第169話 ああっメジェドさまっ

 異世界の神が召喚されるという前代未聞の珍事件が起き、しばらくは皆状況の理解に苦しんで困惑して静まり返っていたが、ペインが一撃で死にかける程のダメージを受け、清宏の心臓が奪われた事を思い出してからは騒然となっている。

 いまだに気を失っているペインは、安静が必要なため別室のベッドに寝かせてアンネに看病をさせているが、広間に残っていた清宏は質問責めにあっていた。


 「本当に・・・本当に大丈夫なんじゃな!?」


 「だから大丈夫だって言ってんだろーが・・・その質問何回目だよ?むしろ、体調が良くなった感じがして気味が悪いくらいだわ。

 正直、俺が気になるのは、心臓を奪われた事でアンデッドになったのかって事だな・・・そこんところどうなんだ、アンデッド代表のアルトリウス?」


 「そこで私に振られましても・・・」


 清宏が泣きじゃくりながら抱き着いてくるリリスを押しのけて尋ねると、アルトリウスは困ったように項垂れる。


 「メジェド様が持って行った俺の心臓って、ちゃんと動いてたよな?ならアンデッド化はしてないんだろうか・・・」


 「はっきりとした事は申せませんが、我々吸血鬼の場合であれば儀式によって自らアンデッド化する真祖と、血を吸われるか我等の血を受けて吸血鬼となる者の2通りでございます・・・他にも高位の者であれば、リッチも儀式によってアンデッド化するようですが、私自身実際に会った事が無いため確認出来てはおりません。

 ただ、今回の場合は状況が特殊でございますし、奪われた心臓も動いていましたので、今の清宏様は我々と人との中間の状態であると考えた方が良いのではないでしょうか・・・」


 アルトリウスが自信なさ気に答えると、清宏の隣に座っていたアルコーが、清宏の左胸に耳を押し当てた。


 「やっぱり心音は聞こえないわねぇ・・・。

 ねぇ清ちゃんとアルトリウス、ちょっとだけ試したい事があるんだけど良いかしらぁ?」


 「何です?」


 「構いませんが・・・」


 2人が頷くとアルコーは、おもむろにナイフを取り出して2人の指先を切った。

 

 「いきなり何するんですか!?」


 「だから試したい事があるって言ったでしょぉ?

 ふむふむ・・・清ちゃんはちゃんと血が出てるけどぉ、アルトリウスは傷が付いただけみたいねぇ」


 清宏が慌てて手を引っ込めると、アルコーは何やら感心したように頷いた。

 アルトリウスは少し不機嫌そうだが、アルコーが何を考えていたかを理解してため息をついた。


 「どうやら清宏は、まだ我々の仲間入りはしていないようでございます。

 我々吸血鬼は一度死んでいるため、怪我をしても血を流す事はございませんが、清宏様は傷口から血が流れておりました・・・それは、清宏様がまだ人間である証拠であると思われます。

 それはそうと、やるならやると先に言っておいて欲しいものですな・・・敵意が無かったから良かったものの、もし清宏様に何かあれば黙ってはおりませんぞ」


 「あらぁ、ごめんなさいねぇ・・・でもぉ、ちゃんと証明出来たんだから許して欲しいわぁ。

 それにしても不思議よねぇ・・・いったいどういう原理なのかしらぁ?」


 アルトリウスに睨まれたアルコーは、悪びれもせず笑うと、清宏の胸を見ながら首を傾げた。


 「神などという存在のやる事など、我等に理解出来るはずがないだろう・・・そもそも我等は、己の住む世界の神すら知らぬのだからな。

 清宏よ、貴様の住んでいた世界の神とはあのような者なのか?」


 ヴァルカンは、首を傾げるアルコーを諭して清宏に尋ねる。

 清宏は苦笑すると、両手を挙げお手上げのポーズをとった。


 「あっちの世界は宗教が多過ぎて、正直どれだけの神様が居るかなんて数え切れませんよ・・・ですが、メジェド様みたいなのはごく一部なのは確かです」


 「そんなに居るのか・・・貴様の住んでいた世界は、我等魔王にとって住みにくい世界のようだな」


 「どうなんでしょうね、中には人を誑かす神様とかも居ますし、女性関係に節操の無い神様とか本当に色々ですよ?

