第168話 ハートキャッチ!

 餓者髑髏達を別室に移し終え、リリスは光の魔召石がはめ込まれた装置を持って唾を飲んだ。

 過去、数多の魔王が召喚した者達の中には光に属する配下は居らず、今回成功すれば初となる事に緊張しているようだ。

 今回の実験で、既に氷・水・土・風・闇の5属性は成功しているため、いやが応にも期待は高まる。

 リリスは深呼吸をして装置を置くと、今まで以上に集中して魔力を送り始める・・・広間に居た者達も皆、集中しているリリスの邪魔にならぬよう静まり、息を飲んで見守る。

 そして、リリスの魔力を受けた装置が眩い光を放ち、そこに何やら奇妙な物体が現れた・・・それは、底が丸みを帯びた大きな白い花瓶を逆さに被り、足だけが生えた格好をしている。


 「な、何なんじゃ此奴は・・・」


 リリスは、目の前に現れた不思議な生物を見て狼狽えている。

 その生物は、逆さになった花瓶の様な胴体に眉毛と目が付いており、キョロキョロと周囲を見渡す。

 そして、リリスがおもむろにその生物に近付こうとすると、何者かに腕を掴まれた・・・清宏だ。

 リリスの腕を掴んだ清宏は、滝のように汗を流して震えている。


 「清宏・・・お主、この変なや・・・っ!?」


 「馬鹿、刺激すんな・・・たぶん、こいつはメジェド様だ・・・」


 清宏は慌ててリリスの口を塞ぎ、小さな声で耳打ちをすると、自身がメジェドと呼んだ生物を刺激しないように観察した。

 その生物は、古代エジプトの死者の書として知られる「グリーンフィールド・パピルス」において、神と言及されている存在と酷似していた。

 奇怪な見た目とは裏腹に、メジェドはオシリスの館に住まい、オシリスの敵を目によって滅ぼし、人の心臓を食らい、死者を聖別する「死」と関わりの深い神とも言われている。

 仮にこの生物がメジェドだとして、何故こちらの世界に召喚されたのか、はたまた元々こちらの世界にも存在していたのかなどは不明だが、清宏を始め、広間に居る者達は皆困惑した表情で様子を伺っていた。


 「不可解・・・」


 「こいつ、喋ったのである・・・奇怪な見た目のくせに、知能は高いようであるな?

 そもそも、不可解なのは貴様の見た目であるぞ」


 周囲を見渡していたメジェドらしき生物が一言呟くと、興味深気に見ていたペインが馬鹿にしたように呟いた・・・その瞬間、メジェドらしき生物が目から光線を放つと、ペインが黒こげになって倒れ、動かなくなった。

 その場に居た者達は皆一瞬の事に凍りつき、ペインの呻き声だけが広間に流れる。


 「不敬・・・」


 「リリス、ペインにポーションをぶっかけてやってくれ・・・俺が話をしてみる」


 不服そうに眉間に皺を寄せているメジェドらしき生物は、他の者達の様子を見る。

 ポーションを受け取ったリリスは、清宏の袖を握って泣きそうな顔をした。


 「あのペインを一撃とは・・・清宏、絶対に無理をするでないぞ?」


 「無理したくなくても、それは相手の出かた次第だ・・・ほれ、さっさと行ってやれ」


 「リリス様、私も共に参ります・・・」


 リリスを守るため、離れていたはずのアルトリウスが警戒しながら付き添い、清宏はそれを見守ってからメジェドらしき生物の前で跪いた。


 「私の名は清宏と申します・・・誠に恐れながら、貴方様のお名前はメジェド様でございますか?」


 「如何ニモ」


 「左様でございましたか・・・先程は私の部下がご無礼を働き、誠に申し訳ありませんでした。

 あの者は・・・いえ、この場に集う私以外の者達は皆、貴方様を存ぜぬ者ばかりでございます・・・もし、お気に障る様な事がありましたら申し訳ございません。

 恐れながら、宜しければ少々お時間を頂けませんでしょうか・・・?」


 「承知」


 清宏の態度が気に入ったのか、メジェドは頬らしき場所を赤く染め、満足そうに頷いた・・・いや、首が無いため身体全体で頷く仕草を見せている。

 清宏は安堵して息を吐くと、跪いたまま顔を綻ばせた。


 「ご了承いただき感謝いたします。

 まず、急なお呼び出しをしてしまった事を申し訳なく思っております・・・今回、我々は召喚の実験を行っていたのですが、何分始めての試みで偶然が重なり、結果として貴方様をお呼びする事となってしまいました。

 部下の非礼も併せ、誠に勝手ながらお許し頂けたら幸いに存じます・・・」


 「許ス・・・シテ、此ハ何処カ?」


 「貴方様はご存知ではありませんでしたか・・・僭越ながらご説明致しますと、この世界は貴方様がいらっしゃった世界とは異なる世界にございます。

 かく言う私も貴方様と同じくこの世界に呼ばれた者にございますが、私の居た世界と貴方様の世界が同じであるかは存じあげません・・・」


 「其ハ何故ソレヲ知ル?」


 メジェドは身体全体を傾け、清宏を見つめている・・・それは、清宏の心を見透かすかのように真っ直ぐな視線だった。

 清宏は息を飲むと、額を流れる冷や汗を拭った。


 「私は、この世界に来て初めて別の世界の存在を知りました・・・私が知っているのはまだ2つですが、ただそれだけでも、他に存在している可能性は非常に高いと考えております。

 世界が2つあるのであれば、私が居たところと似た世界が他にあったとしても、何ら不思議は無いのではないでしょうか?

