰め寄った。


 「そマ?」


 「貴様は何を言っているんだ・・・」


 「いや、それマジっすか?」


 清宏が困惑したヴァルカンに改めて聞き直すと、アルコーが笑いながら清宏の頭を優しく撫でた。


 「最初は2日くらいで帰るつもりだったんだけどねぇ・・・色々とやる事が増えて長居しちゃったものぉ。

 本当ならぁ、魔王が他所の魔王の所に何日も泊まりこむ事自体普通じゃないのよぉ?いくら協定があるとは言ってもぉ、何か企んでるんじゃないかって疑われたりするしねぇ」


 「正直ここは居心地が良過ぎて、このままでは居着いてしまいそうだからな。

 やるべき事は済んだし、この辺で切り上げた方が良いだろう」


 清宏は2人の言葉を聞いて寂しそうに俯いたが、リリスに背中を小突かれて苦笑して頷いた。


 「そうですか・・・俺も楽しかったので残念ですよ・・・」


 「そう言って貰えるのは嬉しい限りねぇ!」


 「あぁ、俺も楽しかったぞ」


 3人が握手をして笑い合っていると、ヴァルカンとアルコーの腕をペインが掴んだ。


 「なぁ、経つのはせめて明後日にしてはどうであろうか・・・今更1日や2日のズレなど些細なことであろう?それに、他の者達とも短いながらも交流があったのであるし、例え今生の別れでは無くとも、しばしの別れを惜しむ時間くらいは欲しいと思うのではないか?」


 「そんな事言って、貴様がただ寂しいだけではないのか?」


 図星を突かれてペインは冷や汗を流したが、それまで黙って2人の意見を尊重しようとしていたリリスが一歩進み出た。


 「ペインが寂しそうなのはもっともじゃが、言っておる事は間違いではないじゃろう・・・特にラフタリアとマーサはお主達に恩義を感じておるじゃろうし、せめて別れを惜しむ時間を与えてやってはくれんかのう?」


 「それなら俺も賛成だ・・・ペイン、今良い事言ったからご褒美をあげよう」


 「ふはははは!我輩はやれば出来る子!やれば出来る子であるからな!!」


 結局、2人は清宏達に押し切られてしまい、1日だが滞在が伸びる事になってしまった。


 


 

 

 

 


 

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