 ちなみに、俺の住んでた国では八百万の神と言って、森羅万象あらゆる物に神様が宿ると言われてました・・・例えば風なら風神とか、雷なら雷神、それ以外にも長い年月大切にされた物に神様が宿って付喪神になるとかですかね。

 まぁ、俺は今まで神様なんて居ても居なくても良いって生き方をしてたのであまり詳しくは無いですが、こっちに来て神や魔族が身近に感じるようになってからは考えを改めました」


 「ならば、何故メジェドと言う神の事をあれほど恐れていたのだ?」


 清宏は再度ヴァルカンに尋ねられ、虚しそうな表情で遠くを見つめた。


 「あれは何年前だったかな・・・なんと言うか、俺の住んでた国には色んな宗教があったんです。

 あの国には宗教の自由があったのも理由なんですが、何より寛容な人種だったんでしょうね・・・ある日、エジプトという国に関する展覧会が開催されたんですが、そこに古代エジプト神話に関する物も含まれていたんです。

 その古代エジプト神話に関する物の中に、全長37mにも及ぶ世界最長の死者の書がありまして、そこに奇怪な姿をした神様が描かれていると話題になったんです・・・」


 「それがメジェドと言う神だったのか・・・まぁ、話題になるのも分かる気がするな」


 「あれは確かに二度見しそうな見た目よねぇ」


 「妾も、最初見た時は何かと思ったぞ・・・清宏が止めてくれんかったら叩いておったかもしれん」


 清宏の説明を聞いていた魔王3人組は、それぞれメジェドの姿を思い出し、吹き出しそうになるのを堪えている・・・もしメジェドに見られていたら、3人とも消し炭にされているだろう。

 清宏は3人が落ち着くのを待ち、咳払いをした。


 「まぁ、言いたいことは解りますよ・・・でも、あんな見た目でもヤバい神様らしいんですよ。

 何と言っても、名前の由来からして『打ち倒す者』ですからね・・・オシリスって神様の敵を目で滅ぼし、人の心臓を食らうんですよ?そんな風に見えますか?」


 清宏の言葉を聞き、その場にいた全員の表情が引き攣る・・・見た目からは想像もつかないからこその反応だろう。


 「あんな見た目でとんでもねーな!マジでダンナが止めてくれなかったら、俺達死んでたんじゃねーか?」

 

 「お前ら感謝しろよ?あれで喧嘩売ってたら、今頃お前らの心臓はメジェド様の胃の中だぞ」


 顔面蒼白のグレンは清宏に睨まれ、隣に居たローエンとウィルに抱き着いた。

 清宏はそれを見て鼻で笑うと、魔王達に向き直る。


 「まぁ、一番の問題はそれからなんですけどね・・・。

 何を血迷ったのか、その展覧会でメジェド様を見た人が情報共有の出来るツールで拡散してしまいまして、そこからメジェド様人気が爆発したんです。

 エジプト本国では知名度が低かったメジェド様が、何故か異国の地で人気者ですからね・・・。

 そりゃあもう凄かったですよ?ぬいぐるみや小物類、服の模様にまでメジェド様が使われたりしてましたからね・・・ある意味異常でしたよ」


 清宏が話し終えると、広間全体に微妙な空気が流れる・・・皆、何を言って良いか分からずに困惑しているようだ。

 しばらく皆が黙っていると、アルコーがため息をついた。


 「人間の感性に疑問を感じるわぁ・・・」


 「いや、俺達も同類みたいに言わないで下さいよ!!特殊なのは、ダンナの世界の人間でしょう!!」


 グレンが慌ててアルコーの言葉を否定すると、清宏が立ち上がって強烈な拳骨を食らわせた。


 「失礼な事を言うな!お前らだって中身はそんなに変わんねーんだぞ!?

 特にお前の義妹なんてロリコンの危ねー奴がじゃねーか!?あれがもし男なら、犯罪者としてしょっ引かれてるぞ!!」


 「いってぇ!?あいつは子供が好き過ぎてダメな奴かもしれねーが、俺の可愛い義妹なんだぞ!?

 いくらダンナでも、馬鹿にしたら許さねーぞ!」


 「子供が好き過ぎてダメな奴って自分で言ってんじゃねーか!自分で馬鹿にしてんじゃねーよ!!」


 清宏とグレンが取っ組み合いの喧嘩を始めてしまい、皆は巻き添えを避けて離れていく。

 だが、そんな中1人だけその場で項垂れている者が居た・・・シスだ。


 「ねぇ、さっきまで神様の話しだったよね・・・なのに、何で私が馬鹿にされる流れになってるのかなぁ・・・」


 シスは瞳に涙を浮かべて乾いた笑いを漏らしながら、義兄と雇い主の不毛な争いが終わるまでの間、その場で眺めていた。


 

 

 

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