 ただ、今この時が昏睡状態になっている私の夢の中であったり、妄想の世界であったならば、この考察自体意味のないものでございますが・・・」


 「其ハ、我ガ夢ノ中ノ存在ト?」


 「ただの例え話でございます・・・お気に障ったのでしたら申し訳ございません。

 私は以前同様にこちらで寝起きをしておりますし、夢を見ることもございますから現実なのでしょう・・・」

 

 清宏が寂しげに答えると、メジェドはしばらく押し黙り、再度清宏を見つめた。


 「其ハ帰郷ヲ願ウカ?」


 「いずれは、そう出来たならとは思っております・・・ですが、今はまだやるべき事もやりたい事も道半ばなため、それらを全て終えてからでなければと考えております。

 貴方様は如何なさいますか?召喚された者は、召喚者との間に固い絆を結ばれ、破棄は難しいそうですが・・・」


 清宏が尋ねるとメジェドは宙に浮き、目から光を放った・・・すると、ペインを診ていたリリスが慌てて振り返る。


 「け、契約が破棄されたのじゃ・・・流石は神じゃなぁ」


 「マジか・・・すげーな」


 「造作モ無イ・・・我ハ其ヲ気ニ入ッタ」


 「ぐっ・・・ああああああっ!?」


 メジェドが宙に浮いたまま清宏の胸を見つめると、途端に清宏が蹲り胸を押さえて苦しみだした。

 

 「痛イノハ最初ダケ」


 「だ、大丈夫か清宏!?」


 異変に気付いたリリスが近寄り抱き抱えると、清宏の胸から光に包まれた心臓が取り出され、メジェドの目の前で消えた。

 リリスを始め、それを見ていた皆は驚愕し、戦える者達はメジェドに対して武器を構える。


 「何で・・・何でこんな事をしたんじゃ!?此奴は関係ないではないか!!」


 「問題ナイ」


 「何が問題ないじゃ!?」


 「痛っ!?何しやがんだ!!」


 「ぬあっ?清宏・・・お主、無事なのか!?」


 メジェドに食って掛かろうとしたリリスは抱えていた清宏を床に落としてしまったが、何事も無かったように起き上がった清宏を見て腰を抜かした。


 「心臓抜かれて無事もクソもねーだろ・・・。

 ほれ、お前達も勝ち目の無い喧嘩売ろうとすんな!見ての通り死んでねーから武器をしまえ!!」


 「ダンナがそう言うなら・・・でも、マジで大丈夫なのか?」


 「どう言う理屈かは知らねーけど、生きてるよ。

 さて・・・メジェド様ご説明願えますか?」


 清宏は心配そうに様子を見に来たグレンの額にデコピンを食らわせると、メジェドに向き直る。


 「人ノ生ハ短イ・・・其ガ目的ヲ達スル迄我ガ預カル」


 「そう言うのは、先に言っておいて欲しいものです・・・俺はまだしも、仲間に心配を掛けたくありませんからね」


 「反省・・・」


 メジェドは清宏に注意され、見るからにションボリとしている・・・心なしか少し小さくなったように見えるため、本当に反省しているようだ。


 「心臓を預かったら、俺はどうなるんです?」


 「身体ノ時ガ止マル」


 「マジか・・・俺、不老不死になったのか?」


 「ソウトモ言ウ」


 メジェドは胸を張っているが、清宏はそれを胡散臭そうに見つめてため息をついた。


 「俺の心臓食わないでくださいよ?預けるだけですからね?」


 「無論」

 

 「なら良いですが・・・それで、メジェド様はどうされます?」


 「我ハ帰還スル」


 「いや、帰っちゃダメでしょう!俺の心臓はどうするんですか!?」


 再び宙に浮こうとしたメジェドを清宏が慌てて引き止めると、メジェドはしばらく考え、足の間から何かを落とした。


 「ソレヲヤル」


 「何ちゅう所から出すんですか・・・しかもスカラベの型だし・・・」


 清宏は床に落ちた小さな金細工を拾い上げて顔を引きつらせている。

 スカラベとは、コガネムシ科タマオシコガネ属にの甲虫の種名で、中でもスカラベ・サクレと呼ばれるヒジリタマオシコガネは、古代エジプトでは聖なる甲虫と呼ばれ神聖視されていた。

 ただ、何故清宏が顔を引きつらせたかについては、スカラベの別名に起因している・・・フンコロガシだ。

 フンコロガシは、丸い玉を転がす姿から「太陽を司る神の化身」と言われていたのだが、糞を転がす虫の型をした物が股間のあたりから落ちて来たのだから、清宏の反応は仕方がない事だろう。


 「何カ困ッタラ、突起ヲ押セ」


 「押したらどうなるんです?」


 スカラベの金細工をまじまじと見ていた清宏は、中央にある突起を見て尋ねた。

 すると、メジェドは得意げに胸を張った。


 「押シタラ来ル」


 「えっ、マジですか?」


 「デハ、サラダバー!」


 「いや、サラダバーって・・・そうじゃなくて待ってくださいよ!」


 清宏が止めたが時すでに遅く、メジェドは光を放ってその場から消えてしまった。


 「マジで行っちゃったよ・・・無事に帰れたのかな?」


 「いや、落ち着きすぎではないかの?」


 「俺も色々あり過ぎてまだ混乱してる・・・ところで、ペインはどうだった?」


 「今はアルコーとヴァルカンが診ておるが、落ち着いて寝とるよ・・・すまんが、また後で説明を頼めるかの?あのメジェドとか言う神についての」


 「あぁ、また後でな・・・それにしても、まさか神様が来るなんて思ってなかったわ。

 今後、光の魔召石での召喚は全面的に禁止しなきゃヤバいな・・・」


 リリスは疲れ果てた表情で頷くと、気を失っているペインの元に歩いて行った。


 

 


 

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